第12話:究極のホワイト拒絶
「セシリア! 戻ってくれ、頼む! 君がいなくなってから、予算案が一行も進まないんだ! 殿下は毎日『なぜ金が沸いてこない!』と喚き散らし、マリアベル様は宝飾品を買うために国庫の鍵を……鍵を、ヘアピンを曲げてこじ開けようとして、中の魔法回路を完全に破壊したんだ!」
謁見の間。
気絶から目覚め、クリスさんから与えられた「帝国の栄養満点スープ」を数口啜っただけで劇的に顔色が回復したケビンさんは、再び私の足元に縋り付いて泣き叫びました。
(……ヘアピピンで国庫を? マリアベル様、それはもはや窃盗というより、ただの物理的な破壊行為ですわね)
私は、陛下から賜った最高級の扇子をパチン、と閉じ、冷ややかな視線を彼へと向けました。
「ケビンさん。……あの国の国庫が空なのは、金が『沸いてこない』からではなく、使うべきでない場所――例えば、殿下の遊興費やマリアベル様の二十代目のドレス代――に、蛇口全開で流し続けているからです。私がいた頃は、その蛇口を私が指で無理やり押さえていたに過ぎません」
「分かっている! みんな、今さら分かったんだ! 君がどれだけ多くの『理不尽』を一人で受け止めて、僕たちを守っていたかを! 有能な事務官はみんな、君がいなくなってから糸が切れたように辞めていった! 残っているのは、僕みたいな無能か、殿下に媚を吹くことしか脳がない連中だけなんだ!」
ケビンさんの言葉は、真実でしょう。
かつて私が率いた事務局。そこには、私の厳しい指導に耐え、共に夜を徹して数字と戦った仲間たちがいました。
ですが、彼らを「使い捨ての駒」としか思わず、功績をすべて自分のものにした挙句、私を「可愛げがない」と切り捨てた王子。
そんな主君に、誰が忠誠を誓い続けるというのでしょう。
「……ケビンさん。私は今、ここで『休息』という公務を与えられています。……そして、この帝国では、私の仕事は正当に評価され、何より……『一人の人間』として扱われていますの」
「…………セシリア様」
「アウグスト王国にいた頃の私は、ただの『便利な魔法のペン』でしかありませんでしたわ。……ケビンさん。あなたは、折れて捨てられたペンが、自らゴミ箱から這い上がって、また持ち主の手を汚しに戻るとお思いで?」
私の静かな、けれど断固たる拒絶の言葉に、ケビンさんは言葉を失いました。
彼は私の瞳の奥に、かつての「過労による諦め」ではなく、新しい「誇り」が宿っているのを見て取ったのでしょう。
「……セシリア、もういい。これ以上の対話は無駄だ」
レオンハルト陛下が、私の肩を力強く抱き寄せました。
その体温が、私の孤独だった過去をすべて溶かしていくようです。
「おい、使者。……あのドブネズミ(王子)に伝えろ。……『特赦』などという傲慢な言葉を二度と口にするな。……セシリアは既に、私の婚約者であり、この帝国の最高顧問だ。……文句があるなら、我が軍が直接、貴様の国の公文書に『滅亡』の印影を叩きつけに行ってやる」
「ひぃっ、……っ! は、拝承……いたしましたぁ!」
ケビンさんは、帝国の近衛兵たちに抱えられるようにして、命からがら謁見の間を去っていきました。
おそらく、彼はもう二度と、私の前に現れることはないでしょう。
(……お疲れ様、ケビンさん。……あちらに戻ったら、せめて最後くらい、定時で逃げ出す勇気を持ちなさいな)
私は、去りゆく背中に心の中でだけ別れを告げました。
こうして、祖国からの最初の「回収工作」は、一秒の検討の余地もなく、ゴミ箱へと送られたのでした。
第12話、お読みいただきありがとうございました!
セシリアがかつて受けていた扱いの酷さと、現在の「人間らしい生活」の尊さを対比させた回でした。
「折れたペンは戻らない」という比喩は、ブラックな職場を離れたことのある方には刺さるものがあるかもしれませんわね(笑)。そして陛下の迷いのない独占欲……セシリアを「最高顧問」かつ「婚約者」と断言したところに、熱い展開の予感がしますわ!
次回、第13話「皇帝の「経済制裁」」。
陛下の怒りは使者を追い返すだけでは収まりませんの。本格的な「経済制裁」という名の、祖国へのトドメが始まりますわよ!
もし「折れたペンにならなくてよかった」と思ったら、最後にブックマーク(有給申請)や評価(ボーナス支給)をお願いいたしますわ。
皆様の魔力供給(評価)が、セシリアのホワイトな「新生活」をさらに輝かせますの!




