ゲート
レインダ村の奥。家々の中でも、ひときわ大きな民家があった。古い木造建築。窓は閉ざされ、妙に静かだ。その家の前で――ジエル達は足を止めた。
「……いたぞ」
ジエルの声が低くなる。民家の前。そこに、エイリワスは立っていた。ジエルの父の姿のまま。まるで最初から待っていたかのように、静かにこちらを見ている。風が吹く。その髪がわずかに揺れた。そして、エイリワスはゆっくりと口を開く。
「入ってきたまえ……この中へ……」
静かな声。招待するような口調。そう言い残し、エイリワスは背を向ける。ギィ、と扉が軋んだ。
「待てッ!!」
ジエルは即座に駆け出した。制止する者はいない。怒りが、完全に前に出ていた。勢いよく扉を開け放つ。薄暗い室内。古い木の匂い。その奥に、エイリワスが立っている。
「てめぇ……!」
ジエルが拳を握る。発電機。電気が走る。
「親父の姿に化けやがって……!」
怒声。感情を抑え切れていない。
「そうやって死んだやつをコケにしてんじゃねぇ!!」
雷が刃となって腕に集まる。一直線に振り抜く。
「怒雷刃!!」
雷の刃が、エイリワスへ向かって飛ぶ。
「……化ける?」
エイリワスは、わずかに首を傾げた。その反応が、妙だった。次の瞬間。エイリワスが片手をかざす。すると。部屋の隅。暗闇の中から、“何か”が飛び出した。雷の刃に、その影が真正面からぶつかる。衝撃。電撃が散る。
「……っ!?」
ジエルの目が見開かれる。攻撃を防いだもの。それを見た瞬間――言葉を失った。
「……な」
後ろから入ってきたドロイも止まる。亜爆も息を呑んだ。そこに立っていたのは――
“人”だった。
生きているようには見えない。肌は腐敗し、変色している。目は濁り、焦点が合っていない。だが、立っている。動いている。ぎこちなく。糸で吊られた人形みたいに。
「……死体……?」
亜爆がかすれた声を漏らす。それはまるで、エイリワスに“操られている”ようだった。ジエルの呼吸が止まりそうになる。エイリワスは、その反応を見ながら静かに笑った。
「ジエル・レート」
ゆっくりと口を開く。
「私は、君の父に化けているのではない」
その言葉。嫌な予感が、背筋を走る。
「君の父の“体”を使っている」
空気が凍った。ジエルの瞳が揺れる。理解したくない。だが、理解してしまう。
「快適だよ……おかげさまで」
その声音には、ほんの少し愉悦が混じっていた。研究成果を語るような軽さ。人間の尊厳を踏みにじることに、何の罪悪感もない。
「……っ」
ジエルの拳が震える。頭の奥で、何かが切れた。
「……ふざけんな」
低い声。怒りが、言葉の奥で煮え滾っている。
「ふざけんなぁぁぁッ!!」
地面を蹴る。殺意すら混じった速度。だが、その前に複数の影が立ち塞がる。死体。家の奥から、さらに現れる。ジエルへ向かって、腕を伸ばす。
「くそ!!」
殴り、吹き飛ばす。だが、次が来る。また次。まるで壁。エイリワスへ辿り着かせないための、“盾”。ドロイの表情が険しくなる。
「死んだ肉体に乗り移れるだけでなく、死体を操作することも出来るのか」
エイリワスは静かにその様子を眺めていた。まるで実験結果を観察する研究者のように。
その時だった。
「仕方ない、まとめて吹っ飛ばすか」
鬼爆が軽く呟く。しゃがみ込み、足元に転がっていた石を拾い上げた。何気ない動作。だが、その目はしっかりとエイリワスを捉えている。
「ほい」
投げる。ただの投擲。だが――その石が、エイリワスの目前で。凄まじい爆発を起こした。爆風が民家の中を荒れ狂う。壁が吹き飛び、木片が舞う。窓ガラスが砕け散る。民家そのものが揺れた。ジエル達ですら、思わず身構えるほどの威力。
「……っ!」
亜爆が目を見開く。鬼爆はその煙を見ながら、少しだけ眉を上げた。煙が晴れていく。その中心。
そこに――エイリワスは立っていた。無傷。服すら破れていない。ドロイの瞳が鋭くなる。
「……傷一つ、ない……」
理解が追いつかない。
「そんなこと……あり得るのか?」
だが、爆発の効果が全く無かったわけではない。周囲にいた死体達が吹き飛ばされていた。道が開く。
「……!」
ジエルが一気に踏み込む。今しかない。雷の刃を握り締めたまま、一直線にエイリワスへ。
「うおぉぉッ!!」
振り抜く。雷の刃が、エイリワスの胴体を切り裂く。
「……っ?」
しかし、感触がおかしい。あまりにも、軽い。気味が悪いほど、スムーズに通り抜ける。抵抗がない。肉を切った感触も、骨を断った感触もない。そのまま、刃が“抜けた”。
「……は?」
ジエルの動きが止まる。エイリワスは、その場に立ったまま。無傷。何も起きていないかのように。
「……な」
ドロイが即座に鉄を生成する。空中で形成された剣。狙いを定め、射出。一直線に飛ぶ。だが――剣が、エイリワスの身体を通り抜けた。まるで幻影を斬ったように。そのまま背後の壁へ突き刺さる。
「……すり抜けた……?」
ドロイの声に、初めて困惑が混じる。あり得ない。質量が存在しているはずなのに、接触できない。攻撃だけが、一方的に抜けていく。
その光景を見た瞬間。ポトスの表情が変わった。いつもの緩い笑みが消える。目が細くなる。
「……あの力は、まさか……」
低い声。そして、静かに呟く。
「ジエル・ゲート……」
その名に、ジエルの肩が震える。
「……ジエル君の兄の能力……」
空気が凍った。ジエルの瞳が揺れる。兄。天才と呼ばれた兄。レインダ村で死んだはずの存在。その能力をエイリワスが使っている。ジエルの呼吸が乱れる。脳裏に、過去がよぎる。兄の背中。兄の言葉。そして、失った日。
「……じゃあ……」
声が震える。怒りと、憎しみと、絶望が混ざった声。
「お前が……」
拳が軋む。
「俺の故郷を……」
雷が漏れる。
「俺の家族を……」
感情が限界まで膨れ上がる。
「俺の兄貴を……殺したんだな……!」
その問い。いや、確認だった。エイリワスは、静かにジエルを見る。
そして――
「そうだ」
短く、答えた。迷いも、後悔も、一切ない声音。まるで当然の事実を認めるだけのように。
その瞬間、ジエルの中で、何かが完全に切れた。




