エイリプラ
空気が張り詰めたまま、時間だけが止まったように感じられた。
だが――次の瞬間。エイリワスが、ゆっくりと片手を上げる。
「……これを見てくれるかな?」
どこか楽しげな声音。その手の中にあったのは、小さな金属製の籠だった。鳥かごのような形状。だが装飾はなく、どこか無機質で、研究装置のような冷たさを感じさせる。ジエルの眉が寄る。
「……なんだ、それ」
エイリワスは答える。
「私の発明」
そして、ゆっくりと籠を掲げる。その内部。
「……っ!」
ドロイの目がわずかに見開かれる。
「エイリ星人の……核……」
小さく、だが確信を持った声。籠の中には、脈動するように光る“核”が収められていた。生きている。だが、体はない。
「エイリ星人を、核の状態で保管しておける籠さ」
エイリワスは、淡々と説明する。まるで、自分の研究成果を誇るかのように。
「これを開ければ……」
指が、ゆっくりと籠の鍵へ伸びる。その瞬間。
「――っ!」
亜爆が動いた。
「危険です!」
迷いはなかった。手の中に生成された爆弾を、一直線に投げつける。空気を裂く軌道。直撃コース。だが――
「遅い」
エイリワスの声。カチリ、と。小さな音。籠は――すでに開いていた。爆弾が着弾し、爆発する。だが、その煙の中から、ゆっくりと“それ”が現れる。落ちた核。地面に触れた瞬間、変化が始まる。ぐち、と肉が生成されるような音。骨のような構造が伸びる。
そして――現れた。
八本の足。蜘蛛のように地面へと広がる、鋭利で長い脚。その一本一本が刃物のように光を反射している。中心の胴体は、人の上半身に似ていた。だが、腕がない。代わりに、歪に膨らんだ肉の塊が、ただ存在しているだけ。
「……進化個体か……」
ジエルが思わず声を漏らす。その言葉に、場の緊張が一気に上がる。エイリワスは、その姿を満足そうに眺めていた。
「行きなさい」
静かな命令。
「エイリプラ」
エイリワスにより名を与えられているそれが、わずかに身体を震わせる。次の瞬間、ギギギ、と音を立てながら脚を動かした。その異様な動きに、全員が身構える。そして、エイリワスは、くるりと背を向けた。
「……っ、おい!」
ジエルの声が飛ぶ。
「てめぇが戦うんじゃねぇのか!」
地面を蹴る。一直線に、エイリワスへ。
「逃げてんじゃねぇ!!」
だが、その進路を、何かが遮った。
鋭い脚が、ジエルの前に突き刺さる。間一髪で止まる。
「……っ!」
視線を上げる。目の前には、エイリプラ。その八本の脚が、壁のように立ちはだかっていた。完全に、進路を塞がれている。
「どけぇ!!」
ジエルが殴りかかる。だが、脚が交差し、防御される。硬い。異常な硬度。その間にも、エイリワスは距離を取っていく。ドロイの声が響く。
「ジエルさん!」
冷静だが、強い制止。
「この進化個体を倒さない限り、追撃は不可能です!」
現実的な判断。エイリプラは、完全に“壁”として機能している。無理に抜けようとすれば、逆に致命傷を負う。ジエルの歯が軋む。視線はエイリワスへ。だが、その背中はすでに遠ざかっている。
「……くそっ……!」
拳を握る。逃がすわけにはいかない。しかし、目の前の“これ”を無視することはできない。エイリプラが、ゆっくりと体勢を低くする。次の攻撃の構え。
亜爆が爆弾を構える。鬼爆が、ようやく一歩前に出た。ポトスは静かに目を細める。
その時、エイリプラの身体が、ぬるりと歪んだ。八本の脚が地面を強く掴み、胴体がわずかに沈み込む。その中心――人の上半身のような部分が、不自然に膨らみ始めた。
「……何か来ます!」
ドロイが警告を発する。次の瞬間。エイリプラの胴体に、ぽっかりと“穴”が開いた。まるで口のように。あるいは、発射口のように。
「排除する……」
低く、機械のような声。そして――
「──スレッド」
穴の奥から、白い何かが一気に噴き出した。糸。だが、それはただの糸ではない。空気を裂く速度で飛来し、複雑な軌道を描きながら広がる。
「――っ!」
ドロイが回避を試みる。だが、わずかに遅れた。腕と胴体に糸が絡みつく。
「……糸を出す能力」
冷静に言葉を発するが、身体は動かない。
同時に――
「っ……!」
亜爆も捕らえられていた。複数の糸が身体に巻き付き、完全に動きを封じられる。
「くっ……!」
力を込めるが、びくともしない。異常な強度。ただの糸ではない。ジエルはその光景を見て、即座に身を捻る。飛来する糸をギリギリで回避。
「ちっ……!」
横をかすめていく白い軌跡。その一本でも掠れば終わりだと、本能が理解していた。鬼爆もまた、軽く体を傾けるだけでそれを避ける。
「おっと」
余裕のある動き。だが、その目はわずかに細められている。エイリプラの攻撃精度を見極めている。
ポトスが一歩前に出て、飛来する一本の糸に、そっと触れる。
「停止」
その一言。ピタリ、と。糸が空中で止まった。まるで時間ごと切り取られたように、動きを失う。
「……!」
さらに、別の糸にも触れる。同じように、空中で固定されていく。数本の糸が、空間に静止し、数秒後に動きだす。
ジエルは捕らえられたドロイと亜爆に視線が向く。
「おい、大丈夫か!」
「問題ありません……が、拘束強度が高く。単独での解除は困難です」
ドロイの声は落ち着いているが、状況は良くない。亜爆も歯を食いしばる。
「早く……どうにか……!」
エイリプラの脚が、ゆっくりと持ち上がる。狙いは――動けない二人。
「排除する……」
再び、同じ言葉。無機質な宣告。ジエルの瞳が鋭くなる。
「させるかよ!!」
地面を蹴る。一気に距離を詰める。電気が身体を走る。だが、その進路を再び遮る影。鋭い脚が振り下ろされる。ジエルはそれを弾き、横へ回り込む。速い。だが、読める。
「鬼爆!援護――」
言いかけたその時。
「んー、大丈夫大丈夫」
鬼爆が軽く前に出る。指を鳴らすような仕草。
「こういうのは、まとめてやった方が早いから」
その一言に、空気がわずかに変わった。エイリプラが、ゆっくりと鬼爆へ向き直る。次の瞬間、さらに糸が放たれる。だが――鬼爆は、動かない。ただ、待つ。その手が、わずかに前へ出る。触れるつもりだ。ジエルの心臓が強く鳴る。一手のミスが命取りになる状況。だが、鬼爆の表情には一切の迷いがなかった。




