規格外
山道に一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。舗装の切れた土の道。両脇を覆う木々は深く、枝葉が空を狭めている。その隙間から吹き抜けてくる風は、どこかひんやりとしていた。海が近いからか――涼しい。だが、その涼しさは心地よいものではなく、肌の奥にじわりと染み込むような、妙な感触を伴っていた。
「……懐かしいな」
ジエルが小さく呟く。記憶の中のレインダ村も、こんな風が吹いていた気がする。だが今、その感覚はどこか歪んでいる。同じ場所のはずなのに、何かが違う。
ポトスがゆっくりと口を開いた。
「みんな、気をつけてね~」
その声は相変わらず柔らかい。だが、言っている内容は軽くない。
「まだエリア・オズの中には入ってないけど~……この辺りにもエイリ星人はいるかもしれないからね~」
その一言で、全員の意識が一気に引き締まる。ジエルは拳を軽く握る。ドロイは周囲の気配を探るように視線を巡らせる。亜爆は無言で立ち位置を微調整した。
「……来る」
ドロイが低く告げた、その直後。木々の奥から、影が飛び出した。黒く歪な体。人型をしているが、その動きは明らかに人間ではない。エイリ星人。
「……!」
ジエルが構える。だが次の瞬間、その姿が視界から消えた。
「速――」
言い終わる前に、空気が裂ける。目にも止まらぬ速度で、エイリ星人が間合いを詰めてくる。一直線。
「分析。速度、危険域」
ドロイの声が割り込む。
「個体戦闘力、Aランク相当」
その言葉に、ジエルの神経がさらに研ぎ澄まされる。速い。今までの敵とは明らかに違う。だが──
「……あー、はいはい」
場違いなほど気の抜けた声が響いた。鬼爆だった。動き出すでもなく、構えるでもなく、ただ一歩前に出る。そして、迫り来るエイリ星人の腕を、無造作に掴んだ。
「――は?」
ジエルの目が見開かれる。あの速度を、見てから、掴んだ。勢いは完全に殺され、エイリ星人の動きが強制的に止まる。
「ほい」
軽い動作で、鬼爆はそのまま体をひねて、投げる。エイリ星人の体が宙を舞い、数十メートル先の地面へ叩きつけられた。衝撃音。土が舞い上がる。そして鬼爆は、まるで子どもに遊びを見せるような軽さで言った。
「はい、ドカン」
その瞬間。叩きつけられた地点を中心に、空気が膨張し、地面が抉れ、衝撃波が周囲へ叩きつけられる。それは“爆発”という言葉で片付けていいものではなかった。木々が大きく揺れ、葉が一斉に散る。爆炎が一瞬で広がり、そして消えた。残ったのは――抉れた地面と、完全に消し飛んだエイリ星人の痕跡。静寂。風の音すら、一瞬遅れて戻ってくる。
「……」
ジエルは、言葉を失っていた。何が起きたのか、理解はできる。だが、納得ができない。速さも、力も、規格外。
「……」
ドロイもまた、沈黙していた。その機械的な思考ですら、一瞬だけ処理が遅れるほどの現象。Aランク相当の敵が、触れられ、投げられ、そして――爆散した。
亜爆ですら、珍しく表情が固まっている。
三人の視線が、ゆっくりと鬼爆へ向く。当の本人は、まるで何事もなかったかのように、指についた埃を軽く払っていた。
「ん? なに?」
軽い。あまりにも軽い。その温度差が、逆に異常だった。
「……いや」
ジエルがようやく声を出す。
「なんだよ今の……」
鬼爆は首をかしげる。
「んー? ただの投げだけど」
「いや違うだろ! 最後のやつだよ!」
「ああ、あれ?」
鬼爆は、少しだけ考えるような仕草をして――
「触ったやつ、爆発させただけ」
さらっと言った。
「……」
再び沈黙。Sランク。その意味をジエル達は今、初めて実感していた。ポトスはそんな様子を見て、いつもの調子で笑う。
「ね~、頼もしいでしょ~?」
誰も否定できなかった。山道の奥から、また風が吹く。その先にあるのは、レインダ村。そして、エリア・オズ。だが今、ジエル達の中で一つだけ確かなことがあった。
この任務――想像していたより、ずっと“規格が違う”。




