エリア・オズ任務開始
エリア・オズ任務当日。空は薄く曇り、陽の光は山の稜線に遮られて鈍く拡散していた。空気はひやりと乾いている。鳥の声は遠く、風は弱い。それでも、この場所には妙な“静けさ”があった。レインダ村へと続く山道の手前。舗装の途切れた地点で、ジエルと亜爆は並んで立っていた。木々の隙間から見える道は細く、先へ進むほどに暗くなる。まるで、どこか別の場所へ繋がっているような――そんな気配。
「……ここが入り口、か」
ジエルは低く呟く。視線は山道の奥へ向いたまま、逸らさない。故郷。レインダ村。そこに続く道のはずなのに、どこか現実味が薄い。帰る場所、という感覚がうまく噛み合わない。隣の亜爆は、特に何も言わず煙草も咥えず、ただ腕を組んで立っている。いつもの無表情。だが、その視線は周囲を静かに観察していた。やがて、背後から足音が近づいてくる。振り返ると、二人の人物がこちらへ向かってきていた。一人はコートにアロハシャツの見慣れた姿――ポトス。もう一人は、機械的な動きを僅かに感じさせる青年――ドロイ。
「お、来たか」
ジエルが軽く手を上げる。ドロイは数歩手前で立ち止まり、軽く会釈した。
「……エリア・アスタロスぶりだな。名前は……」
「ああ、そうだ。えっと……」
一瞬、記憶を探るジエルに対して、ドロイは淡々と名乗る。
「ドロイです」
「あー、それだそれだ。ドロイな」
納得したように頷き、ジエルは隣に立つ亜爆を顎で示した。
「ジエルさん。そちらの方は?」
「こいつは亜爆。俺と同じDランクだ」
「はじめまして」
亜爆は短く、無駄のない挨拶をする。
ドロイも同様に、静かに頭を下げた。
「ドロイです。よろしくお願いします」
簡素だが、整ったやり取り。その様子を、少し離れた位置でポトスが眺めていた。穏やかな笑みを浮かべながら。
「……?」
ジエルはその表情に気づき、首を傾げる。
「支部長は、なんかいいことでもあったんすか?」
ポトスはくすりと笑った。
「いや~、頼もしい隊員が来てくれたからね~」
「は?」
意味が分からず眉をひそめるジエル。ポトスはそのままくるりと後ろを向いた。視線の先、山道とは逆方向。その奥から、一人の男がゆっくりと歩いてくる。軽い足取り。場違いなほど緩い空気。
「おっ、集まってるじゃん」
口に放り込んだラムネをガリッと噛みながら、その男は言った。赤い瞳。胸に光るECOの胸章。どこか飄々とした態度。だが、その存在感だけは異質だった。ジエルの表情が固まる。ドロイの動きも、わずかに止まる。
「……おい、マジかよ」
「Sランク……」
自然と口に出た言葉。鬼爆。ECOの中でも別格とされる存在。その男が、こんな任務に。
「どうもどうも~」
軽く手を振りながら近づいてくる鬼爆は、まるで散歩の途中のような気軽さだった。だが、その視線がふと、ある一点で止まる。亜爆。次の瞬間、鬼爆の表情がぱっと明るくなる。
「おおっ!」
勢いよく歩み寄り――
「会いたかったぞー弟よー!」
そのまま肩を組もうと腕を伸ばす。
だが。
「やめてください」
亜爆は即座に一歩引いた。表情は完全に嫌悪。声にも一切の遠慮がない。
「えー、冷たいなぁ」
「近寄らないでください」
明確な拒絶。その温度差は異常だった。ジエルとドロイは、その光景を見て固まる。
「……は?」
「弟……?」
理解が追いつかない。Sランク隊員が、Dランク同期に馴れ馴れしく絡み、しかも当の本人は本気で嫌がっている。その違和感。だが次の瞬間、二人の脳裏に“ある情報”がよぎる。
――亜爆がアモリス支部に異動させられた理由。
――Sランク隊員への暴行。
「……あ」
「……なるほど」
ほぼ同時に、小さく呟く。目の前の光景が、その答えだった。鬼爆は全く気にした様子もなく、ラムネをもう一つ口に放り込む。
「いや~元気そうでなにより」
「……」
亜爆は無言で距離を取る。ジエルは頭を押さえた。
「……支部長」
「ん~?」
「この任務、大丈夫なんすか?」
ポトスは相変わらず穏やかに笑っている。
「大丈夫大丈夫~。むしろ戦力的には万全だよ~」
その言葉に、ジエルはため息をついた。確かに戦力は揃っている。Sランク、鬼爆。冷静な分析役、ドロイ。謎の指名を受けた亜爆。そして自分。
「……不安しかねぇんだけど」
小さく漏れた本音は、誰にも否定されなかった。山道の先には、レインダ村。そして、エリア・オズ。異常区域。過去の傷。そして、まだ見ぬ敵。
任務は、もう始まっている。




