追悼
療養生活が始まってから、数日が経った。激戦の傷はまだ完全には癒えていない。身体を動かせば鈍い痛みが残り、深く息を吸えば胸の奥がわずかに軋む。それでも、ようやくエデンには「外出許可」が下りた。復帰にはまだ遠い。任務に出ることも、訓練を再開することもできない。だが、病室の白い天井だけを見続ける日々からは、少しだけ解放された。エデンが向かった先は、ウバク地区だった。街並みは以前と大きく変わらないように見える。人々の生活音、遠くで聞こえる子どもの声、吹き抜ける風。けれどエデンにとっては、あの日を境に何もかもが少し違って見えていた。カイトとリナが眠る墓地。静かなその場所には、街の喧騒も届かない。ただ風だけが、規則正しく草木を揺らしていた。エデンは二つ並んだ墓石の前に立つ。一つはカイト。一つはリナ。胸の奥が、また少しだけ重くなる。
「……久しぶり」
声に出してみても、返事はない。分かっている。そんなことは、最初から。エデンは静かに花を供え、目を閉じた。守れると思っていた。自分がもっと強ければ。もっと早ければ。
『……エデン』
頭の奥で、低く響く声。エデンは薄く目を開けた。
(ケイ……)
『後悔するなとは言わない。ただ、それだけでは死んだ者は報われない』
以前と変わらぬ、荘厳でどこか冷たい声。だが今は、その言葉が不思議と胸に刺さった。
『お前は生きている。なら考えるべきは、“何を悔やむか”ではなく、“何を背負うか”だ』
「……分かってるよ」
小さく、エデンは答える。
「忘れない。絶対に」
カイトも、リナも。あの時の無力さも。自分が届かなかった現実も。全部背負って、前に進むしかない。エデンは墓前で静かに手を合わせた。長い沈黙だった。風が吹く。花が揺れる。まるで二人が「それでいい」とでも言うように。やがてエデンは立ち上がり、踵を返した。
「……また来る」
その場を後にしようと、墓地の出口へ向かう。その途中だった。一人の男と、すれ違う。自然と視界に入ったその姿に、エデンはほんの一瞬だけ違和感を覚えた。赤い瞳。静かながら、妙に存在感のある男だった。派手な動きは何一つない。ただ歩いているだけなのに、どこか張り詰めた空気を纏っている。胸元には、ECOの胸章。同じ隊員か――と、エデンは思う。男の手には花束があった。墓参りだろうか。誰かを悼みに来たのかもしれない。だが、エデンは深く考えなかった。今の自分には、他人を気にする余裕もない。ただ少しだけ印象に残った、それだけだった。すれ違い、数歩進む。振り返ることなく、エデンはそのまま歩き去っていく。
『……妙な気配だな』
ケイがぼそりと呟く。
「え?」
エデンは足を止めかけたが、結局そのまま前を向いた。
「……ECOなら、別に珍しくないでしょ」
『そうかもしれんな』
それ以上、ケイは何も言わなかった。エデンの背中が、少しずつ遠ざかっていく。そして残された男は、二つの墓石の前で静かに立ち止まった。赤い瞳が、墓石を見つめる。その視線には激情も悲嘆もない。だが、確かな感情だけがあった。
男――鬼爆は、無言で花束を供える。
「……」
静寂。風が吹く。ECOの最強戦力、Sランク隊員。鬼爆はただ静かに、そこに立っていた。まるで、自分にしか分からない何かを胸に抱えるように。




