同じ境遇
「……やっぱり、まだきついか?」
低い声。エデンの肩が、わずかに揺れる。ジエルは続ける。
「二人のこと」
その言葉は、訓練室の静寂にゆっくりと落ちた。ECOとして初めて出来た仲間。共に戦い、支え合い、そして――失った存在。その事実は、傷としてまだ生々しくエデンの中に残っている。エデンはすぐには答えなかった。拳が、膝の上で小さく握られる。胸の奥が、また鈍く痛んだ。
「……大丈夫じゃない……」
かすれた声だった。強がりでも、見栄でもない。ただ、正直な言葉。
「苦しい」
短い一言。だが、その中に詰まった重さは軽くない。ジエルは黙って聞く。エデンは俯いたまま、けれど言葉を止めなかった。
「でも……」
呼吸を整える。
「この苦しみを、忘れないって決めたから」
その言葉には、痛みと共に意志があった。忘れて楽になるつもりはない。なかったことにもしたくない。苦しみごと抱えて、自分の中に残す。それが、今のエデンなりの答えだった。ジエルはその横顔を見つめる。未熟だ。危うい。けれど――真っ直ぐだった。
「……そうか」
短く返す。それ以上、軽々しく何かを言うことはしなかった。だが、その返事の裏で、ジエル自身もまた思い返していた。“大切な誰かを失うこと”。その喪失を抱えたまま、生きること。そして――戦うこと。
(……分かる)
心の中で、静かにそう思う。エデンだけじゃない。自分も、知っている。失った後に残る、どうしようもない痛みを。そんな沈黙の中。不意に、エデンが顔を上げた。
「……ジエルは」
少しだけ迷うような間。
「どうしてECOに入隊したの?」
唐突な問いだった。だが、軽い興味本位ではないことは分かる。“知りたい”のだ。目の前にいるこの男が、何を抱えてここにいるのか。ジエルは、一瞬だけ視線を逸らした。訓練室の床。遠い記憶。沈黙。普段なら適当に流してもおかしくない問い。だが、今日はそうしなかった。
「……どうして、って」
小さく息を吐く。
「俺の兄貴も、ECOだったから」
その言葉に、エデンがわずかに目を瞬く。ジエルは壁にもたれながら、ぽつりぽつりと続けた。
「……それに、憧れてたんだ」
その声音は、いつもより少しだけ静かだった。
「……俺が10歳ぐらいの頃に、死んじまったけど」
空気が、少しだけ重くなる。エデンは何も言わない。ただ、聞く。ジエルも、続ける。
「兄貴はすごかったんだぞ」
その言葉には、誇りがあった。
「アモリス支部の今までの隊員の中で、一番の天才だって言われてたらしい」
少しだけ笑う。懐かしむような、でも寂しさの混じる笑み。
「ランクだってAだった」
ECOにおけるAランク。それがどれだけの実力を意味するか、エデンにも分かる。
「天記さんと、よく任務に行ってたらしい」
その名前に、エデンは小さく反応する。ジエルは続けた。
「兄貴が死んだ後……ECOに入りたいって言ったら」
一拍。
「天記さんが鍛えてくれた」
その言葉に、エデンは少しだけ納得したように呟く。
「……だから、天記さんには“さん付け”なんだ」
ジエルは一瞬きょとんとして。
「……そこかよ」
少し呆れたように言う。だが、そのやり取りが逆に空気をほんの少し和らげた。それから。ジエルは、改めてエデンを見る。真っ直ぐに。
「俺にも、お前の気持ちは分かる」
その一言は、軽くなかった。同情ではない。理解しようとしている者の言葉だった。ジエルは少しだけ眉を寄せる。
「だから」
一歩、エデンに近づく。
「無理すんな」
短い。だが、強い。
「きつかったら言え」
その言葉には、不器用な優しさがあった。
「出来ることは、やってやるよ」
訓練室は静かだった。だがその静けさは、さっきまでの重苦しいものとは少し違った。失った痛みは消えない。苦しみも、簡単にはなくならない。それでも。その苦しみを知っている誰かが、隣にいる。その事実だけで。ほんの少しだけ、エデンの中の何かが軽くなった気がした。




