特訓観察
訓練室の扉が、静かに閉まる。無機質な金属音が、やけに大きく響いた。室内には、冷たい空気とわずかな機械音。壁際に並ぶ訓練器具。強化素材で作られた標的。床には幾度もの衝撃を受けた痕跡が刻まれている。ECO隊員たちが日々己を鍛える場所――その空間に、エデンは一人立っていた。まだ身体は重い。完全に回復したわけではない。一歩踏み込むだけでも、筋肉の奥に鈍い痛みが残る。それでも、エデンは前へ進む。
(……何もしないままは、嫌だ)
その思いだけだった。ゆっくりと訓練用のグローブへ手を伸ばす。
だが――
「おい」
背後から、呆れを隠そうともしない声が飛んだ。エデンの肩が、びくりと揺れる。聞き覚えしかない。恐る恐る振り返ると、案の定そこにはジエルが立っていた。
「……何してんだ、お前」
呆れ。そして少しの怒り。完全に見つかった。
「いや、その……」
言葉に詰まる。
ジエルは深くため息を吐いた。
「病室抜け出したと思ったら案の定だな」
ずかずかと近づいてくる。
「戻るぞ」
即答だった。反論の余地を感じさせない勢い。エデンは一瞬たじろぐ。だが、そのまま黙って戻る気にはなれなかった。拳を握る。
「……分かった」
ジエルの動きが少し止まる。エデンは続けた。
「特訓はしない」
予想外だったのか、ジエルがわずかに眉を動かす。
「でも」
その声には、確かな意志があった。
「何もしないのは、嫌なんだ」
真っ直ぐな言葉。
「だから……せめて」
一拍。
「ジエルの特訓、見せてほしい」
静かだった。訓練室の空気が、一瞬だけ止まる。ジエルは数秒、何も言わずにエデンを見る。冗談ではない。言い訳でもない。ただ、焦りと悔しさを抱えたまま、それでも何かを得ようとしている目。
「……はぁ」
長いため息。
「仕方ねぇな……」
折れた。だがすぐに、鋭く釘を刺す。
「絶対動くなよ」
一歩近づく。
「怪我するから」
その声音は、軽くはない。エデンは素直に頷いた。
「……うん」
ジエルはそれを確認すると、訓練場中央へ向かう。そこには、強化鉄製の訓練棒。通常の打撃程度では歪みすらしない高耐久仕様。ジエルは軽く首を鳴らし、肩を回す。
「ちゃんと見とけよ」
次の瞬間。踏み込み。
「――っ!」
空気が弾ける。拳が鉄棒へ叩き込まれ、鈍い衝突音が訓練室全体へ響く。続けざまに蹴り。肘。回し蹴り。無駄がない。速い。重い。エデンの目が、自然と見開かれる。
(……速い)
単純な力任せではない。洗練されている。そして。ジエルは少し後方へ下がった。右手を構える。空気が、変わる。バチ、と青白い電流が走る。雷。エネルギーが収束していく。
「怒雷刃!」
振り抜く。雷が、刃となって放たれた。轟音。一直線に走った雷撃の刃が鉄棒を切り裂くように叩き、激しい火花が散る。衝撃。焦げた匂い。エデンは思わず息を呑んだ。少しの沈黙の後、エデンは前々から気になっていたことを口にする。
「前々から気になってたんだけど」
ジエルが振り返る。
「その技って、どうやってんの?」
ジエルは少し考えた後、肩をすくめた。
「感覚でやってるから、わかんねぇ」
「えぇ……」
あまりにもジエルらしい答えだった。
だが、そのまま補足する。
「でも天記さんが言うには、雷にエネルギーの刃をまとわせてるらしい」
エデンは目を瞬かせる。
「エネルギーを……まとわせる?」
未知の感覚だった。
「そんなこと出来るの?」
ジエルは当然のように答える。
「それ用の装置と、エネルギーを操作する技術さえあれば誰でも出来るぞ」
一拍。
「俺はなんか装置なくても出来るけど」
エデンはしばらく黙った。そして、ぽつりと言う。
「……ジエルって天才だったんだ」
間。
「意外」
「うるせーよ」
即答だった。
ジエルは少し不機嫌そうに眉を寄せる。だが、そのやり取りはどこかいつも通りで――ほんの少しだけ、重かった空気が和らぐ。やがて一通りの特訓を終え、ジエルはタオルで汗を拭きながらエデンの方を見る。
「……ん?」
違和感。さっきまで真っ直ぐ見ていたエデンが、少し俯いていた。表情は見えない。だが何かを考えている。深く。もっと静かな何か。ジエルは眉をひそめる。
「……エデン」
その声に、エデンはすぐには応えなかった。




