エリア・オズ
ライサム北部――ノマロード。
ECO本部は、ライサム国内でも最大規模を誇る対エイリ星人組織の中核施設として、その巨大な外壁を鈍く光らせていた。無機質な金属と強化素材で構成された建造物は、まるで一つの要塞そのものだった。外では冷たい風が吹き抜けているが、その内部は常に張り詰めた緊張感に支配されている。
会議室。
広い空間の中央には長い楕円形の会議卓が設置され、その周囲を複数の隊員たちが囲んでいた。各支部から招集された実力者、指揮官候補、情報分析官。階級も立場も異なる者たちが一堂に会しているにもかかわらず、私語はほとんどない。理由は単純だった。その場にいる“司令官”の存在。会議室最奥。大型モニターを背に座る男――ビユー・ジード。
「次だ」
低く、通る声。会議室の空気がわずかに張る。
「――ブウタ地区」
その地名が告げられた瞬間、数名の隊員の表情がわずかに変わる。
「エリア・オズ指定区域における、エイリ星人出没数調査任務」
静かだった。だが、その任務名には確かな重みがあった。エリア・オズ。その単語が意味するのは、通常任務ではない。異常性、不確定要素、そして潜在的危険。まだ大規模殲滅任務ではないにせよ、“調査”という名目ほど簡単な仕事ではないことを、この場にいる者たちは理解していた。会議卓の一角。そこで、一人の男が椅子にもたれながら片手を軽く上げた。
「じゃあ俺、その任務行きまーす」
場違いなほど軽い声。緊張感をわずかに裂くような、気の抜けた口調。だが、それを言った男の実力を知らない者は、この場にはいなかった。鬼爆。赤い瞳。どこか飄々とした笑み。軽薄にも見える態度。しかし、その実態はECO内でも限られた者しか到達できないSランク隊員。周囲の隊員たちがわずかに視線を向ける中、鬼爆は特に気にした様子もなく椅子を揺らしていた。ビユー・ジードはその姿を一瞥する。驚きも、咎めもない。ただ資料を一枚めくり、冷静に告げた。
「……鬼爆。加えて、ウバク支部から二名、アモリス支部にも通達を出す」
短い言葉。だが、その内容は即座に部隊編成を意味していた。
「現地での独断行動は禁止。目的はあくまで調査だ」
鬼爆は肩をすくめる。
「はいはい、了解」
その返答に、数人が微妙な顔をする。だがビユーは気にしない。
「……ブウタ地区のエリア・オズには、未確認要素が多い」
一拍。
「何が起こってもおかしくない。気を抜くな」
その一言で、場の空気が再び引き締まる。会議は、次の任務へ進んでいく。だがブウタ地区。その名前は、確かにいくつかの者の意識に残った。静かに。だが、深く。
一方、その頃。アモリス支部、医療棟。
本来なら静養しているはずの一室は、妙に静かだった。ベッドの上。白いシーツ。整えられた枕。だがそこにいるはずの人物が、いない。窓から差し込む朝の光だけが、無人のベッドを照らしていた。廊下。足音を殺すように、一人の少年がゆっくりと歩いていく。エデンだった。まだ完全に回復したとは言い難い身体。包帯の残る箇所。鈍く残る痛み。それでも、その足取りに迷いはない。壁に手をつくこともある。時折、呼吸が浅くなる。身体は、明らかに本調子ではなかった。それでもエデンは足を止めない。脳裏に焼きついているのは、洞窟。カイト。リナ。そして、自分の“弱さ”。
(……足りない)
その思考だけが、エデンを前へ押していた。やがて辿り着く。訓練室。無機質な扉。使用時に幾度となく触れてきた場所。見慣れているはずなのに、今日は少しだけ違って見えた。エデンは静かに扉へ手をかける。
「……もっと」
小さく、呟く。それは願いではない。誓いだった。
「強くならないと」
扉が開く。冷たい訓練室の空気が、静かにエデンを迎え入れた。




