消さぬ後悔
沈黙が、しばらく続いていた。機械の音だけが、一定のリズムで鳴り続ける。規則正しいはずのその音が、やけに遠く感じられた。エデンは俯いたまま、動かない。だがその呼吸は、少しずつ変わっていた。重く、詰まるようだったものが、わずかに揺らいでいる。亜爆の言葉が、頭の中で繰り返される。
(……最善だった)
何度も、何度も。あの時の自分の判断。あの瞬間の選択。それを、“最善”と呼べるのか。あの戦いでエデンはエイリポルに騙され、結果二人が死んだ。考えようとするほど、胸の奥が軋んだ。指先が、わずかに震える。シーツを握る力が、無意識に強くなる。
「……最善……」
かすれた声が、ようやく零れた。小さく、途切れそうな声。それでも、確かに言葉だった。エデンは、少しだけ顔を上げる。視線はまだ下に落ちたまま。だが、止まっていた思考が、動き出している。
「でも……」
言葉が、続く。うまくまとまらないまま、それでも絞り出すように。
「やっぱり、俺は……」
一瞬、息が詰まる。喉の奥が、締まる。それでも、逃げない。
「……俺が、判断を間違えたから。弱かったから」
拳が、震える。
「カイトとリナは……」
その先の言葉が、出てこない。言えば、完全に現実になる気がした。だが。逃げるわけにはいかなかった。
「……死んだ」
絞り出すように、そう言った。その一言で、何かが確定した。もう、戻らない。胸の奥が、深く沈む。エデンの視界が、わずかに揺れる。
「……亜爆さん」
名前を呼ぶ。それだけで、少しだけ息が整う。言葉を繋ぐための、支えのように。
「俺……」
何を言うべきか、探している。だが、見つからない。だから、そのまま出す。
「……俺、多分……」
声が、弱くなる。
「そんなに強くない」
静かな告白。
「心も……力も……だから」
ゆっくりと、息を吸う。痛みが走る。それでも、止めない。
「亜爆さんみたいに……」
言葉が少しだけ揺れる。
「最善だって、考えるようには……できない」
否定だった。だが、拒絶ではない。ただ、自分にはまだ辿り着けない場所だと、認めている。沈黙が落ちる。だが、先ほどのものとは違う。止まっていたものではなく、次に進むための“間”。エデンは、ゆっくりと顔を上げた。まだ完全ではない。だが、目は――前を向こうとしていた。
「……だから、決めました」
小さく、しかしはっきりと。その言葉には、さっきまでなかった芯があった。
「俺……」
一度、息を整える。そして。
「もっと、後悔するようにします」
その言葉は、静かで、重かった。逃げるためではない。背負うための言葉。
「忘れないように......二度と、同じことを繰り返さないように」
拳を、ゆっくりと握る。震えは、まだ止まらない。
「誰も、死なせないように」
視線が、わずかに強くなる。
「……もっと、強くなります」
その決意は、完成されたものではない。未熟で、危うくて、どこか歪んでいる。それでも確かに、前を向いていた。亜爆は、その言葉を遮らなかった。否定もしない。すぐに肯定もしない。ただ、静かに聞いている。エデンの選んだ“答え”を。しばらくの沈黙の後。亜爆は、ゆっくりと口を開いた。
「……そうですか」
短く、静かに。それだけを言う。肯定でも、否定でもない。ただ、受け入れる言葉。亜爆は、わずかに視線を緩める。
「その考えで進むなら」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「君は後悔を抱え続けることになる」
強くはない。だが、芯の通った声。
「心を強く保たなくちゃならない」
それは忠告であり、確認でもあった。エデンの選んだ道は、軽いものではない。抱え続けることを、自分で選んだのだから。
「……はい」
小さく、しかしはっきりとした返事。エデンの視線は、もう下を向いていなかった。完全ではない。まだ痛みも、迷いも残っている。それでも。その瞳は、確かに前を見ていた。病室には、再び静かな時間が流れる。だがその静けさは、先ほどまでとは違う。押し潰すような重さではなく、何かを抱えたまま進もうとする者の、静かな覚悟の空気だった。




