抱えた後悔
「……ごめん」
かすれた声だった。エデンは視線を落としたまま、言う。
「少し……ひとりにさせてほしい」
ジエルは、すぐには答えなかった。数秒の沈黙。だがやがて、小さく息を吐く。
「……ああ」
短く、それだけ言って背を向けた。ドアが開き、そして、閉まる。静寂が戻る。エデンは、動かなかった。視線は、シーツに落ちたまま。手は、強く握られている。
(……死んだ)
頭の中で、何度も繰り返される。カイト。リナ。名前を思い浮かべるたび、胸の奥が軋む。
(……なんで)
呼吸が浅くなる。
(なんで、あの時……)
洞窟の光景が蘇る。エイリポル。
――信じた。
(……俺が)
拳が、震える。
(俺が、信じたから)
あの一瞬。疑っていれば。距離を取っていれば。喉が詰まる。
(カイトも……リナも……)
視界が滲む。涙がこぼれる。
「……っ」
声が喉の奥で、潰れる。手が、さらに強くシーツを握る。仲間を守る。
(カイトとリナを殺したのは、俺だ)
頭では分かっている。敵がいた。状況は最悪だった。それでも。
(選んだのは、俺だ)
あの選択。あの判断。全部、自分のものだ。逃げ場はない。
「……なんで……」
かすれる。
「なんで、俺なんかが……」
声が震える。
「生きてんだよ……」
絞り出すような言葉。胸が、締め付けられる。息ができない。
「……っ……!」
頭が痛い。身体の痛みなんて、どうでもいい。もっと奥。もっと深いところが、壊れていく。
その時。ドアがコンコンとノックされる。ゆっくりと開く。
「……失礼します」
低く、落ち着いた声。亜爆だった。足音が近づく。エデンは顔を上げない。
「……聞きました」
短い一言。それ以上の説明はない。何を、とは言わない。だが、それで十分だった。亜爆はベッドの横で足を止める。しばらく、何も言わない。沈黙。無理に言葉を差し込まない。相手の呼吸に合わせるように、間を置く。やがて、静かに口を開いた。
「……話せます?」
問いかけは、穏やかだった。促すでも、急かすでもない。ただ、選択を差し出す。エデンの指が、わずかに動く。
「……すいま....せん」
かすれた声。
「今は……」
亜爆は、小さく頷いた。
「そうですか」
それ以上、踏み込まない。ただ、受け止める。一拍置いて、続ける。
「無理に話す必要はないです」
落ち着いた声。静かに、しかしはっきりと。
「けど、抱え込む必要もない」
その言葉は、押し付けではない。事実として、そこに置かれる。エデンの呼吸が、わずかに乱れる。
「何も話せないから……一人に.....してください」
絞り出すような声。亜爆は視線を落とさず、答える。
「はい」
一拍。
「だから、私は何も聞きません」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「ただ……ここにいるだけです」
静かな宣言。押しつけがましさはない。だが、揺るがない。エデンはわずかに眉を寄せる。
「……なんで」
弱い問い。亜爆は少しだけ間を置いた。そして、短く答える。
「今のエデン君を、ひとりにはできない……それだけですよ」
それ以上は言わない。説明もしない。亜爆は近くの椅子に腰を下ろす。音を立てず、静かに。視線を外すことも、逸らすこともしない。ただ、そこにいる。沈黙が続く。重い空気。だが先ほどまでの“押し潰すような静けさ”とは違う。誰かがいる、というだけでわずかに変わる空間。エデンの手が、少しだけ緩む。
沈黙が続いていた。機械音だけが、一定のリズムで響く。エデンは俯いたまま。亜爆は、椅子に腰掛けたまま動かない。
しばらくして。亜爆が、ゆっくりと口を開いた。
「……少し、自分の話をしてもいいですか?」
静かな声だった。許可を求めるような、それでいて押しつけない言い方。エデンの肩が、わずかに揺れる。返事はない。だが、拒絶もない。亜爆はそれを受け取るように、小さく息を整えた。
「……私は、もともとルトウォーバという国にいました」
言葉はゆっくりと、丁寧に紡がれる。
「内戦が、頻繁に起きる国です」
淡々としている。だが、軽くはない。
「物心ついた頃から、“争いがあるのが普通”でした」
一拍。
「そして……十六の時、兵士になりました」
エデンの指が、わずかに動く。
「選択ではありません。……そうなるものだと、決まっていた」
視線は前を向いたまま。過去を“語る”というより、“置いていく”ような口調。
「ある任務で……判断を任される場面がありました」
わずかに、言葉が遅くなる。
「進むか、退くか」
短い説明。だが、その重さは伝わる。
「私は……進むことを選びました」
静かな声。
「その結果――仲間が、一人、死にました」
病室の空気が、わずかに沈む。エデンの呼吸が、かすかに乱れる。
「私の判断でした」
はっきりと、そう言い切る。逃げない言葉。
「避けられた可能性も、あった」
少しだけ視線が落ちる。
「……そう考え続けました」
その後の言葉は、少しだけ低くなる。
「あの時、別の選択をしていれば、もっと早く気付いていれば、止めていれば」
言葉は静かだが、重い。
「眠れない日が続きました。理由を探しても、答えは出ない。それでも、考えることをやめられない」
淡々とした語り。だが、その奥にあるものは明らかだった。エデンの手が、わずかに震える。亜爆は続ける。
「……しばらくして、私はルトウォーバを離れました。ライサムに来たのは、その後です」
それ以上の説明はしない。逃げたのか。選んだのか。あえて、言わない。しばらく、沈黙。そして。亜爆は、ゆっくりとエデンの方へ視線を向けた。
「……今でも」
短く言う。
「その選択が正しかったとは、思っていません」
否定も、肯定もしない。
「ですが」
一拍。
「間違いだった、と言い切ることもしていません」
静かな言葉。
「……あの時の自分が、あの状況で選べた最善だった」
断言ではない。だが、辿り着いた一つの答え。
「そう考えるようにしています」
押しつけない。ただ、自分の“在り方”として置く。亜爆は、それ以上は語らなかった。静寂。エデンは、まだ俯いている。だが。呼吸が、少しだけ変わっていた。重さの中に、わずかな揺らぎが生まれている。




