消えぬ後悔
洞窟の外。湿った空気から一転して、外の空気は冷たく、鋭かった。担ぎ出された三人の体を、待機していた救急隊がすぐに受け取る。
「こっちだ、急げ!」
慌ただしい声。担架に乗せられるカイト。続いてリナ。そしてエデン。意識は、すでに薄れていた。視界がぼやける。誰かが何かを言っている。だが、音が遠い。身体の感覚が、ゆっくりと切り離されていく。
(……終わった……のか……)
思考も、曖昧になる。そのまま意識は、内側へと沈んでいった。暗い空間。何もない、静かな場所。エデンはそこに立っていた。足元も、天井も、境界もない。ただ、無限の闇。だが、不思議と恐怖はなかった。
「……ケイ」
呼びかける。すぐに、返答があった。
『……ああ』
低い声。いつも通りの、落ち着いた響き。エデンは少しだけ目を伏せた。
「……ごめん」
短く、そう言う。
「無理した」
間。言葉を探すように、ゆっくりと続ける。
「逃げろって言ってたのに……無視した」
静かな空間に、その声だけが響く。
『……ああ』
ケイは否定しない。
ただ、事実として受け止める。
『君は、限界を超えた』
淡々とした言葉。
『リミットリフレクスとリミットフォースを同時に使うなど、本来は想定されていない』
一拍。
『神経系への負荷、身体への反動。どちらも致命的になり得る』
静かな警告。
『次に同じことをすれば、動けなくなるだけでは済まない可能性もある』
その言葉は、重かった。現実として。エデンはそれを、受け止める。
「……うん」
小さく頷く。理解している。危険だったことも。無謀だったことも。全部。それでも。エデンは顔を上げた。
「でも……」
言葉を紡ぐ。
「あの時、戦わなかったら」
洞窟の光景が、脳裏に浮かぶ。倒れているカイトとリナ。迫る棘。逃げ場のない状況。
「……もっと、危険だったと思う」
静かな確信。
ケイは、すぐには答えなかった。わずかな沈黙。
『……否定はしない』
低く、短く。だが、それは明確な肯定だった。
『あの状況で退いた場合、被害は拡大していた可能性が高い』
冷静な結論。
『お前の行動には、意味があった』
はっきりとした言葉。エデンは、わずかに目を見開く。ケイが続ける。
『ただし』
一拍。
『それと、無理をしていい理由は別だ』
静かな指摘。
『生き延びることが前提だ』
その言葉に、エデンは苦笑した。
「……分かってる」
完全には守れていないことも、分かっている。それでも。
「ありがとう」
小さく、そう言った。暗闇の中で。その言葉だけが、わずかに温かく響いた。数日後。アモリス支部。医療棟の一室。白い天井。消毒の匂い。静かな機械音。エデンはベッドの上で、ゆっくりと目を開けていた。身体はまだ重い。力を入れると、鈍い痛みが走る。だが、意識ははっきりしていた。
(……生きてる)
その実感が、じわりと広がる。天井を見つめたまま、しばらく動かない。戦いの記憶が、ゆっくりと蘇る。エイリポル。リミットの新たな力。そこで、思考が一瞬止まる。ドアが、静かに開いた。足音。振り向くと、そこにいたのはジエルだった。
「……よう」
いつものように軽く言う。だが。どこか違う。エデンはすぐに気付いた。
「……ジエル?」
自然に口から出る。ジエルは何も言わない。ただ、エデンを見ている。その表情は普段の彼からは想像できないものだった。強気でも、不機嫌そうでもない。どこか――言葉を選んでいるような顔。気まずさ。エデンの胸が、わずかにざわつく。
「……何かあったの?」
少しだけ真剣な声で問う。ジエルは、視線を一瞬だけ逸らした。そして、また戻す。口を開く。
「……ええっと」
言葉が、途切れる。らしくない。
「カイトとリナ……」
その名前が出た瞬間。エデンの鼓動が、強くなる。嫌な予感。胸の奥が、冷たくなる。ジエルは、少しだけ歯を食いしばるような仕草をしてから。言った。
「……死んだ」
その一言が。静かな病室に、重く落ちた。音が消える。時間が止まる。エデンの視界が、揺れる。
(……は?)
頭が理解を拒む。救急隊に運ばれ、処置を受けたはず。
「……嘘……だよね……?」
かすれた声。自分でも分かる。その問いが、どれだけ弱いものか。ジエルは、答えない。ただ、目を逸らさない。それが――答えだった。胸の奥が、音を立てて崩れる。呼吸が、うまくできない。何か言おうとしても、言葉が出ない。頭の中に浮かぶのは。あの時の光景。棘が、刺さった瞬間。自分が、信じた瞬間。
(……俺のせいだ)
その考えが、離れない。止まらない。エデンの手が、震える。シーツを強く握る。視界が、にじむ。声にならない何かが、喉に詰まる。病室は静かだった。あまりにも静かで。その沈黙が、現実をより強く突きつけていた。




