エイリポル
「……本当に、敵じゃないんだな?」
静かに問いかける。エイリポルは、小さく頷いた。
「はい……」
その声は震えていた。今にも消えそうなほどに。洞窟の空気が、わずかに緩む。その瞬間だった。“何か”が動いた。エデンの視界の端。エイリポルの喉元が、不自然に膨らむ。
(……?)
次の瞬間。エイリポルの口からとげが飛び出し、カイトとリナに刺さる。空気を裂く音が、遅れて響く。
「――っ!?」
カイトが反応する。同時に、リナも同じ反応を見せる。カイトは肩に、リナは腹部に、深く突き立った。エデンの息が詰まる。時間が止まったようだった。エデンの思考が、追いつかない。
(……え)
何が起きたのか。理解が、遅れる。ただ、目の前の現実だけが突きつけられる。カイトの肩と、リナの腹部に突き立つとげ。じわりと広がる血。その全てが、現実だった。
そして――
遅れて、笑い声が響く。
「……あひゃ」
エイリポルの口元が歪む。
「――あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
先ほどまでの弱々しさは、完全に消えていた。歪んだ笑い。嘲るような声。
「ばーか!」
洞窟の中で、甲高い声が反響する。
「だまされたな~!」
その言葉が、遅れてエデンの胸に突き刺さる。理解する。遅すぎるほどに。
(……罠だった)
拳が、震える。カイトが歯を食いしばりながら立ち直る。リナも痛みに耐えながら、視線を逸らさない。だが、その傷は、確かに重い。エデンの中で、何かが崩れる音がした。信じた結果。守ろうとした結果。それがこれだ。エイリポルは楽しそうに体を揺らす。
「ちょろいなぁ、人間!傷をみせたらすぐ揺らぐ。こんな傷いくらでも作れるのにな~」
その声が、やけに遠く聞こえた。エデンは動けなかった。ただ、目の前の光景を見つめながら自分の選択の重さを、突きつけられていた。
そんな中で。エイリポルだけが、場違いなほどに高揚していた。身体を揺らしながら、口を歪める。
「あひゃひゃ……!」
抑えきれない笑いが漏れる。
「やっぱりだぉ……!」
舌足らずな声が、やけに耳に残る。
「人間だますの、たのしいなぁ……!」
言葉が止まらない。昂揚。興奮。まるで、自分の“成功”を誇示するかのように。
「それにしてもさぁ……」
じろり、とエデンを見た。その視線に、先ほどまでの弱さは一切ない。
「やっぱりお前はやさしいなぁ、エデン」
――その瞬間。空気が止まった。エデンの呼吸が、わずかに乱れる。
(……今、なんて言った?)
ゆっくりと顔を上げる。視線が、エイリポルに突き刺さる。自分の名前。それを、こいつは“当然のように”口にした。初対面のはずの存在が。胸の奥に、冷たい感覚が広がる。
「……なんで」
声が、低く落ちる。
「俺の名前を知ってる」
問いというより、確認だった。エイリポルは楽しそうに首を傾ける。
「あれぇ?気づいてなかったの?」
くすくすと笑う。
「“あの方”が言ってたんだよぉ」
その言葉。その響き。エデンの中で、何かが繋がる。
(……あの方)
ただの進化個体じゃない。もっと上。“指示を出す側”の存在。そして、自分の名前を知っている存在。一つの名前が、はっきりと浮かび上がる。
(……エイリワス)
エイリ星人の王。その名を思い浮かべた瞬間、胸の奥がざわつく。エデンは、ゆっくりと口を開いた。
「……エイリワスの手下か?」
声には、抑えきれない感情が滲んでいた。怒り。エイリポルは、その反応を楽しむように笑う。
「あひゃひゃひゃ!」
大きく口を開ける。
「そうさ!」
嬉しそうに言い切った。
「エイリワス様に命令されてるんだよぉ!」
身体を揺らしながら、さらに続ける。
「お前のた~いせつな仲間を殺せってなぁ!」
その言葉がエデンの中で、何かを切り裂いた。視線が、カイトとリナへ向く。傷ついた二人。自分の判断で、傷つけてしまった仲間。胸の奥で、熱が膨れ上がる。怒りか。後悔か。それともそのすべてか。エデンは、ゆっくりと目を閉じた。そして。意識を、内側へと沈める。
(……ケイ)
頭の奥に呼び掛ける。すぐに、声が返ってきた。
『……やめろ』
低く、警告するような声。
『今の状態でそれをやれば、負担が大きすぎる』
冷静な判断。止めようとしている。だが、エデンは、迷わなかった。
「……限界を、拡張する」
静かに、そう告げる。間。ケイの声が、わずかに強くなる。
『危険だ』
はっきりとした拒否。
『今は退くべきだ。あの個体は異常だ』
だが。エデンの意識は、もう止まらない。カイトとリナの姿。エイリポルの笑い声。そのすべてが、背中を押す。
「……関係ない」
小さく呟く。その声に、迷いはなかった。
「逃げない――」
言葉が途切れる。次に続く言葉は綺麗なものではない、相手への怒り。憎悪。負の感情をぶつける。
「殺す.....!」
エデンの内側で、何かが軋む。限界を、押し広げる感覚。力が、引き出されていく。危険だと分かっていながら。それでも。止める理由にはならなかった。エデンはゆっくりと目を開く。その瞳には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。覚悟。洞窟の空気が、再び張り詰める。




