一班
洞窟の入口付近。
エデンたちは、静かにその場で待機していた。奥へと続く闇は相変わらず深く、何かが潜んでいるような気配だけが、じわりと肌にまとわりつく。水滴の音が、一定の間隔で響く。カイトは壁にもたれ、軽く息を吐く。リナは周囲に目を配りながら、警戒を解かない。エデンは、ただ前方を見つめていた。
(……まだか)
風黒支部長。名前だけは聞いているが、その人物像は曖昧なままだ。ジエルの言葉がエデンの頭をよぎる。――胡散臭そうな人。天記の言葉も思い出す。――誤解されやすい人だけど、いい人だよ。
(どっちなんだ……)
そんなことを考えていた、その時だった。気配。洞窟の入口の方。暗がりの向こうに、人影が浮かび上がる。ゆっくりと。一定の速度で、こちらへ歩いてくる。そして――ぱち、ぱち、と。乾いた音が響いた。拍手。静かな洞窟の中で、その音だけが妙に浮いて聞こえる。
「よく集まってくれましたね~」
間延びした声。どこか軽い。だが、不思議と耳に残る。影が、光の届く範囲へと入る。その姿が、はっきりと現れた。眼鏡を掛けた長身の男。整った服装ではあるが、どこか隙がある。口元には常に薄い笑みが浮かんでおり、その表情が余計に掴みどころのなさを感じさせた。
(……この人が)
エデンはわずかに目を細める。直感的に理解する。ただ者ではない。だが同時に。確かに、どこか胡散臭い。男は歩みを止め、軽く一礼した。
「ウバク地区からの隊員と、エデン君」
ゆるやかに視線を巡らせる。その目は細められているが、確実に一人一人を見ていた。
「はじめまして」
穏やかな口調。だが、どこか底が見えない。
「私の名前は――風黒幕人」
一拍、間を置く。
「ECOアモリス支部の支部長」
その肩書きが、静かに落ちる。
「一応、Aランクです」
さらりと言ってのける。その言葉に、空気がわずかに張り詰めた。Aランク。それは、この場にいる誰よりも上の存在。だが――その佇まいからは、圧のようなものは感じられない。むしろ、軽い。軽すぎるほどに。カイトが小さく眉をひそめる。リナも警戒を強める。エデンは、言葉を失ったままその男を見つめていた。
(この人が……支部長)
違和感。だが、それだけではない。この男の奥に、何かがある。そう感じさせる“何か”。風黒は、そんな視線を気にした様子もなく、にこりと笑う。
「さて~」
軽く手を叩く。
「全員揃ったところで、任務を始めましょうか~」
その声が、洞窟の奥へと静かに広がっていった。エデンは無意識に、その全身を観察していた。そして、気付く。
(……あれ)
風黒の背中。そこに背負われているもの。細長く、無駄のない形状。装飾は少ないが、異様な存在感を放っていた。
――槍。
ただの武器ではない。戦闘用に最適化された、鋭い意志を感じる装備。歩くたびにわずかに揺れるそれは、まるで静かに出番を待っているかのようだった。
(あれを使うのか……)
エデンは小さく息を呑む。遠距離でも近距離でも対応できる形状。扱うには相応の技量が必要なはずだ。つまりこの男は、それを使いこなす。風黒はそんな視線に気付いているのかいないのか、相変わらずの調子で口を開く。
「どうかしましたか?」
わざとらしく首を傾げる。その仕草が、余計に掴みどころのなさを際立たせる。エデンは一瞬言葉に詰まり、すぐに首を振った。
「いえ……」
視線を逸らす。だが、頭の中にははっきりと残っていた。あの槍。そして、この男の違和感。カイトもまた、ちらりと背中を見て小さく呟く。
「……支部長、その武器は?」
率直な疑問。風黒はくすりと笑う。
「これは、私の武器です」
軽い返答。まるで大したことではないかのように。だが、その声の奥に、わずかな自信が滲む。
「使う機会があれば、お見せしますよ」
穏やかにそう言って、前へ向き直る。その背中。槍の影が、洞窟の壁に長く伸びていた。静かに。だが確実に――
“強者”の気配を宿したまま。




