二班
ジエルたちは、迷うことなく奥へと進んでいた。足音が岩肌に反響し、一定のリズムで洞窟内に響く。光源は最低限。周囲は薄暗く、視界の先は常に不確かだった。
「……静かすぎるな」
ジエルがぽつりと呟く。
その声すら、どこか遠くから返ってくるように感じられた。生き物の気配がない。風もない。ただ、湿った空気と水滴の音だけが、この空間を支配している。大山はその様子を見ながら、周囲に視線を巡らせた。
「だからこそ、気を抜くな」
低く、抑えた声。経験からくる警戒だった。ドロイは無言のまま、周囲の地形を正確に把握している。足場の状態、分岐の位置、退路。その全てを頭の中で整理していた。亜炭は先頭で歩きながら、わずかに足を止める。空気の流れが、変わった。
「……止まってください」
静かな声。だが、その一言で全員の動きが止まる。ジエルは即座に姿勢を低くし、視線を前方へと向けた。次の瞬間。――何かが動いた。暗闇の奥。岩陰の向こうで、わずかに揺れる影。それは一つではない。二つ、三つ。複数の気配。
「……囲まれてるな」
ジエルの口元がわずかに歪む。恐怖ではない。むしろ、戦いの気配に反応しているようだった。大山が一歩前に出る。
「来るぞ」
短い警告。その直後――影が、動いた。地を這うように、複数のエイリ星人が一斉に姿を現す。低い唸り声。鋭い四肢。明らかに、先ほどの個体とは違う。圧がある。
「……こいつらもCランクってわけか」
ジエルはゆっくりと拳を握る。その目は、完全に戦闘のそれだった。亜炭は一歩前に出る。だが――その動きを、大山が軽く制した。
「ここは任せてください」
低く言う。その言葉に、亜炭はわずかに目を細めた。そして、静かに頷く。
「……分かりました」
一歩引く。その瞬間。エイリ星人が、一斉に襲いかかった。地を蹴る音が重なり、空気が一気に張り詰めた。複数の影が、ほぼ同時に飛びかかってくる。次の瞬間。
――地面が、鳴った。鈍い振動が足元から伝わる。まるで大地そのものが呼応したかのように、岩肌がわずかに軋む。その場にいる全員が理解する。これは――能力。大山は一歩も動かない。ただ、静かに前を見据えたまま――その足元に、力を込める。
「――大地防壁」
轟音と共に、地面がせり上がった。岩と土が一体となり、瞬く間に壁を形成する。それは単なる障壁ではない。分厚く、重く、揺るがない。まるで、大地そのものが盾となったかのようだった。直後。エイリ星人の攻撃が、叩きつけられる。鋭い爪。強靭な四肢。それらが全て、土の壁へと激突する。衝撃が走る。だが――壁は、びくともしない。表面にわずかな亀裂が走るだけで、完全に攻撃を受け止めていた。
「……っ、すげぇな」
ジエルが小さく呟く。その声には、純粋な驚きが混じっていた。大山は振り返らない。ただ、低く言う。
「前に出るな。まだ来るぞ」
その言葉の通り、壁の向こう側で気配が蠢いている。
一体ではない。複数。だが――時間は稼いだ。それだけで十分だった。亜炭が静かに一歩前へ出る。ドロイもまた、わずかに構えを変える。守りは完成した。次は――反撃。洞窟の中で、大地の壁が静かにそびえ立つ。洞窟内に響いていた衝突音が、次第に激しさを増していく。大地防壁の向こう側で蠢いていた影が、ついに壁の端から回り込み――再び姿を現した。
「来るぞ!」
大山の声と同時に、戦線が一気に動き出す。最初に踏み込んだのは、ジエルだった。床を蹴ると同時に、その身体に微かな電流が走る。空気が、ぴり、と震えた。
「――行くぞ」
低く呟く。次の瞬間、その姿が加速する。発電機。運動によってエネルギーを生み出し、蓄積し、放出する能力。動けば動くほど、ジエルの中に電気が溜まっていく。拳を振るうたび、足を踏み込むたびに、火花が散る。エイリ星人の一体に肉薄し、そのまま殴りつける。鈍い衝撃音と共に、電撃が弾けた。
「まだだ……!」
さらに踏み込む。その動きに合わせて、体内の電力が増幅されていく。一方で、ドロイは後方から冷静に戦況を見ていた。敵の位置。味方の動き。最適な支援のタイミング。すべてを瞬時に計算する。
「――生成開始」
静かな声。次の瞬間、空間に鉄が生まれる。無から有へ。構築されるのは、一本の剣。鉄鋼製作。生成された剣を迷いなく握り、前へ出る。エイリ星人の攻撃をいなし、その隙を正確に突く。鋭い一閃。金属音と共に、敵の外殻に深い傷が刻まれる。連携は、乱れない。だがその時。
――背後。
音もなく、一体のエイリ星人が回り込んでいた。狙いは、亜炭。死角からの奇襲。完全なタイミング。だがしかし──
「……甘いですね」
振り向きもせず、亜炭は腰に手をかける。次の瞬間、銃声が響いた。抜き撃ち。一瞬の迷いもない。放たれた弾丸は、正確に敵の中心を撃ち抜く。奇襲は、成立しなかった。そのまま振り返る。静かな動作。指を、火打石のように鳴らす。乾いた音。同時に、炎が生まれる。揺らめく火が、空間に浮かぶ。それを放つ。炎は弾丸のように一直線に飛び、エイリ星人へと直撃する。瞬時に発火。燃え上がる異形。逃げ場はない。炎は容赦なく、その存在を焼き尽くしていく。やがて、動きが止まり――消滅した。
その頃。ジエルの中では、すでに十分な電力が蓄えられていた。身体の周囲に、雷が走る。空気が震え、音が歪む。
「――溜まったな」
口元が、わずかに笑う。構え。右手に、電撃が収束していき、刃へと形を成す。
「怒雷刃」
踏み込みと同時に、振り抜く。雷の刃が、一直線に走る。目の前のエイリ星人が抵抗する間もなく、切断した。断面が焼け焦げ、崩れ落ちる。一瞬の決着。静寂が、わずかに戻る。亜炭はその光景を見つめていた。ジエルの放った一撃。ただの電撃ではない。
(……今のは)
雷と共に、別のエネルギーが混ざっていた。ただ雷を放出するだけではなく、そこにエネルギーの刃を乗せている。高度な操作。
「……すごいですね」
思わず、声が漏れる。その視線はジエルへ向けられていた。
「ラベジニウムのエネルギーを、雷と同時に扱い……さらに刃として構築するなんて」
静かに、だが確かな驚き。その言葉に、大山が小さく笑う。
「はい」
短く答える。
「奴は天才ですよ」
視線をジエルへ向ける。
「――兄と同じように」
戦いの最中。だがその評価は、揺るがなかった。洞窟の奥で、雷と炎が交差する。




