熔煉 亜炭
ウバク地区からの隊員達の中の大人の女性隊員。その人物がエデン達の前に立つ。動きはゆっくりとしているのに、不思議とその場が引き締まる。
「はじめまして」
柔らかい声だった。どこか穏やかで、耳に残る響き。
「ウバク地区所属、Aランク隊員──熔煉 亜炭と申します」
丁寧に頭を下げる。その所作は美しく、一切の無駄が見られない。エデンは思わず息を吞む。大山が「はじめまして」と返し、エデンとジエルも同じように返事を返す。亜炭の後ろに控えている三人も、前に出てきて挨拶をする。
「エデンさん、数日ぶりですね」
ドロイはエデンにそう言い、一緒に任務ができることを喜んでいるようだった。他の二人、カイトは黙りながらもエデンに信頼している表情を向け、リナは「エデンもこの任務なんだ」と元気いっぱいに言う。大山はその様子を見て、微笑む。そして、亜炭の方を向き、「ウバク地区からのAランクとは頼もしいです」と口にした。
亜炭はその言葉に穏やかな笑顔を浮かべる。
「いえいえ、まだ未熟者です」
謙遜の言葉。だが、その立ち姿がそれを否定している。静かで、柔らかくて――それでいて隙がない。エデン以外の二人も、無意識に理解していた。この人物はただ者ではない。エデンは拳をわずかに握る。
(……強い人だ)
そう思うと同時に、胸の奥に小さな熱が灯る。
大山は亜炭に聞く。
「亜炭隊員が、あの三人の教育担当ですか?」
その言葉に、亜炭は静かに目を細めた。
「はい。まだ未熟な者たちですが……預からせていただいております」
穏やかな口調。だが、その一言には確かな責任が込められていた。カイトが肩をすくめる。「未熟か...」
軽口を叩くが、その声に反発はない。リナも小さく「まあ事実だし」と頷く。ドロイは無言のまま、わずかに姿勢を正した。
その様子を見て、ジエルが小さく笑う。
「へぇ、ちゃんと“上”がいるチームって感じだな」
興味深そうに亜炭を見る。
「アンタ、結構厳しいのか?」
問いかけ。亜炭は少しだけ考えるように間を置き――
「どうでしょう」
柔らかく微笑んだ。
「必要なことは、きちんと教えるようにしています」
その言葉は優しい。だが同時に、揺るがない芯を感じさせた。エデンはそのやり取りを見つめながら、胸の奥で静かに理解する。
(この人は……守る側の人だ)
戦うだけではない。育て、導く立場。だからこそ、あの落ち着きと余裕があるのだとエデンは思った。わずかに張り詰めた空気の中で、亜炭は静かに口を開いた。
「今回の任務では、事前にそれぞれのラベジニウムの能力についての情報を伝えましたが――」
説明を始めようとした、その瞬間だった。空気が歪む。次の瞬間、低く不快な音が響いた。洞窟の奥から、黒い影が滲み出るように現れる。
「……来たか」
大山の声が低く落ちる。現れたのは、エイリ星人。灰色の外殻に覆われた異形の存在が、ゆっくりとその場に姿を現す。不規則に動く四肢。人間を捉えた瞬間、その動きが鋭く変わる。エデンの身体が、無意識に強張った。
(速い……!)
通常のエイリ星人よりも強力な個体。構えようとした、その時。一歩、前に出る影があった。
「……ちょうどいいですね」
亜炭だった。その声音は、先ほどまでと変わらず穏やかだ。だが、その瞳には確かな戦意が宿っている。
「私の能力を伝えていませんでしたので──」
ゆっくりと、右手を持ち上げる。
「実際に見ていただいた方が、早いでしょう」
次の瞬間。
――パチン、と。小さな音が鳴った。指を鳴らす、ただそれだけの動作。だが、空気が燃えた。何もなかったはずの空間に、突如として炎が生まれる。揺らめきながら広がるそれは、自然の火ではない。意志を持つように、その場に存在していた。エデンは息を呑む。
(これが……亜炭さんの能力……!)
亜炭はその炎を一瞥すると、迷いなく腰へ手を伸ばした。引き抜かれるのは、二丁の銃のうちの一つ。滑らかな動作。銃口が、揺らめく炎へと向けられる。
そして――
躊躇なく、引き金が引かれた。乾いた発砲音。だが、放たれた弾丸はただの鉛ではない。炎を貫いたその瞬間、弾は火を纏う。燃え上がる弾丸。一直線に、エイリ星人へと突き進む。回避は、間に合わない。着弾し、爆ぜた。炎が一気に広がり、エイリ星人の身体を包み込む。激しく燃え上がる火。異形の体がもがくように動くが、炎は消えない。むしろ、内側から焼き尽くしていく。断末魔のような音が、短く響き、やがて。動きが止まった。燃え尽きた身体は、そのまま崩れ落ちる。そして、粒子のように、静かに消滅した。あとには、何も残らない。ただ、焼けた空気の匂いだけが漂っていた。静寂の中、誰もすぐには言葉を発せなかった。あまりにも一瞬で正確、圧倒的だった。亜炭はゆっくりと銃を下ろし、軽く息を吐く。そして振り返る。
「――これが私の能力、烈火擦操です」
穏やかな声。まるで、今の戦闘が特別なことではないかのように。エデンは言葉を失ったまま、その姿を見つめていた。
(……すごい)
ただ、それだけが頭に浮かぶ。圧倒的な実力。ケイの声が頭に響く。
『動作に無駄が無い。それでいて、静かだ』
熔煉亜炭。その背中は――
どこか、遠い。だが同時に。
追いつきたいと、強く思わせるものだった。




