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エデン  作者: ko-da
間章

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63/93

野外活動

翌日。


朝の空はよく晴れていた。学校の前には、大きなバスが止まっている。

「おおー! バスだ!」


「でっけぇ!」

生徒たちは興奮していた。エデンも少しだけワクワクしていた。バスの前で、夕陽先生は点呼を取っている。


「よし、全員いるな」

先生は満足そうに頷く。生徒たちはバスに乗り込む。窓側の席に座り、外を眺めていると、バスがゆっくりと動き出し、学校が遠ざかっていく。


「レインダ村……楽しみだなぁ」

友達がつぶやく。


エデンも小さく頷く。


バスは街を抜け、山道へと入っていく。窓の外には木々が広がり、やがて遠くに海が見えてきた。


「海だ!」「広い!」

青く広がる海が、太陽の光を反射して輝いている。エデンは窓に顔を近づけた。広い海を見るのは久しぶりだった。


その時、夕陽先生が通路を歩いてくる。

「はしゃぎすぎるなよ。まだ到着してないぞ」


「はーい!」


先生は軽く笑う。

「でも、楽しむのはいいことだ」


数時間後。


バスはレインダ村に到着した。


潮の匂いが風に乗って流れてくる。港には漁船が並び、網や魚箱が積まれている。


「うわぁ……」

生徒たちは目を輝かせる。海はすぐ近くにあり、波の音が静かに響いていた。

「ここがレインダ村だ」

夕陽先生が言う。奥には、宿泊施設も見える。木造の建物で、少し古いが落ち着いた雰囲気だった。それを見る生徒たちは興奮している。


先生は全員を集める。

「いいかみんな、ここは自然の多い場所だ。海も崖もあるから。勝手に動くなよー」


そして真剣な顔で言う。

「必ず集団で動け」


エデンは周囲を見渡す。波の音だけが聞こえる。どこか落ち着いた空気が流れていた。


夕陽先生は最後に言う。

「悔いの無いようになー」


その言葉が、海風に乗って静かに響いた。レインダ村の空気は、街とはまるで違っていた。潮の匂いが強く、風は少し湿っている。遠くでは波が静かに岸に打ちつけ、港には漁船が並んでいた。


「すげぇ……船がある」


「魚いっぱいいる!」


生徒たちは興奮して走り回ろうとする。


「おい走るなよー」

夕陽先生の声が飛ぶ。

「ここは港だ。足を滑らせたら海に落ちるぞ」


「はーい!」

生徒たちは慌てて止まる。


夕陽先生はため息をつきながらも笑った。

「元気なのはいいことだが、怪我をしたら意味がないぞ」

そして全員を集める。

「これから村の見学をする。勝手な行動は禁止。必ず班ごとに動け」


「はい!」

生徒たちは頷いた。村の中を歩く。木造の家が並び、網や漁具が干されている。


港では漁師たちが魚を運んでいた。

「こんにちは」

夕陽先生が頭を下げる。

「お世話になります」


漁師の男は軽く笑った。

「元気な子供たちだなぁ。海は危ないから気をつけろよ」


「ありがとうございます」


夕陽先生は丁寧に頭を下げる。


エデンはそのやり取りを見ていた。


先生は誰に対しても礼儀正しく、しっかりしている。だから皆が安心してついていくのだと、なんとなく思った。


しばらく歩くと、小さな浜辺に出た。青い海が広がっている。


「おおー!」

生徒たちが歓声を上げる。


波は穏やかで、太陽の光が水面に反射していた。


「少し休憩する」

夕陽先生が言う。

「海には近づきすぎるなよ」


生徒たちは浜辺に座ったり、貝殻を拾ったりしている。エデンもしゃがみ込み、小さな貝を拾った。


その時だった。


風が急に止まる。


「……?」

エデンは顔を上げた。さっきまで聞こえていた波の音が、少しだけ弱くなっている気がした。


空を見る。


雲はない。


海も穏やかだ。


だが、どこか違和感があった。

「エデン、見ろよ」

友達が海を指さす。

「魚がいなくなった」


「え?」


よく見ると、水面の近くに魚の姿がほとんど見えない。さっきまで跳ねていた小魚もいない。


「なんでだろ……」


友達が首をかしげる。その時、夕陽先生の声が聞こえた。

「みんな、集まれ!」


少しだけ強い声だった。生徒たちは驚いて集まる。

「どうしたの?」

「何かあったの?」


先生の表情は少しだけ真剣だった。

「予定を少し変更する。宿泊施設に戻る」


「え?」


「まだ時間あるよ?」

生徒が言う。


先生は静かに答える。

「天候の確認。念のためだ」


その言い方は、どこか不自然だった。

「急ぐぞ」

夕陽先生は全員を歩かせる。足取りが少し早い。

エデンはその背中を見ていた。

(先生どうしたんだろう……?)

宿泊施設に戻ると、他の先生たちが集まっていた。小さな声で話している。

「本当ですか?」


「確認は取れましたか?」


「まだ分からないです……」


空気が少し重い。夕陽先生が近づく。

「状況は?」


一人の先生が小さく答える。

「……出現した可能性が」

夕陽先生の表情が変わる。

「場所は?」


「この近くの海域です」


沈黙が流れる。夕陽先生は静かに言う。

「そっちの生徒たちは?」


「まだ知らない」


「……なるほど」

夕陽先生は深く息を吐く。

「災害として避難させます。すぐに帰る準備をしましょう」


「分かりました」

先生たちは動き出す。エデンは遠くからその様子を見ていた。何を話しているのかは聞こえなかったが、ただ事ではないことだけは分かった。


夕陽先生がこちらに歩いてくる。そして、いつもの笑顔を作った。

「みんな、少し予定が変わった」


優しい声で言う。

「津波の可能性があるから。今から帰る準備をするぞ」


「え?」


「帰るの?」


生徒たちがざわつく。


「念のためな」

そして先生は言う。

「すぐにバスに乗るぞ」


エデンは先生の顔を見た。笑っている。だが、その目は笑っていなかった。どこか緊張していた。


「急ぐぞ」

夕陽先生は言う。

「大丈夫だ。先生がついている」


そして小さく呟いた。

「悔いの無い生き方をしろ。俺...」


その言葉は、誰にも聞こえなかった。


生徒たちは急いでバスに乗り込んだ。

「早く座れ!」


「荷物は足元に!」

先生たちの声が飛ぶ。


さっきまでの楽しそうな空気は、もうどこにもなかった。誰もが不安そうな顔をしている。


エデンは窓側の席に座った。隣には、いつも一緒にいる友達がいた。

「なあ……津波って俺ら大丈夫かな?」

友達が小さな声で言う。


「……分からない」

エデンも不安だった。


バスがゆっくりと動き出す。レインダ村を離れ、山道へと入っていく。夕陽先生は通路に立ち、生徒たちを見ていた。

「大丈夫だ。すぐに学校に戻る」


落ち着いた声だった。


だがその時――

ゴゴゴゴゴ……


地面が揺れる。


「え?」

次の瞬間。


ドォォォン!!

崖の崩れる音が、遅れて耳に届いた。空気が震え、足元が揺れる。


「きゃあああ!!」


「なに!?」


バスが急停車する。前方の崖が崩れ、大量の岩と土が道路を塞いでいた。

「崖崩れだ!」


先生が叫ぶ。バスの中は一瞬で混乱する。

「みんな、落ち着け!」

夕陽先生が叫ぶ。


その時、さらに音がする。

――ガラガラガラガラ!!


横の斜面が崩れ、岩が転がり落ちてくる。

「危ない!」

バスの横に大きな岩がぶつかる。窓ガラスが割れる。

「うわあああ!!」

衝撃でエデンは座席から投げ出された。


床に倒れる。


耳鳴りがする。


頭がぼんやりする。

「……っ」


顔を上げる。


周囲には泣き叫ぶ生徒、血を流している生徒、動けない生徒がいた。


「……」

隣の友達が倒れている。


「おい……!」

エデンは近づく。


友達の足にはガラスが刺さっていた。


血が流れている。

「……っ……」

意識がない。

「起きて!」

エデンは何も出来なかった。


手が震える。


(何か.....何かしなきゃ……!)


だが、体が動かない。


怖い。


また崖が崩れるかもしれない。


足がすくむ。


その時だった。


――ドォォォン!!

さらに大きく、音が響く。


後方の崖も完全に崩れ、道が完全に塞がれた。

「……」

絶望が広がる。友達は動かず、他にも重傷の生徒がいる。自分も怪我をしていて、さらに逃げ場はない。


「……どうしよう……」


涙がこぼれる。

「皆……死んじゃうの……?」


 ――ゴゴゴゴ……

頭上からまた音がする。崖が崩れ、岩が転がり落ち、バスの窓に入る。


岩の一つが勢いよくエデンに向かう。

(……⁉)

エデンは目を閉じた。


その瞬間。


 ドン!


誰かが覆いかぶさる。


「……え?」


目を開ける。夕陽先生だった。頭から血を流している。

「……先生……?」


先生の体が少し震えている。


「せ、先生.....頭に岩が..」

声が震える。


夕陽先生は、ゆっくりと笑った。

「大丈夫さ、エデン君」


優しい声だった。

「先生のことは心配するな」


血が流れているのに、落ち着いている。先生は立ち上がり、そして他の生徒の元へ行く。


「怪我してるなら先生のもとに来い!運転手さんも手伝ってください!」


血を流しながら、バスの運転手と生徒の手当てを始める。布で止血し、声をかけ、励ます。生徒達は少し安堵の表情を浮かべる。一方で、夕陽先生の体は少し震えていた。


「大丈夫だ。もうすぐ助けが来る」


「安心しろ」

その姿を、エデンはただ見ていた。

(先生……)


どれくらい時間が経ったのか分からない。遠くから音が聞こえる。救助隊だった。


「いたぞ!」


「子供たちだ!」


大人たちが駆け寄ってくる。


「怪我人多数!」


「急げ!」


生徒たちは次々に運ばれていく。エデンは立ち上がり、周囲を見る。

「……先生?」


夕陽先生が倒れていた。

「先生!」

駆け寄る。血が広がっている。

「夕陽先生!」


先生の呼吸は弱かった。


「夕陽先生、何で……」

涙が止まらない。

「なんで……」


声が震える。

「……どうして……先生もつらいのに...」


夕陽先生は、ゆっくりと目を開けた。


そして、笑った。

「先生はただ……」


かすれた声だった。

「悔いの無いように……動いただけだ」


エデンの涙が落ちる。

「エデン君も……」


先生はゆっくりと言う。

「自分がしたいように……」


息が弱くなる。

「悔いの無いように……」


笑顔ではっきりと言った。

「悔いの無いように生きろ!」


そのまま、先生の手が落ちた。


「……先生?」

返事はなかった。


「……先生……?」

動かない。


「……先生……」

安らかな顔をして目を閉じている。


エデンはその場で崩れる。涙が止まらなかった。

(先生に助けられて……俺は何もできずに...)


(夕陽先生..........)

強い後悔が、心を締めつける。


この日、エデンの中に、消えない悔いが残った。

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