6年前
6年前 エデン10歳
朝の空気は少し冷たく、まだ春の匂いが残っていた。
エデンはランドセルを背負い、通学路を歩いていた。
「おーい、エデン!」
後ろから声がする。振り向くと、クラスメイトが手を振って走ってきていた。
「今日の野外活動の話、もう聞いたか?」
「レインダ村だろ? 海があるって」
「そうそう! 魚とかいっぱい見れるらしいぞ!」
二人は並んで歩きながら、楽しそうに話す。
遠くからは海の匂いがわずかに漂ってくる気がした。
「泊まりもあるんだよな」
「うん。先生が言ってた。夜は星もきれいらしい」
「いいなぁ……早く行きたいな」
友達はそう言って笑った。
エデンも同じように笑う。
こうして普通に学校に行き、友達と話し、授業を受ける。
それが当たり前の日常だった。
学校に着くと、教室はすでににぎやかだった。
「おはよー!」
「おはよう!」
あちこちで声が飛び交っている。
机の上には、野外活動のプリントが置かれていた。
その時、教室のドアが開く。
「おはよう、みんな」
「おはようございます!夕陽先生」
少しラフな服装で、いつもの優しい笑顔。
クラスの空気が一瞬で落ち着く。
「みんな、席につけー。ホームルーム始めるぞ」
先生は出席簿を開きながら言う。
「……あれ?」
一人の生徒の机が空いている。
「また遅刻か」
先生は苦笑する。
すると、教室のドアが勢いよく開いた。
「ご、ごめんなさい!」
息を切らして走ってきた生徒が頭を下げる。
夕陽先生は少しだけ厳しい顔をする。
「どうした?」
「寝坊しました……」
一瞬、教室に静けさが流れる。
だが先生はため息をつき、こう言った。
「次から気をつけろ。遅刻は自分の時間も、みんなの時間も無駄にする」
「はい……」
生徒はうなだれる。
すると先生は優しく笑った。
「まあ、来たならいい。席につけ」
クラスから小さな笑いが起きる。
それが夕陽先生だった。
怒る時は怒るが、最後は必ず優しい。
ホームルームが始まる。
「今日は野外活動についてもう一度確認する」
先生は黒板にレインダ村と書いた。
「自然が多く、海もある」
生徒たちは真剣に聞いている。
「海は楽しいが、油断すると危ない。勝手な行動は禁止だ」
先生はクラス全体を見渡した。
「ルールを守ること。そして、仲間を大切にすること」
そして少し笑って言う。
「悔いの無いように遊べ!」
夕陽先生は続ける。
「後で後悔するくらいなら、今できることをやれ」
教室が静かになる。
「友達と遊ぶこともそうだ。勉強することもそうだ。挑戦することもそうだ」
先生はゆっくりと言う。
「人は、やらなかったことを後悔する」
エデンはその言葉を静かに聞いていた。
「だから——悔いの無い生き方をしろ」
悔いの無い生き方をしろ。それは先生の口癖だった。後でやればよかったと思わないように、今出来ることをやろうという意味だ。
その後、授業が始まる。
算数の時間だった。
「この問題、分かるやついるか?」
先生が黒板に問題を書く。
教室は少し静かになる。
エデンは答えが分かっていた。
だが、手を挙げるのを迷っていた。
間違えたら恥ずかしい。
そう思ってしまう。
「……」
その時、夕陽先生がエデンを見る。
「エデン君」
「……はい」
「やってみろ」
「でも……」
エデンは小さく言う。
「間違ってたら……」
先生は少しだけ笑った。
「間違えてもいい」
ゆっくりと言う。
「悔いが残る方がよくない」
エデンは黙る。
「やってみろ。大丈夫だ」
エデンは立ち上がり、黒板の前に行く。
チョークを持つ手が少し震えていた。
だが、計算を書く。
答えを書く。
そして振り向く。
「……これです」
先生は黒板を見る。少し間を置いて、笑った。
「正解だ」
クラスから「おおー!」という声が上がる。
エデンは少しだけ驚いた。
先生は頷く。
「やっぱり、出来るじゃないか。やってよかっただろ。」
エデンは小さく頷いた。
授業が終わり、放課後になった。
教室の中は、いつもより少しだけ騒がしい。
「レインダ村ってさ、船とかあるのかな?」
「魚釣りできるかな?」
「海って泳げるの?」
あちこちで野外活動の話が飛び交っている。エデンはランドセルに教科書をしまいながら、その会話を聞いていた。
その時、夕陽先生が教室に戻ってきた。
「おーい、みんな。少し集まれ」
生徒たちは先生の前に集まる。
「明日は野外活動の前日だ。持ち物の最終確認をする」
「着替え、タオル、懐中電灯、水筒、筆記用具、常備薬。忘れるなよ」
「はーい」
生徒たちが返事をする。
「特に懐中電灯は大事だ。夜は暗い」
「そんなに暗いんですか?」
一人の生徒が聞く。
先生は少し考えてから答えた。
「自然は、街とは違って。暗いからな」
教室が少し静かになる。先生は優しく笑った。
「自然を知ることは、生きることを知ることだ」
そして、いつものように言う。
「悔いの無いようにな」
クラスから少し笑いが起きる。
「先生、それ毎日言ってるじゃん!」
「いいんだよ。何度でも言う」
夕陽先生は軽く笑った。
「後で後悔するくらいなら、今やれ」
そして少しだけ真剣な顔になる。
「明日は集団行動だ。勝手に動かず、必ず先生の指示を聞けよ」
エデンはその言葉を静かに聞いていた。




