組織への疑惑、次の段階
医療室の消毒液の匂い。
機械の電子音。
ジエルは包帯の巻かれた腕を軽く握る。
「傷は浅いな」
医療班の言葉通り、外傷は軽い。
発電機による強化のおかげで骨は無事だった。
だが――
心は落ち着かない。
廊下の椅子に一人座る。
天井を見上げる。
エイリガフの声が、頭の中で反響する。
――「リミット。メモリーコントロール。ジェネレーター。トウバツタイショウ」
エイリガフはエデン達の能力を知っていた。それに討伐対象としていた
「何でだ?」
進化個体だから?
違う。
戦闘前から知っていたような口ぶり。
つまり――
「内部情報……?」
もしそうなら。
ECOの情報がエイリ星人に漏れている可能性。
それは最悪だ。
エデンの顔が浮かぶ。
限界を超える拳。
あの力はまだ上層部にも詳しく報告していないはず。
なのに。
エイリガフは分析していた。
ジエルは視線を落とす。
(ECOの中に、何かあるのか?)
思考が荒れる。
だが同時に、別の疑問も浮かぶ。
エイリガフは“名を持っていた”。
自我。
判断力。
戦術。
あれは単なる生物の進化じゃない。
誰かが意図的に進化させている可能性だってある。
医療室の奥。
眠っているエデン。
重傷の天記憶流。
ジエルは拳を握る。
「……守る」
低く呟く。
だが守るためには。
まず真実を知らなければならない。
ECOは本当に味方なのか。
上層部は何を知っているのか。
そして。
エイリガフは、どこまで知っていたのか。
廊下の窓の外。
夜が静かに広がる。
だがその裏で、確実に何かが動いている。
ジエルはゆっくり立ち上がった。
一方エデンは──
暗闇。
音もない空間。
エデンは、どこに立っているのかも分からない。
身体の感覚も曖昧だ。
ただ、意識だけがある。
『……目覚めたか』
荘厳な声が響く。
ケイ。
黒い光が、ゆっくりと人型の輪郭を成す。
「ここは……」
『お前の深層だ』
戦闘の記憶が断片的に蘇る。
黒い鎧。
核。
拳。
限界。
「……俺、勝ったのか」
『あの個体は消滅した』
静かな肯定。
エデンは少し安堵する。
だが、ケイの様子が違う。
いつもより、どこか思索的だ。
『思い出した』
低く、重い声。
「何を?」
『リミットフォースとリミットナイト』
黒い光がゆらめく。
『あれは本来、私に内蔵されていた力だ』
エデンは眉をひそめる。
「……元々?」
『そうだ』
『限界を拡張する力。それが根幹』
『だが、その拡張先は一つではない』
空間に、二つの光が浮かぶ。
一つは白。
一つは黒。
『攻撃へ振ればリミットフォース』
『防御へ振ればリミットナイト』
「じゃあ……」
『お前が“防御を上げる”と判断した瞬間』
『私はその機能を思い出した』
静寂。
つまり。
エデンが選ばなければ、発現しなかった。
「……じゃあ、お前も知らなかったのか」
『ああ』
珍しく、迷いを含んだ声。
『私は自分の力を“限界を拡張する能力”としか認識していなかった』
『だがそれは、あまりにも曖昧だった』
黒い光が波打つ。
『もしかすると』
その声は、かすかに震えていた。
『まだ他の“拡張先”が存在する可能性がある』
エデンの心臓が強く打つ。
「他の……能力?」
『確証はない』
『だが、私は完全な存在ではない』
『記憶も、機能も、失われている』
黒い空間がひび割れるように揺らぐ。
『お前が選ぶことで、私は思い出す』
『お前が望む方向に、力は形を得る』
エデンは拳を握る。
「じゃあ……俺次第ってことか」
『そうだ』
『力は与えられるものではない』
『選び、定義するものだ』
静寂。
遠くで、何かの機械音が聞こえる。
現実の音。
目覚めが近い。
ケイが最後に告げる。
『だが忘れるな』
『限界を拡張するということは、“代償の器”も拡張するということだ』
『その意味を、いずれ知る』
闇が崩れる。
意識が浮上する。
病室の天井。
機械音。
白い光。
エデンはゆっくりと目を開けた。
だがその瞳の奥には、確かな変化があった。
リミットフォース。
リミットナイト。
そして――
まだ知らぬ、第三の可能性。
物語は、次の段階へ進み始めている。




