棘茨鉄線
カティアとのやり取りを終え、一行はエリア・アガレスの山岳地帯へと足を踏み入れた。
入り口を抜けると、周囲の景色は一変した。背の高い木々が頭上を覆い、日差しを遮っている。足元には木の根や大小の石が転がり、場所によっては歩くだけでも注意が必要だった。
風が吹くたび、木々の葉が擦れ合う音が山の中に響く。そのほかには、鳥の声すらほとんど聞こえなかった。
エデンは周囲を警戒しながら、先を行く血刃たちについていく。
(いつもと雰囲気が違うな……)
これまでにもエリアへ赴いたことはある。しかし、この場所には妙な緊張感があった。静かすぎるのだ。エイリ星人が潜んでいると分かっているからこそ、木々の向こうに何かがいるのではないかと、自然と意識が向いてしまう。
そんな中、血刃が歩みを止めた。
「そうじゃ、お前たち。武器を渡しておこう」
血刃は持ってきた武器を取り出し、まずシオンへと差し出した。
「頼まれていた槍じゃ」
「ありがとう」
シオンは受け取ると、手に馴染むか確かめるように握り直した。訓練室で使っていたものとは違い、しっかりとした重さがある。柄を握った感触も、穂先の存在感も明確だった。
続いて、血刃はフルトへ剣を差し出した。
「お前の分じゃ」
「……ありがとうございます」
フルトは両手で剣を受け取った。
ずしり、と重みが腕に伝わる。
昨日まで訓練で使っていた木剣とは違う。本物の剣には、金属特有の重さと冷たさがあった。鞘に収まっていても、そこに刃があることを強く意識させられる。
フルトは剣を見つめたまま、しばらく動かなかった。
怖くないわけではない。むしろ、今まで以上に恐怖を感じていた。
これから自分が向き合うのは、訓練用の木剣ではない。戦いの中で使う、本物の武器なのだ。
それでも、フルトは剣を手放さなかった。
「僕は、戦うんだ」
小さな声だったが、その言葉には確かな決意が込められていた。
自分に言い聞かせるように呟くと、フルトは剣を握り直し、一行の後に続いた。
やがて、先頭を歩いていたカティアが足を止めた。
「……いるわね」
その声に、全員の空気が引き締まる。
木々の向こう側。岩場の陰から、一体のエイリ星人が姿を現した。
見た目は、これまで遭遇してきたエイリ星人と大きく変わらない。異様な身体つきではあるものの、目立った変形は見られなかった。進化個体になりかけているという話を聞いていたエデンは、その姿を注意深く観察する。
しかし、見た目だけでは分からない何かがあった。
エデンの背筋に、ぞくりとした感覚が走る。
(……強い)
理由は分からなかった。身体の大きさも、動きも、ぱっと見ただけなら特別なものには思えない。
それでも、直感が告げていた。目の前のエイリ星人は、普段遭遇する個体よりも明らかに強い。
(これが、ここのエイリ星人か)
エデンは無意識に一歩前へ出ようとした。
その瞬間、カティアが腕を伸ばし、エデンの進路を塞いだ。
「下がってなさい。命令よ」
「えっ……」
「あなたたちはまだ前に出なくていいわ」
カティアはエデンを見ずに告げると、正面のエイリ星人へと向き直った。
そして、片方の手のひらを前へ突き出す。
「棘茨鉄線」
次の瞬間、カティアの手のひらから、無数の棘が生えた鉄線が勢いよく伸びた。
鉄線は蛇のように空中を走り、エイリ星人へと襲いかかる。相手が身構えるよりも早く、その身体を貫いた。
「ギィッ……!」
エイリ星人が苦しげな声を上げる。
鉄線はその身体を捉えたまま、さらに別の方向からも伸びていった。逃げ道を塞ぐように絡みつき、鋭い棘が相手の動きを封じる。
そして、わずかな抵抗の後、エイリ星人の身体から力が抜けた。
次の瞬間、その姿は崩れ、跡形もなく消滅した。戦闘が始まってから、ほんのわずかな時間しか経っていなかった。
エデンは目の前の光景を見つめたまま、思わず息を呑む。
(これが……ブウタ地区の支部長)
エリア・アガレスのエイリ星人は強い。そう聞いていたが、カティアはその一体をあっという間に倒してしまった。
能力の威力だけではない。相手の動きを見極め、反撃の隙を与えずに仕留めるまでの動きが速かった。
その背後から、ブコンが誇らしげに声を上げる。
「流石姉貴!」
「うるさい、ブコン」
カティアは振り返りもせずに言い放った。
「まだ一体倒しただけでしょ。浮かれてないで周囲を警戒しなさい」
「は、はい!」
ブコンは慌てて背筋を伸ばした。
カティアは再び山の奥へ視線を向ける。先ほどのエイリ星人は、まだ序の口にすぎないのかもしれない。
エデンは拳を握った。
自分たちがここへ来たのは、経験を積み、強くなるためだ。だが、目の前で見せつけられた実力の差は大きい。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
エデンは緋山、シオン、フルトの様子を確かめる。緋山も真剣な顔で周囲を見回し、シオンは槍を構えられるよう手元を整えていた。フルトは剣の柄を握りしめ、緊張しながらも前を見据えている。
一行は再び歩き出した。
山の奥には、まだどれほどのエイリ星人が潜んでいるのか分からない。
そして、彼らが探している進化個体になりかけのエイリ星人も、どこかにいるはずだった。
山岳地帯をさらに進みながら、エデンたちは周囲への警戒を続けていた。
先ほどカティアが倒したエイリ星人は、姿を現してから消滅するまで、ほとんど時間がかからなかった。あの実力を目の当たりにしたことで、緋山も気を引き締めたようだったが、ふと、前を歩くカティアと、その後ろにいる二人の男へ視線を向けた。
どうしても気になることがあったのだ。
「あの~、テイシャさん、ブコンさん」
「ん? どうした?」
ブコンが振り返る。テイシャも軽く顔を向けた。
緋山は二人とカティアを見比べてから、遠慮がちに尋ねた。
「カティアさんとは姉弟なんですか?」
「いや、違う」
テイシャはあっさりと答えた。
「俺たちが一方的に姉貴って言ってるだけだ。ブコンとも兄弟じゃない」
「えっ、そうなんですか?」
緋山は意外そうに目を丸くした。
すると、ブコンが懐かしそうな表情を浮かべた。
「昔、姉貴に助けられて、その時からずっと慕ってるんです」
「助けられた?」
緋山が聞き返すと、ブコンは大きく頷いた。
「ええ!あの頃の姉貴は、今よりもっと怖かったですけどね。でも、誰よりも頼りになったんですよ!」
「今も十分怖いと思いますけど……」
緋山が小声で呟く。
「何か言いました?」
「い、いえ! 何も!」
ブコンに聞き返され、緋山は慌てて首を横に振った。
そんな彼女を見て、テイシャが小さく笑った。
「まあ、口は悪いが、あの人が強いのは間違いない。実力だけじゃなく、判断も早い。だから俺たちは姉貴についていってるんだ」
「そうそう!姉貴は強いんですよ~」
ブコンはまるで自分のことのように誇らしげに胸を張った。
前を歩くカティアは、三人の会話が聞こえているのかいないのか、振り返ろうともしない。ただ、時折足を止めて周囲を確認し、危険がないかを確かめていた。
緋山はその背中を眺めた。
先ほどの戦いを思い出す。あれほど強力なエイリ星人を、カティアはほとんど一方的に倒してみせた。しかも、倒したことを誇る様子もなく、すぐに次の警戒へ移っていた。
「そっか……二人とも、本当にカティアさんを尊敬してるんですね」
緋山がそう言うと、テイシャは短く頷いた。
「そういうことだ」
「姉貴のためなら、俺たちは何だってやりますよ!」
「話してないで周囲の警戒!」
前方からカティアの鋭い声が飛んできた。
「す、すみません、姉貴!」
ブコンは慌てて口を閉じる。
緋山は思わず笑みをこぼした。
カティアは厳しく、言葉も容赦がない。けれど、二人がこれほど慕っているのには、きっと理由があるのだろう。
彼女がどんな過去を持ち、二人をどう救ったのか。緋山にはまだ分からない。
ただ、先ほど見た強さが、単に戦闘能力だけを指しているわけではないのかもしれない。
そんなことを考えながら、緋山は再び前を向き、仲間たちとともに山の奥へ進んでいった。




