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エデン  作者: ko-da
第2部 5章 恐怖と剣編

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棘茨鉄線

カティアとのやり取りを終え、一行はエリア・アガレスの山岳地帯へと足を踏み入れた。

入り口を抜けると、周囲の景色は一変した。背の高い木々が頭上を覆い、日差しを遮っている。足元には木の根や大小の石が転がり、場所によっては歩くだけでも注意が必要だった。

風が吹くたび、木々の葉が擦れ合う音が山の中に響く。そのほかには、鳥の声すらほとんど聞こえなかった。

エデンは周囲を警戒しながら、先を行く血刃たちについていく。

(いつもと雰囲気が違うな……)

これまでにもエリアへ赴いたことはある。しかし、この場所には妙な緊張感があった。静かすぎるのだ。エイリ星人が潜んでいると分かっているからこそ、木々の向こうに何かがいるのではないかと、自然と意識が向いてしまう。

そんな中、血刃が歩みを止めた。

「そうじゃ、お前たち。武器を渡しておこう」

血刃は持ってきた武器を取り出し、まずシオンへと差し出した。

「頼まれていた槍じゃ」


「ありがとう」

シオンは受け取ると、手に馴染むか確かめるように握り直した。訓練室で使っていたものとは違い、しっかりとした重さがある。柄を握った感触も、穂先の存在感も明確だった。

続いて、血刃はフルトへ剣を差し出した。

「お前の分じゃ」


「……ありがとうございます」

フルトは両手で剣を受け取った。

ずしり、と重みが腕に伝わる。

昨日まで訓練で使っていた木剣とは違う。本物の剣には、金属特有の重さと冷たさがあった。鞘に収まっていても、そこに刃があることを強く意識させられる。

フルトは剣を見つめたまま、しばらく動かなかった。

怖くないわけではない。むしろ、今まで以上に恐怖を感じていた。

これから自分が向き合うのは、訓練用の木剣ではない。戦いの中で使う、本物の武器なのだ。

それでも、フルトは剣を手放さなかった。

「僕は、戦うんだ」

小さな声だったが、その言葉には確かな決意が込められていた。

自分に言い聞かせるように呟くと、フルトは剣を握り直し、一行の後に続いた。

やがて、先頭を歩いていたカティアが足を止めた。

「……いるわね」

その声に、全員の空気が引き締まる。

木々の向こう側。岩場の陰から、一体のエイリ星人が姿を現した。

見た目は、これまで遭遇してきたエイリ星人と大きく変わらない。異様な身体つきではあるものの、目立った変形は見られなかった。進化個体になりかけているという話を聞いていたエデンは、その姿を注意深く観察する。

しかし、見た目だけでは分からない何かがあった。

エデンの背筋に、ぞくりとした感覚が走る。

(……強い)

理由は分からなかった。身体の大きさも、動きも、ぱっと見ただけなら特別なものには思えない。

それでも、直感が告げていた。目の前のエイリ星人は、普段遭遇する個体よりも明らかに強い。

(これが、ここのエイリ星人か)

エデンは無意識に一歩前へ出ようとした。

その瞬間、カティアが腕を伸ばし、エデンの進路を塞いだ。

「下がってなさい。命令よ」


「えっ……」


「あなたたちはまだ前に出なくていいわ」

カティアはエデンを見ずに告げると、正面のエイリ星人へと向き直った。

そして、片方の手のひらを前へ突き出す。

「棘茨鉄線(ソーンワイヤー)」

次の瞬間、カティアの手のひらから、無数の棘が生えた鉄線が勢いよく伸びた。

鉄線は蛇のように空中を走り、エイリ星人へと襲いかかる。相手が身構えるよりも早く、その身体を貫いた。

「ギィッ……!」

エイリ星人が苦しげな声を上げる。

鉄線はその身体を捉えたまま、さらに別の方向からも伸びていった。逃げ道を塞ぐように絡みつき、鋭い棘が相手の動きを封じる。

そして、わずかな抵抗の後、エイリ星人の身体から力が抜けた。

次の瞬間、その姿は崩れ、跡形もなく消滅した。戦闘が始まってから、ほんのわずかな時間しか経っていなかった。

エデンは目の前の光景を見つめたまま、思わず息を呑む。

(これが……ブウタ地区の支部長)

エリア・アガレスのエイリ星人は強い。そう聞いていたが、カティアはその一体をあっという間に倒してしまった。

能力の威力だけではない。相手の動きを見極め、反撃の隙を与えずに仕留めるまでの動きが速かった。

その背後から、ブコンが誇らしげに声を上げる。

「流石姉貴!」


「うるさい、ブコン」

カティアは振り返りもせずに言い放った。

「まだ一体倒しただけでしょ。浮かれてないで周囲を警戒しなさい」


「は、はい!」

ブコンは慌てて背筋を伸ばした。

カティアは再び山の奥へ視線を向ける。先ほどのエイリ星人は、まだ序の口にすぎないのかもしれない。

エデンは拳を握った。

自分たちがここへ来たのは、経験を積み、強くなるためだ。だが、目の前で見せつけられた実力の差は大きい。

それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

エデンは緋山、シオン、フルトの様子を確かめる。緋山も真剣な顔で周囲を見回し、シオンは槍を構えられるよう手元を整えていた。フルトは剣の柄を握りしめ、緊張しながらも前を見据えている。

一行は再び歩き出した。

山の奥には、まだどれほどのエイリ星人が潜んでいるのか分からない。

そして、彼らが探している進化個体になりかけのエイリ星人も、どこかにいるはずだった。

山岳地帯をさらに進みながら、エデンたちは周囲への警戒を続けていた。

先ほどカティアが倒したエイリ星人は、姿を現してから消滅するまで、ほとんど時間がかからなかった。あの実力を目の当たりにしたことで、緋山も気を引き締めたようだったが、ふと、前を歩くカティアと、その後ろにいる二人の男へ視線を向けた。

どうしても気になることがあったのだ。

「あの~、テイシャさん、ブコンさん」


「ん? どうした?」

ブコンが振り返る。テイシャも軽く顔を向けた。

緋山は二人とカティアを見比べてから、遠慮がちに尋ねた。

「カティアさんとは姉弟なんですか?」


「いや、違う」

テイシャはあっさりと答えた。

「俺たちが一方的に姉貴って言ってるだけだ。ブコンとも兄弟じゃない」


「えっ、そうなんですか?」

緋山は意外そうに目を丸くした。

すると、ブコンが懐かしそうな表情を浮かべた。

「昔、姉貴に助けられて、その時からずっと慕ってるんです」


「助けられた?」

緋山が聞き返すと、ブコンは大きく頷いた。

「ええ!あの頃の姉貴は、今よりもっと怖かったですけどね。でも、誰よりも頼りになったんですよ!」


「今も十分怖いと思いますけど……」

緋山が小声で呟く。


「何か言いました?」


「い、いえ! 何も!」


ブコンに聞き返され、緋山は慌てて首を横に振った。

そんな彼女を見て、テイシャが小さく笑った。

「まあ、口は悪いが、あの人が強いのは間違いない。実力だけじゃなく、判断も早い。だから俺たちは姉貴についていってるんだ」


「そうそう!姉貴は強いんですよ~」

ブコンはまるで自分のことのように誇らしげに胸を張った。

前を歩くカティアは、三人の会話が聞こえているのかいないのか、振り返ろうともしない。ただ、時折足を止めて周囲を確認し、危険がないかを確かめていた。

緋山はその背中を眺めた。

先ほどの戦いを思い出す。あれほど強力なエイリ星人を、カティアはほとんど一方的に倒してみせた。しかも、倒したことを誇る様子もなく、すぐに次の警戒へ移っていた。

「そっか……二人とも、本当にカティアさんを尊敬してるんですね」

緋山がそう言うと、テイシャは短く頷いた。

「そういうことだ」


「姉貴のためなら、俺たちは何だってやりますよ!」


「話してないで周囲の警戒!」

前方からカティアの鋭い声が飛んできた。

「す、すみません、姉貴!」

ブコンは慌てて口を閉じる。

緋山は思わず笑みをこぼした。

カティアは厳しく、言葉も容赦がない。けれど、二人がこれほど慕っているのには、きっと理由があるのだろう。

彼女がどんな過去を持ち、二人をどう救ったのか。緋山にはまだ分からない。

ただ、先ほど見た強さが、単に戦闘能力だけを指しているわけではないのかもしれない。

そんなことを考えながら、緋山は再び前を向き、仲間たちとともに山の奥へ進んでいった。

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