二手に
その後も一行は、エリア・アガレスの探索を続けていた。
木々の間を縫うように進み、周囲の気配に注意を払いながら山の奥へと足を踏み入れていく。時折、木々の陰や岩場からエイリ星人が姿を現したが、幸いにも複数体が同時に襲いかかってくることはなかった。
そして、現れたエイリ星人は例外なくカティアによって蹴散らされていた。
「棘茨鉄線!」
カティアの手から放たれた棘付きの鉄線が、エイリ星人の身体を貫く。相手が反撃する暇さえ与えず、彼女は次々と敵を倒していった。
「流石姉貴!いやあ、本当に頼りになりますねぇ!」
「ブコン、少し黙ってなさい」
「す、すみません!」
ブコンの称賛を一蹴し、カティアは再び周囲を警戒する。テイシャも無駄口を叩くことなく、油断のない目つきで周囲を見渡していた。
しかし、いくら探索を続けても、目的のエイリ星人は見つからなかった。
通常の個体よりも進化に近づいているという、今回の討伐対象。その姿どころか、手がかりすら得られていない。
血刃は足を止め、険しい山道の先を見据えた。
「なりかけが見つからんの」
しばらく考え込んだ後、血刃は隣にいるカティアへと視線を向ける。
「手分けして探すか?」
「……そうね」
カティアは少しだけ考えた後、同行者たちを見回した。
「でも、新人だけで固めないように分けるわよ。何かあったとき、対処できる人間がいないと困るから」
その言葉に異論を唱える者はいなかった。
話し合いの結果、二つの班に分かれて探索することになった。
血刃、ブコン、フルト、エデンの四人。
そして、カティア、シオン、緋山、テイシャの四人。
互いに連絡を取り合えるようにした上で、それぞれ別の方向へと進んでいく。
「何かあったらすぐに連絡するのよ。無理に追いかけるんじゃないわよ」
別れ際、カティアは念を押すように言った。
「分かっとる。そっちも気をつけるんじゃぞ」
血刃がそう返すと、カティアは短く頷き、シオンたちを連れて山の奥へと消えていった。
残された四人も、別の道を選んで探索を再開する。
それから数十分が経過した頃だった。
「……来るぞ」
先頭を歩いていた血刃が、不意に足を止めた。
その声に反応し、エデンたちも身構える。木々の向こう側から、複数の気配が近づいてきていた。
やがて姿を現したのは、四体のエイリ星人だった。
どれも通常の個体とは異なる、圧迫感のある気配を放っている。先ほどまでカティアが倒していた個体と同じように見えても、油断はできない。
「四体か。わしが三体を引き受ける。残りを頼むぞ」
血刃はそう言うと、迷いなく三体のエイリ星人へと向かっていった。
「は、はい!」
フルトは返事をしながら剣の柄を強く握りしめる。
昨日の訓練を思い出す。剣を振るうことへの恐怖は、今も完全になくなったわけではない。それでも、恐怖を抱えたまま前へ進むと決めたのだ。
目の前に敵がいる。ならば、自分も戦わなければならない。
フルトは剣を構えた。
しかし、残る一体のエイリ星人は、彼が覚悟を固めるのを待ってはくれなかった。
地面を蹴ったエイリ星人が、一瞬でフルトとの距離を詰める。
「っ……!」
速い。
そう認識したときには、もう攻撃が迫っていた。
フルトの身体は反応できなかった。剣を振り上げることも、防御の姿勢を取ることも間に合わない。
「フルト!」
エデンが叫ぶ。
次の瞬間、エデンの身体を黒い鎧が覆った。
「リミットナイト!」
黒い装甲に包まれた腕を差し込み、エデンはエイリ星人の攻撃を受け止めた。衝撃が腕を伝い、身体がわずかに後退する。それでも、フルトに攻撃が届くことだけは防いだ。
「大丈夫、フルト?」
「は、はい……!」
「なら、今のうちに!」
エデンが敵の動きを押しとどめている間に、ブコンが前へ出た。
「私も加勢します!土砂操手!」
ブコンは地面に向かって手をかざした。
すると、足元の土砂が勢いよく持ち上がり、彼の手から腕にかけてまとわりついていく。土は次第に形を変え、やがて巨大な拳を形作った。
「いきます
!」
ブコンは大きく踏み込み、土砂の拳をエイリ星人へと叩きつけた。
鈍い衝撃音が山中に響く。
殴打の勢いで土の拳はばらばらに崩れたが、攻撃はそれで終わりではなかった。
砕けた土砂がエイリ星人の身体へとまとわりつき、腕や脚に絡みついていく。土は瞬く間に固まり、敵の動きを封じ込めた。
「今です、フルトさん!」
「わ、分かりました!」
フルトは剣を握り直し、拘束されたエイリ星人へと駆け出した。
狙うのは首。
昨日の訓練で、何度も繰り返した剣の振り方を思い出す。力任せに振るのではなく、狙いを定め、全身の動きを剣へと伝える。
「はああっ!」
フルトは剣を振り下ろした。だが――
金属同士がぶつかったような、硬い音が響いた。
「なっ……!」
剣は首に食い込むことなく、弾かれてしまった。
エイリ星人の首は、想像以上に硬かった。土砂で拘束されているとはいえ、その身体そのものを斬るには、フルトの力だけでは足りなかったのだ。
エイリ星人が拘束を破ろうと身体を揺らす。まとわりついた土砂に亀裂が走り、少しずつ崩れ始めていた。
「くっ……!」
フルトは再び剣に力を込める。
だが、これ以上力を加えても、斬れる保証はない。焦りが生まれ、剣を握る手に余計な力が入っていく。
そのとき、隣からエデンが手を伸ばした。
「フルト、力を貸すよ!」
エデンはフルトの剣を握る手に自分の手を添えた。リミットナイトの黒い装甲に覆われた腕で、剣を押し出すように支える。
「エデンさん……!」
「大丈夫。今度こそ決めよう!」
エデンの言葉に、フルトは頷いた。
自分一人で斬れないのなら、誰かの力を借りればいい。
それは決して、剣を振るう資格がないということではない。
フルトは息を整え、改めて剣の柄を握りしめた。
「はああああっ!」
二人の力が重なり、剣が再び首へと振り下ろされる。
今度は、硬い外皮を押し切った。
エイリ星人の動きが止まる。次の瞬間、その身体は光の粒子となって崩れ、山の空気へと溶けていった。
「……倒せた」
フルトは呆然としながら、自分の手に握られた剣を見つめた。
恐怖が消えたわけではない。敵を前にすれば、今でも身体がすくみそうになる。
それでも、先ほどは剣を振るうことができた。そして、自分の力だけでは足りなかった部分を、エデンが補ってくれた。
「よかったね、フルト」
エデンは微笑みながら、彼の肩を軽く叩いた。
「は、はい! ありがとうございます、エデン先輩!」
フルトが頭を下げると、ブコンも満足そうに頷いた。
「いやあ、見事な連携でしたね!」
血刃の方を見るとそこでは、すでに戦いが終わっていた。
三体のエイリ星人は、いずれも地面に倒れることなく消滅していた。血刃は木刀を片手に、何事もなかったかのように立っている。
四体ものエイリ星人が現れたというのに、彼はそのうち三体を、ほとんど一人で片づけてしまったのだ。
フルトは思わず感嘆の声を漏らした。
「すごいな、血刃さん」
その声が聞こえたのか、血刃はゆっくりと振り返った。
「何を言っとる。お前たちも、きちんと一体倒したじゃろうが」
そう言って、血刃はフルトたちの方へ歩み寄ってくる。
「ただし、敵の硬さや動きはよく覚えておけ。次も同じようにいくとは限らんからの」
その言葉に、フルトは真剣な表情で頷いた。
戦いは終わった。
だが、目的のエイリ星人――進化に近づいているという個体は、まだ見つかっていない。
そして、この山には今の四体よりも危険な存在が潜んでいる可能性がある。
エデンは消えていったエイリ星人のいた場所を一瞥し、再び山の奥へと目を向けた。
フルトたちが再び山の奥へと進み始めてから、しばらく経った頃。
先ほどまで彼らが戦っていた場所に一つの影が姿を現した。
木々の間からゆっくりと歩み出たその者は、エイリ星人が消滅した場所を見下ろした。地面には戦闘の痕跡が残されている。踏み荒らされた土、砕けた石、そして能力によって散らばった土砂。
周囲を見回すと、どこか楽しげに口元を緩めた。
「招かれざる客人がいますね」
独り言のような声が、静かな山中に響く。
その視線は、フルトたちが去っていった方向へと向けられていた。
まるで、彼らの存在を最初から知っていたかのように。
「彼らにも手伝ってもらいましょう」
そう言い残すと、その人物は踵を返した。
木々の陰へと姿を消していく背中に、迷いはなかった。
やがて、その場には再び静寂が戻った。
まるで、最初から誰も訪れていなかったかのように。




