エリア・アガレス
その後も、訓練は続いた。
血刃は四人を一人ずつ相手にし、それぞれの課題を見極めながら指導していった。ただし、先ほどのような本格的な打ち合いではない。
今の訓練で求められているのは、勝利ではなく基礎の習得だった。
「腰が浮いとる! 踏み込みの際は重心を意識せい!」
血刃の指摘が訓練室に響く。
エデンは拳を構え直し、もう一度踏み込んだ。血刃はその攻撃を木刀で軽く受け流す。拳の軌道をほんの少しずらされただけなのに、エデンの身体は前へ流れ、次の動作に移るまでにわずかな隙が生じた。
「力任せに打つだけでは駄目じゃ。相手に受け流されても、すぐ次の動作に移れるようにせい」
「はい!」
エデンは姿勢を立て直し、再び拳を繰り出した。
緋山も、シオンも、フルトも同じように指導を受けていた。
緋山は勢いのある攻撃を繰り出せる反面、踏み込みが大きくなりすぎる癖を指摘された。シオンは槍の扱いこそ巧みだったが、攻撃の後に構えが崩れることがあった。フルトは剣を振るう際に肩へ余計な力が入り、動きが硬くなっていた。
血刃はそれぞれの攻撃を受け流し、ときおり木刀や手で反撃を加えた。
「来るぞ!相手の動きをよく見ろ!」
突然の反撃に、エデンが身を引いてかわす。
「避けるだけで終わるな! 次の動きにつなげい!」
続いて繰り出された攻撃を、今度は腕で受け流すようにしてさばいた。
血刃は小さく頷くと、また構え直すよう促した。
四人は何度も攻撃を繰り返した。最初は反撃を受けるたびに体勢を崩していたが、繰り返すうちに少しずつ対応できるようになっていく。血刃の指導は厳しかったものの、決して無茶な要求を押しつけるものではなかった。できていない部分を見抜き、何を直すべきかを的確に伝えてくれる。
それだけに、同じ動作を何度も繰り返すのは想像以上に大変だった。
やがて、訓練室の窓から差し込む光が赤みを帯び始めた。
「よし、今日はここまでじゃ」
血刃の声に、四人はようやく動きを止めた。
エデンは大きく息を吐き、額の汗を拭う。緋山は腕を伸ばして身体をほぐし、シオンも疲労を隠すように静かに呼吸を整えていた。フルトは木剣を握ったまま、自分の手を見つめていた。
一日で劇的に強くなったわけではない。それでも、昨日まで意識していなかった身体の使い方や、攻撃を受け流すことの難しさを知ることができた。
そして、フルトにとっては、剣を握り続けること自体が大きな一歩だった。
夕焼けに染まる訓練室を後にし、四人は明日の任務に備えて帰路についた。
翌日。
ブウタ地区での任務を翌日に控えた日、血刃は再びエデンたちを訓練室へと集めた。
四人が揃ったことを確認すると、血刃は何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「すまん、そう言えばブウタ地区で何するかいっとらんかったわ」
「……え?」
四人の視線が一斉に血刃へ向いた。
エデンは思わず胸を撫で下ろした。
(そう言えば俺も聞くの忘れてた……よかった、思い出してくれて)
任務に参加することは決まっていたし、血刃の訓練も受けていた。だが、肝心の任務内容については、これまで詳しい説明を受けていなかったのだ。
今さらながら、そのことに気づいたエデンは内心で冷や汗をかいていた。
血刃はそんなエデンの心情など気にする様子もなく、腕を組んで説明を始めた。
「今回わしらとお前たちが行くのは、ブウタ地区にあるエリア・アガレスじゃ」
その地名を聞き、四人はそれぞれの表情で反応した。エリア。つまり、エイリ星人が出現する危険区域だ。三日後の任務に向けて鍛えているのだから、危険な場所へ向かうこと自体は予想していた。しかし具体的な場所と目的は、まだ分からない。血刃は四人の顔を順番に見渡すと、これから向かう場所について、さらに説明を続けようと口を開いた。
血刃は訓練室の壁に背を向け、腕を組んだまま説明を続けた。
「エリア・アガレスはブウタ地区にある一つの山と、その周辺じゃ」
山とその周辺一帯がエリアに指定されている。エデンは頭の中で現地の様子を想像した。山岳地帯での戦闘となれば、平地とは勝手が違う。木々や岩場が視界を遮り、足場も安定しない。敵の姿を見失えば、思わぬ方向から襲われる可能性もある。
血刃は四人の反応を確かめながら、さらに話を進めた。
「先発部隊と探査機が、そこに進化個体になりかけのエイリ星人を発見しての」
「進化個体になりかけ……?」
エデンはその言葉を頭の中で繰り返した。
進化個体という言葉なら知っている。通常のエイリ星人とは異なる特徴を持ち、より強力な存在へと変化した個体のことだ。しかし、その途中段階というのは聞き慣れない。
「その場で倒そうと思ったが、すぐに逃げられてしまったそうじゃ」
血刃は眉間に皺を寄せた。
発見した時点で討伐できていれば、話は簡単だった。しかし、相手は戦闘を避けるように逃走した。追跡できなかったのか、それとも追跡するには危険すぎたのか。いずれにせよ、先発部隊は一度撤退する判断を下したらしい。
「そのエリアにおるエイリ星人はどれも強く、ランクB、A相当じゃからな。一度帰って、後発部隊をわしらに頼んだというのがいきさつじゃ」
「ランクBとA……」
緋山が小さく呟いた。
ECOのランクは、隊員だけでなくエイリ星人の脅威度を判断する際にも用いられる。BランクやAランクに相当する相手が複数いるとなれば、簡単な任務ではない。ましてや、進化個体になりかけている個体まで存在するのだ。
エデンは自然と表情を引き締めた。
昨日までの訓練は、単なる基礎練習ではなかった。明日の任務で生き残り、仲間と協力して戦うための準備だったのだ。
そのとき、緋山がおずおずと手を挙げた。
「あの~、エイリ星人の進化個体は知ってるんですけど、なりかけって?」
血刃は緋山へ視線を向けると、特に難しい話でもないという様子で答えた。
「なりかけは、そのままの意味じゃ」
「そのまま……?」
「進化個体に見られる特徴が少し出ておる。一部の部位が変形しており、少しの知能がある」
「知能もあるんですか?」
緋山の表情が変わった。
単純に力が強いだけなら、こちらも能力や連携を駆使して対抗できる。しかし、相手に知能があるとなれば話は違ってくる。こちらの攻撃を学習したり、逃げるべき状況を判断したりする可能性もある。
先発部隊から逃げたという話を聞いたばかりだ。もし、それが偶然ではなく自分の判断によるものだったとしたら。
「進化の途中……」
シオンが納得したように呟く。
進化個体ほど完成された存在ではないが、通常のエイリ星人とも異なる。つまり、相手の実力を見誤れば、予想外の事態に陥る危険があるということだ。
シオンは少し考えてから、血刃に質問した。
「その任務って、ここにいる皆だけで行く?」
「いや、ブウタ地区からも三人来る」
血刃は即座に答えた。
「ブウタ地区の支部長と、その取り巻きじゃな」
「支部長まで来るんですか?」
エデンが思わず聞き返した。
地区の支部長が直接現場へ出るというのは、少なくとも普段の巡回任務とは大きく異なる。今回の任務がそれだけ重要視されているのか、それとも支部長自身に何か事情があるのか。エデンにはまだ分からなかった。
血刃はエデンの疑問に答えることなく、意味ありげに口元を緩めた。
「まあ、明日になれば分かるじゃろう」
「ええ……」
何かを知っているような口ぶりだったが、それ以上の説明はなかった。
緋山は隣のエデンと顔を見合わせ、シオンは小さく息をついた。フルトは話についていくのが精一杯なのか、緊張した面持ちで血刃の言葉を聞いている。
ランクB、A相当のエイリ星人が複数潜む山岳地帯。そこには進化個体になりかけた、知能を持つエイリ星人もいる。
そして、ブウタ地区の支部長を含む三人との合流。
明日の任務は、四人がこれまで経験してきたものとは違う戦いになるかもしれない。
血刃はそんな彼らの様子を見て、最後に念を押した。
「明日は何が起こるか分からん。今日までの訓練を忘れるな。自分一人で何とかしようとせず、仲間と連携することを第一に考えい」
四人はそれぞれ頷いた。
翌日の任務に向けて、心の準備を整えなければならなかった。




