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エデン  作者: ko-da
第2部 5章 恐怖と剣編

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振動伝導

「行きます!」

緋山の声を合図に、四人が一斉に動き出した。

最初に仕掛けたのはエデンだった。ラベジニウムが黒く輝き、身体能力を引き上げるリミットフォースが発動する。床を蹴ったエデンは、一気に血刃との距離を詰め、拳を叩き込もうとした。

血刃は慌てる様子もなく、木刀を構える。

エデンの拳が届く寸前、木刀が鋭く振るわれた。打ち込まれた拳の軌道を正確に捉え、力の向きを逸らす。エデンの攻撃は血刃に届くことなく、横へと叩き落とされた。

だが、エデンの攻撃はあくまで囮だった。

その横合いから、緋山が飛び込んでくる。血刃がエデンに意識を向けた隙を突いた、鋭い一撃。しかし、彼女は攻撃が届く直前でぴたりと動きを止めた。

「変化!」

緋山の身体から煙が噴き出し、瞬く間に血刃の視界を覆い尽くした。

視界を奪われても、血刃に動揺はなかった。むしろ、煙の中からどの方向に攻撃が飛んできても対応できるように、足を踏みしめて構え直す。

そして、周囲を薙ぎ払うように木刀を横へ振るった。

その瞬間だった。

「む?」

木刀が途中で止まった。

いや、止められたのだ。

何かに引っ張られている。血刃が腕に力を込めても、木刀は思うように動かない。

やがて、煙が薄れ始めた。

その向こうから姿を現したのは、血刃そのものだった。

白髪交じりの短い髪、深い皺の刻まれた顔、そして歴戦の戦士を思わせる鋭い眼差し。そこに立っていたのは、血刃と瓜二つの姿をした緋山だった。

「なるほど、わしに化けたか」

血刃が呟く。血刃は緋山の状態を確認するとすぐに木刀の方を見る。

血刃の木刀を引っ張っていたのは、エデンのリミットストリングだった。皮膚の形状と強度の限界を拡張し、腕の皮膚の一部を薄く引き伸ばして、糸のように操る力。その糸を木刀に絡め、血刃の動きを制限していた。

血刃の視線がストリングの先へ向くよりも早く、シオンとフルトが動いた。

「はあっ!」

シオンが槍を突き出す。血刃は木刀を引っ張られた状態では十分に迎撃できないと判断し、手放した。

自由になった片手で、迫る槍の側面を鋭く弾く。

しかし、シオンはその反応を待っていた。

弾かれた槍の進路に、半透明の弾力膜(バウンダー)が展開される。槍の穂先が膜に触れた瞬間、勢いを殺すことなく反発し、軌道を変えて血刃へと跳ね返った。

「ほう!」

血刃は身を捻ってかわそうとしたが、槍の穂先が身体をかすめた。わずかに体勢が崩れる。

その隙を、フルトは見逃さなかった。

木剣を両手で握り締め、踏み込む。恐怖で強張りそうになる身体を押さえ込み、狙いを定めて一太刀を放った。

だが、その剣が血刃に届くことはなかった。

血刃の手が、木剣を掴んでいた。

「なかなかやるな、でもそんなんじゃわしには勝てんぞ」

余裕のある声だった。体勢を崩されたにもかかわらず、血刃はフルトの剣を受け止め、わずかな力でその動きを封じている。

フルトは歯を食いしばった。

(正攻法じゃ絶対勝てない)

技術も、経験も、身体能力も違いすぎる。四人がかりで連携しても、血刃はその一つひとつに対応してみせた。小手先の攻撃を重ねるだけでは、決定的な一撃を与えられない。

ならば。

(だから……この状況を利用する)

フルトの視線が、自分の手元へ落ちる。

剣を握る手。そこから伸びる木剣。そして、その木剣を掴んでいる血刃の手。

互いに触れ合っている。

今まで、フルトは自分の能力を一度も発動したことがなかった。ECOに入ってからも、戦うことへの恐怖を拭えず、能力を使う場面そのものを避け続けてきたのだ。

力を使うことが怖かった。誰かを傷つけることが怖かった。

けれど、今は違う。

恐怖が消えたわけではない。それでも、ここで何もしなければ勝てないことは分かっていた。

フルトは剣を握る手に力を込めた。

ラベジニウムが輝く。

その瞬間、フルトの手から木剣へ、木剣からそれを掴む血刃の身体へと、目に見えない振動が走った。

「振動伝導(ウェイブスルー)!」

初めて口にした、自分の能力の名。

血刃の表情が変わった。

「なにっ……!」

予想していなかった衝撃に、血刃の身体が大きく揺れる。木剣を掴んでいた手から力が抜け、その場で片膝をついた。

それまで一度も崩れなかった歴戦の戦士が、初めて膝をついたのだった。

フルト自身も、何が起きたのか完全には理解できていなかった。ただ、自分の中にあった力が確かに発動し、血刃に届いたことだけは分かった。

「……当たった」

震える声で、フルトが呟く。

恐怖はまだ胸の中にある。

それでも今、彼はその恐怖から目を逸らさず、自分の力で一歩を踏み出していた。

膝をついた血刃は、しばらくフルトを見つめていた。初めて見る能力だったのか、その表情には驚きが残っている。やがて、血刃はゆっくりと立ち上がると、両手を頭の高さまで上げた。

「わしの負けじゃな」

その言葉に、四人は一瞬きょとんとした。

先ほどまで四人を圧倒していた血刃が、あっさりと負けを認めたのだ。フルトは自分の手元と血刃の顔を交互に見つめ、まだ信じられないといった様子だった。

血刃はそんな彼らを見渡し、満足そうに笑った。

「少し戦うだけでここまでの連携が出来るとは感心じゃ」

四人は互いに顔を見合わせた。

最初は、それぞれが自分の力を発揮するだけで精一杯だった。緋山は勢いに任せて攻め、エデンは隙を狙い、シオンは状況を見ながら能力を使い、フルトは恐怖を抱えたまま剣を握っていた。

それでも、実戦の中で互いの動きを読み、自然と役割を分担していた。誰かが攻撃すれば別の誰かが隙を作り、相手が対応すれば、さらに別の誰かがそこを突く。最後にはフルトの能力が決定打となった。

緋山は少し考えるように首を傾げたあと、ぱっと表情を明るくした。

「私たち、強いのかも?」


「強さというよりは連携が上手くなったんだよ」

エデンは苦笑しながら答えた。

「緋山が変化の煙で視界を遮ってくれた」

エデンはまず緋山に視線を向けた。

「姿を変えて血刃さんを惑わせたのもよかった。あれで木刀の動きを封じる隙ができたんだ」


「えへへ、そうですか?」

褒められた緋山は、照れくさそうに頬を緩めた。

「シオンも能力を上手く使って当ててたし」

続いて、エデンはシオンを見る。

「槍を弾かれたところで終わりじゃなくて、弾力膜(バウンダー)で跳ね返して攻撃につなげた。あれがなかったら、血刃さんの体勢は崩せなかったと思う」


「状況を見て、とっさに判断しただけ」

シオンは落ち着いた口調で返したものの、少しだけ表情を和らげていた。

そして最後に、エデンはフルトへ目を向けた。

「フルトも、相手が知らない能力を上手く隠して土壇場で使ってた。あれは血刃さんも予想してなかったんじゃないかな」


「ぼ、僕は……ただ、あのままじゃ勝てないと思って……」

フルトは戸惑いながら、自分の手を見つめた。

つい先ほどまで、彼は剣を人に向けることさえ怖がっていた。けれど、仲間が作ってくれた隙を前にして、逃げずに自分の能力を使うことができた。

それが勝利につながった。まだ実感は湧かない。それでも、自分にも戦えるのだという感覚が、ほんの少しだけ胸の中に芽生えていた。

血刃は四人の様子を眺めながら、満足げに頷いた。

「連携に関してはほぼ問題ないじゃろう」

その言葉を聞き、四人の表情が明るくなる。

だが、血刃はそこで話を終わらせなかった。落ちていた木刀を拾い上げ、軽く肩に担ぐと、今度は厳しい目で四人を見据えた。

「後はこれを繰り返して、一人一人の実力を上げていくぞ」

連携ができたからといって、それだけで十分なわけではない。今回の勝利も、血刃が四人の動きを確かめるために戦っていたからこそ得られたものだ。個々の実力が不足していれば、連携を組む前に敵に押し切られてしまう。

これから三日後の任務に向けて、四人にはまだ鍛えるべきところがいくつもある。

「休んでいる暇はないぞ。次は一人ずつ、わしが相手をしてやろう」

血刃の言葉に、緋山は元気よく返事をした。シオンも静かに頷き、エデンは気を引き締め直す。

フルトだけは、手にした木剣をじっと見つめていた。

恐怖は消えていない。自分の力を使いこなせる自信も、まだない。

それでも、先ほど確かに一歩を踏み出せた。

ならば、もう少しだけ前へ進めるかもしれない。

フルトは木剣を握り直し、仲間たちの後に続いた。

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