偶然の連携
緋山が倒れたことで、訓練室には一瞬の静けさが戻った。
エデンは拳を握りながら、血刃を見つめていた。
勢いだけで突っ込んでも通じない。
それは、先ほどの緋山の攻撃で十分に分かった。
だからこそ、エデンはすぐには動かなかった。
相手の動きを見る。
血刃がどこを見ているのか。
木刀をどの位置に構えているのか。
どこに隙があるのか。
エデンは距離を保ったまま、じっと機会を伺う。
そして――。
左手の甲にあるインターフェースが反応した。
「リミットストリング」
黒い皮膚の糸が伸びる。
エデンは遠距離から血刃を狙う。しかし――
「……」
血刃は木刀を軽く振った。
ストリングが弾かれる。
続けて二本目。三本目。四本目。
エデンが角度を変えて攻撃しても、血刃はそのすべてを木刀でいなしていく。力任せに叩き落としているわけではない。糸の軌道を見切り、最小限の動きで攻撃を逸らしている。
「……全部、捌かれた」
エデンが目を見開く。
その瞬間だった。血刃が踏み込む。一気に距離が縮まった。
「なっ……!」
エデンが反応するより早く、木刀が横薙ぎに振られる。
「ぐあっ!」
エデンの身体が吹き飛んだ。
しかし、その身体を受け止めるように半透明の膜が現れた。
「弾力膜」
シオンだった。エデンの身体が膜にぶつかる。
「うわあああ!」
弾力によって、エデンの身体が勢いよく跳ね返された。
「えっ?」
シオン自身も想定していた以上の勢いに驚く。
エデンはそのまま血刃へ向かって飛んでいった。
「うわああああ!」
血刃は迫ってくるエデンを見上げる。
そして、呆れたように眉を寄せた。
「もう少し考えてだな……」
その瞬間――
血刃の死角からフルトが飛び出した。
「……!」
木剣を両手で握っている。
先ほどまで、人に向けて剣を振ることを恐れていたフルトだった。それでも今は、迷いながらも前へ出ていた。
「はあっ!」
木剣が振り抜かれる。血刃の木刀が弾き飛ばされた。
床を転がっていく木刀を見て、血刃が目を細める。
「ほう」
フルトはそれ以上攻めなかった。一撃を入れた直後、すぐにその場から離れる。血刃から距離を取るように後ろへ下がった。その判断を見て、血刃は僅かに口元を上げた。その直後――
「うおおおおっ!」
血刃へ向かってエデンが飛んできた。弾力膜によって勢いを増したエデンは、もう止まれない。エデンは空中で左手を握り締めた。
「リミットナイト!」
黒いエネルギーがエデンの身体を覆う。腕が黒い鎧に包まれ、拳が強固な装甲に覆われる。この状態なら、攻撃を受けてもすぐに防御へ移れる。
エデンはそのまま拳を振り抜いた。
「いけぇぇ!」
血刃は木刀を失っている。
避けることもできた。
だが、迫り来るエデンを真正面から見据えた。
「……来い」
黒い鎧に覆われた拳が血刃へ直撃する。血刃の身体が大きく吹き飛んだ。
床を滑り、壁際まで移動する。
「……!」
エデンは着地する。
「当たった……!」
しかし、すぐに表情を引き締めた。
血刃は倒れていない。
吹き飛ばされた勢いを利用して身体を回転させ、片手を床につく。
そのまま身体を起こし――。
「……ふむ」
何事もなかったかのように立ち上がった。
エデンの表情が固まる。
「嘘だろ……」
血刃は身体についた埃を軽く払い、四人を見渡した。
今の一撃は、確かに当たった。
それでも血刃は立っている。
むしろ、その目には先ほどよりも強い興味が浮かんでいた。
「少しは面白くなってきたのう」
その言葉とともに、訓練室の空気がさらに張り詰めた。
血刃は床に転がっていた木刀を見下ろすと、ゆっくりと歩み寄り、それを拾い上げた。
そして、木刀についた埃を軽く払いながら、四人へ視線を向ける。
先ほどの一連の攻防を思い返す。
エデンの遠距離攻撃を捌き、接近して反撃する。そこまでは血刃にとって想定の範囲内だった。
しかし、シオンの能力によって吹き飛ばされたエデンが、その勢いを利用して再び攻撃してくるとは思わなかった。 しかも、その隙を突いてフルトが木刀を叩き落としたのだ。 個々の攻撃だけを見れば、まだまだ改善の余地はある。
だが、互いの能力が偶然にも噛み合い、一つの流れを作り出した。
血刃は口元を緩める。
「まさか、こんな連携ができるとはな。あっぱれじゃ」
そう言って、木刀を肩に担いだ。
褒められたエデンとシオンは、顔を見合わせる。
(……たまたまだけど)
二人の心の声は、見事なほど一致していた。
そもそも、エデンがシオンの能力で跳ね返されることなど、最初から計算していなかった。
シオンにしても、あそこまで勢いよくエデンが飛んでいくとは思っていなかったのだ。
フルトが血刃の木刀を叩き落としたのも、エデンの突撃が重なったのも、いくつもの偶然が重なった結果だった。 それでも、血刃はその連携を評価しているらしい。
「……まあ、結果オーライってことで」
エデンは苦笑しながら呟いた。 その時だった。
「う……」
訓練室の床に倒れ込んでいた緋山が、ゆっくりと身体を起こした。
先ほど血刃の掌底を受けて吹き飛ばされた彼女は、しばらく動けずにいた。
身体を起こした緋山は、頭を軽く振る。
その姿は、先ほどまでエデンに変化していたものではなかった。
変化はすでに解け、元の姿に戻っている。
「……痛たた」
緋山は腰をさすりながら立ち上がった。 そして、血刃の姿を確認すると、悔しそうに唇を引き結ぶ。 最初の攻撃は、完全に読まれていた。
煙に紛れて姿を変え、奇襲を仕掛けたにもかかわらず、血刃はあっさりと攻撃を避けた。
そのうえ、反撃の一撃で自分を倒した。 実力差は明らかだった。 けれど、だからといって、このまま見ているだけで終わるつもりはない。 緋山は仲間たちの位置を確認する。
エデンは血刃の正面。
シオンは少し離れた位置で槍を構えている。
フルトは血刃の攻撃に備え、距離を取っていた。
そして、自分も再び戦える。 緋山は拳を握り直すと、エデンへ向かって声を上げた。
「エデン先輩!」
「ん?」
「一斉攻撃しましょう! 一人ずつだと対応されます!」
その提案に、エデンは一瞬だけ目を見開いた。
確かに、これまでの攻撃は一人ずつ仕掛けていた。
血刃はそのたびに、相手の動きを見極め、最小限の動きで対処している。
個々の実力で敵わないのなら、四人で同時に攻める。
相手が一つの攻撃に対応している間に、別の攻撃を叩き込むのだ。
エデンは拳を握り直した。
「……なるほど」
その目に、再び戦う意志が宿る。
血刃はそんな四人を見渡し、楽しそうに笑った。
「ほう。今度は四人がかりで来るか」 木刀を構え直す。
「いいじゃろう。やってみい」
その声を合図に、四人はそれぞれ構えた。
今度は、誰か一人だけが飛び出すことはない。
互いの動きを見ながら、全員で血刃へ挑む。 訓練室の空気が、再び緊張に包まれた。




