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エデン  作者: ko-da
第2部 5章 恐怖と剣編

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剣を振るう

血刃はフルトの言葉を聞き終えると、しばらく何も言わなかった。

責めることも、励ますこともせず、ただフルトの顔を見つめている。

やがて、静かに口を開いた。

「家でどうだろうと、今のお前にそれは関係ない」

フルトが顔を上げる。

血刃の声は厳しかった。だが、そこにはフルトを突き放すような冷たさはなかった。

「お前はECOじゃ」


「……ECO」


「そうじゃ。ラング家の人間でも、落ちこぼれでもない」

血刃はフルトの前にある木剣を指差す。

「今は目の前の課題だけを考えろ」

フルトは木剣を見つめた。

その言葉が、胸の奥にゆっくりと染み込んでいく。

今までの自分は、ずっと家のことを考えていた。ラング家に生まれたこと。剣の名家だと言われていること。兄弟たちと比べられたこと。そして、自分は落ちこぼれなのだと思い込んでいたこと。けれど、今ここにいる自分は違う。ラング家の跡継ぎでもなければ、家族から評価されるために剣を握っているわけでもない。自分はECOの隊員だ。人を守るために、ここにいる。

フルトはゆっくりと木剣へ手を伸ばした。木の感触が掌に伝わる。一度握った瞬間、また昔の記憶が蘇りそうになる。それでも、今度は手を離さなかった。

(そうだ……)

フルトは木剣を握り直す。

(僕はECOなんだ)

胸の奥にあった不安を、少しずつ押し込んでいく。

(お母さんみたいに、人を守るためにここにいるんだ)

母も、最初は戦うことが怖かった。

それでもECOとして戦っていた。だったら、自分も――

(今は、家のことは忘れて……)

フルトは一度、深く息を吸った。

「……」

木剣を構える。先ほどまでと同じ構え。けれど、その表情は明らかに違っていた。怯えが完全に消えたわけではない。手も少し震えている。

それでも、フルトは逃げなかった。

(集中しろ!)

目を閉じる。余計なことを考えない。家のことも。兄弟たちの言葉も。自分が落ちこぼれだという思いも。今は全部、頭の外へ追い出す。目の前にあるのは一本の木剣。そして、その先にあるドラム缶だけ。

「ふー……」

フルトはゆっくりと息を吐いた。そして――

一気に木剣を振り下ろした。訓練室全体に、これまでとは比べものにならないほど大きな音が響き渡った。

「……!」

エデンが目を見開く。

緋山も驚いたようにフルトを見る。

シオンも槍を持ったまま固まっていた。

フルト自身も、振り切った木剣を見つめている。

自分でも驚いていた。先ほどまでとは明らかに違う。木剣が叩きつけられたドラム缶には、大きなへこみができていた。

血刃はそのへこみを確認すると、口元をわずかに緩める。そして、フルトへ向かって短く言った。

「少しはましになったな」


「……」

フルトは木剣を握ったまま、血刃を見る。褒められたわけではない。むしろ、血刃の言葉は相変わらず素っ気なかった。それでも――

フルトはほんの少しだけ、嬉しそうに笑った。

「はあっ!」

フルトは声を上げながら、木剣を振り下ろした。金属が大きく鳴り、ドラム缶が大きくへこむ。

しかし、それだけでは終わらない。

フルトはすぐに木剣を引き戻した。

「はあっ! はあっ!」

再び振る。そして、また振る。一撃ごとにドラム缶の表面が歪んでいく。

以前なら一度失敗すれば、それだけで手を止めていたかもしれない。だが、今のフルトは違った。何度叩いても、へこませても、まだ壊れない。それでも木剣を握る手を止めなかった。

「もう一度……!」

木剣が振り下ろされる。

「はあっ!」

さらに一撃。

フルトの額には汗が浮かび、呼吸も次第に荒くなっていく。

それでも、その目から迷いは消えていた。

その姿を見ていたエデンたちも、負けじと自分のドラム缶へ向き直った。

「俺も……!」

エデンは拳を握り直す。

すでに何度も殴り続けたことで拳には痛みが残っていた。

それでも構わず、再び拳を振り抜く。

へこんだ部分へ、さらに拳を叩き込む。

「これで……!」

金属が大きく歪む。

一方、緋山も棍棒を両手で握りしめていた。

「まだっ!」

棍棒を振り上げる。

「はあああっ!」

全身の力を乗せて振り下ろす。

ガァンッ!

何度も何度も叩き続ける。

そのたびにドラム缶は形を変えていった。

シオンも槍を構え直す。

「一点だけを狙えば……!」

シオンは最初から何度も同じ場所を突いていた。

その一点だけが、周囲より大きくへこんでいる。

「ここ!」

槍を突き出す。

「もう一度!」

そして――

槍の先端が、ついにドラム缶を貫いた。

「……開いた!」

シオンが驚いたように声を上げる。

槍の先端が、ドラム缶の向こう側へ抜けていた。

それを確認した血刃は、静かに三人を見渡す。

エデンも自分のドラム缶を見つめる。

何度も拳を叩き込んだことで、金属は大きく歪んでいる。

そして最後の一撃を叩き込むと――

鈍い音とともに、拳がドラム缶を貫いた。

「……よし」

エデンが拳を引き抜く。

緋山も最後の一撃を叩き込んだ。

大きくへこんだドラム缶が、ついに崩れるように形を変えた。

緋山は荒い息を吐きながら、その場に立っている。

「……できた」

シオンも槍を下ろした。

三人とも、疲労の色が濃い。

それでも、自分の力だけで課題を達成したことに、どこか達成感を感じていた。

血刃は三人を順番に見て、短く言う。

「……いいじゃろう」

三人が血刃を見る。

「合格じゃ」

エデンは小さく息を吐いた。

緋山は嬉しそうに拳を握る。

シオンも槍を肩に担いだ。

しかし――

まだ一人残っている。

三人の視線が、同時に訓練室の奥へ向けられた。

そこにはフルトがいる。

「はあ……はあ……」

フルトは荒い息を吐きながら、それでも木剣を握り続けていた。

目の前のドラム缶は、すでに何度も叩かれて大きくへこんでいる。

だが、まだ完全には壊れていない。

フルトは木剣を構え直した。

腕は重い。

握力もほとんど残っていない。それでも――

もう一度。

「……はあっ!」

木剣が振り下ろされる。

大きくへこむ。

「もう一度……!」

また振り上げる。

「はああっ!」

ドラム缶が大きく歪む。

血刃は何も言わずに見守っていた。

エデンたちも声をかけず、ただフルトを見つめている。

フルトは木剣を握り直した。

そして、一度だけ深く息を吸う。

「……これで」

木剣を高く振り上げる。

「終わらせる!」

全身の力を込めて、振り下ろす。

ガァァンッ!!

金属が大きくひしゃげる。

木剣がドラム缶を叩き切り、その側面が大きく裂けた。

フルトはその場で動きを止める。

目の前のドラム缶は、完全に破壊されていた。

しばらく、誰も声を出さなかった。

やがてエデンが小さく笑う。

「……やったな、フルト」

フルトは木剣を握ったまま、呆然とドラム缶を見つめていた。

そして、ゆっくりと自分の手を見る。

自分にもできた。

それは、今まで何度も「できない」と思い込んできた自分自身を、ほんの少しだけ変える一撃だった。

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