落ちこぼれ
訓練が始まった。
四人はそれぞれ自分が選んだ方法で、目の前のドラム缶へ向き合っていた。
「はあっ!」
緋山が棍棒を大きく振り上げる。
そして、全身の力を込めて振り下ろした。鈍い金属音が訓練室に響く。ドラム缶の側面が大きくへこんだ。
「よしっ!」
緋山は一度棍棒を持ち直すと、もう一度振り上げる。
「まだまだ!」
再び叩きつける。さらにへこみが深くなっていく。
一方、その隣ではエデンも素手でドラム缶に挑んでいた。
「……!」
拳を握り、身体を捻る。そして――。
拳がドラム缶へ叩き込まれた。金属が大きく歪む。エデンは拳を軽く振りながら、へこんだ部分を見る。
「……思ったより硬いな」
それでも、もう一度拳を構える。ラベジニウムによる身体強化は使えない。いつものような力は出せない。だからこそ、自分の身体だけでどこまでできるのかを確かめるように、エデンは何度も拳を叩き込んでいく。
そのさらに隣では、シオンが槍を使っていた。
「はっ!」
槍の先端をドラム缶へ突き出す。
「……くっ」
一度では大きくへこまない。
しかしシオンは諦めず、再び槍を構える。
何度も突き続ける。槍の先端が同じ場所へ集中して当たり、少しずつ金属が歪んでいく。
三人がそれぞれドラム缶を破壊しようと奮闘する中、フルトだけは武器を持ったまま立ち尽くしていた。
彼の前にあるドラム缶には、ほとんど傷がついていない。
「……」
フルトは一度、棍棒を振ってみた。しかし、ほとんどへこまない。次に槍を手に取る。何度か突いてみても、結果は同じだった。
「……駄目だ」
フルトは小さく呟く。武器を変えてみる。別の棒を使ってみる。それでも、ドラム缶はほとんど変化しなかった。自分だけが取り残されているような気がした。
「……」
フルトは武器を下ろす。視線の先に、一本の木剣があった。先ほど血刃から渡されたものと同じ、訓練用の剣。フルトはそれを見つめる。
あれなら。先ほどは、一振りだけだった。身体が自然に動いた。もしかしたら、剣ならこのドラム缶を――。
フルトは木剣へ手を伸ばしかけた。しかし、その手が止まった。脳裏に、昔の記憶が蘇る。
『お前は本当に何も出来ないな』
『ラング家の人間なのに、なんでそんなことも出来ないんだ?』
『落ちこぼれめ』
何度も聞かされた言葉。
家にいる兄弟たちから向けられた言葉だった。フルトは唇を噛む。ラング家。剣の名家。その家に生まれた以上、剣を扱えることを期待されるのは当然だった。けれど、自分にはそれができなかった。
兄弟たちが剣を振る姿を見ながら、自分だけが上手くできない。何度練習しても、思うようにいかない。失敗するたびに、自分だけが取り残されていく。
『落ちこぼれ』
その言葉が、いつの間にか自分自身の中にも染みついていた。
父も母も、そんなことは言わなかった。むしろ二人はいつもフルトを庇ってくれた。失敗しても怒らず、できなくても責めなかった。それでも――。
周囲から何度も言われ続けた言葉は、簡単には消えてくれなかった。
フルト自身が、自分を落ちこぼれだと思うようになっていたからだ。
「……僕は」
フルトは伸ばしかけた手を引っ込める。剣を握れば、また思い出してしまう。ラング家の名前。期待失敗。そして、自分は何もできないという感覚。
「……駄目だ」
フルトは俯く。その時、少し離れた場所から金属音が響いた。
緋山がドラム缶を叩いた音だった。
「まだまだ!」
続いてエデンの拳が叩き込まれる。
シオンも槍を突き出している。
三人は、それぞれ苦戦しながらも前へ進んでいた。
フルトはそんな三人を見つめる。自分だけが何もできていない。また、その感覚が胸の中に広がっていく。そしてフルトの視線は、再び木剣へ向けられた。手を伸ばせば、届く距離にある。けれど、その一歩を踏み出すことができなかった。
訓練室には、金属を叩く音が何度も響いていた。
血刃はそんなフルトの様子をしばらく黙って見ていた。
やがて、木剣へ向けられたフルトの視線に気づく。
「……何を悩んどる?」
「え……」
フルトが顔を上げる。
血刃はフルトの視線を追い、その先にある木剣を見る。
「剣が気になるんじゃろ」
フルトは少しだけ黙った。
そして、小さく頷く。
「……はい」
「振りたいなら振ればいい」
血刃の言葉はあまりにも簡単だった。
まるで、悩む必要など最初からないと言っているようだった。
しかしフルトは、すぐには木剣へ手を伸ばさない。
「でも……」
俯いたフルトの声が小さくなる。
「やっぱり、剣は怖くて」
その言葉を聞いた瞬間、エデンの拳が止まった。
ドラム缶へ振り下ろす直前だった拳を下ろし、エデンはフルトを見る。
緋山とシオンも手を止めた。
血刃だけは、静かにフルトを見つめている。
「今さっき剣振ったじゃろ」
「す……素振りでしたから」
フルトは木剣を見つめる。
「何かに当てるのは……」
そこで言葉が途切れた。
フルトは木剣から目を逸らす。
「家での鍛錬を思い出して……」
その声には、苦しさが混じっていた。
家で剣を振っていた頃。
周囲から期待され、それに応えられず、何度も失敗した記憶。
剣を握るたびに、自分が落ちこぼれだと思い知らされるような感覚。
ただ振るだけなら、まだできる。
けれど、何かに向かって剣を振り下ろそうとすると、その記憶が蘇ってくる。
フルトは両手を強く握った。
「剣を持つと……また、あの頃のことを思い出しそうで」
訓練室が静かになる。
エデンはフルトを見つめたまま、何も言わなかった。
血刃もすぐには口を開かなかった。
ただ、フルトの言葉を聞き終えるまで、じっと待っていた。




