ドラム缶
血刃は木剣を手にしたまま、フルトから視線を外した。
そして今度は、訓練室の反対側に立っているエデンたちへ目を向ける。
「もちろん、付いてくるお前達もじゃ」
「俺たちも?」
エデンが少し驚いたように聞き返す。
血刃は頷いた。
「任務までの残り二日で、お前達を見違えるほど強くしてやろう」
その言葉に、緋山の目が一気に輝いた。
「見違えるほど……強く!」
思わず身を乗り出す緋山。
その表情には、先ほどまでの疲れなどほとんど残っていなかった。
エイリヲルの名を聞いて以来、緋山は強くなることを求めている。
自分の故郷を奪った存在。
いつか自分の手で立ち向かうためにも、今のままではいられない。
そんな思いが、血刃の言葉によってさらに刺激されていた。
一方、シオンは少し疑わしそうな顔をする。
「そんなこと出来るの?」
「出来る」
血刃は即答した。
「ただし、二日で何でも出来るようになるわけじゃない」
血刃はそう言いながら、訓練室の隅へ歩いていく。
「まずは基礎からじゃ」
訓練室には、様々な訓練器具が置かれている。
その中から血刃が目を付けたのは、壁際に並べられていた大きなドラム缶だった。
血刃はそのうちの一つを掴む。
「これを使う」
「……これ?」
エデンが目を向ける。
血刃はドラム缶を一つ持ち上げると、訓練室の中央へ運んだ。
続けて二つ、三つと運び、最後に四つ目を並べる。
金属製のドラム缶が四つ、訓練室の床に並んだ。
その大きさはかなりのものだった。
シオンがドラム缶を眺める。
「これは?」
エデンも不思議そうに尋ねる。
「何に使うんですか?」
血刃は腕を組んだ。
「わしがこのために買っておいた」
「買ったんですか、これ……」
エデンがドラム缶を見る。
どうやら昨日の時点で、今日の訓練まで想定していたらしい。
血刃は四人を順番に見渡す。
「お前達には、これを能力を使わずに破壊してもらう」
「……え?」
フルトが思わず声を漏らした。
四人の視線がドラム缶へ集まる。
鉄でできた頑丈な容器。
それを、能力なしで破壊する。
普通に考えれば簡単なことではない。
血刃はさらに条件を付け加えた。
「ラベジニウムによる身体能力の強化もなしじゃ」
エデンの表情が変わる。
ラベジニウムを使えば、普段より強い力を出すことができる。
しかし、それすらも禁止。
完全に自分自身の身体だけで破壊しろということだった。
「じゃあ、どうやって……」
シオンがドラム缶を見つめる。
血刃は訓練室の端に置かれていたケースを指差した。
「そのケースにラベジニウムを入れとけ」
「分かりました」
エデンがケースを確認する。
四人はそれぞれ、自分のラベジニウムをケースへ収めていく。
これで能力も、ラベジニウムによる身体強化も使えない。
血刃はそれを確認すると、今度は訓練室の奥に置かれた物へ視線を向けた。
「ただし、それ以外なら何を使おうがかまわん」
「何を使っても?」
エデンが聞き返す。
血刃は頷く。
「武器の類は用意しておいた」
そう言って、血刃は壁際に置かれたケースを開いた。
中には訓練用の武器がいくつも収められていた。
木製の棒。刃を潰した模造刀。その他にも、様々な道具が並んでいる。
エデンはそれらを見ながら、ドラム缶へ視線を戻した。
「つまり、自分の能力やラベジニウムに頼らずに、どうやってこれを壊すかを考えろってことですね」
「その通りじゃ」
血刃は満足そうに頷く。
「戦いというのはな、能力を使えば勝てるとは限らん」
四人は黙って血刃を見る。
「能力を封じられた時、自分に何が残っているのか」
血刃は四つのドラム缶を指差した。
「それを知るための訓練じゃ」
訓練室の空気が少し変わった。
さっきまでの鍛錬とは違う。
これは単純な筋力勝負ではない。
自分が持っているものを理解し、それをどう使うかを考える訓練だ。
緋山は拳を握る。
「やります」
その声には迷いがなかった。
シオンもドラム缶を眺めながら、少し考える。
「……頭を使う」
「そういうことじゃ」
フルトは不安そうにドラム缶を見る。
「これ……本当に壊せるんでしょうか」
血刃は笑った。
「それをこれから確かめるんじゃ」
エデンも一つのドラム缶の前に立つ。
ラベジニウムも能力もない。
いつもの自分とは違う状態だ。
それでも、やるしかない。
エデンは拳を握る。
「よし……」
四人の前に並ぶ、四つのドラム缶。
二日後にはブウタ地区での任務が待っている。
そこへ向かうための最初の鍛錬が、今始まろうとしていた。
訓練室に用意された武器を前に、四人はそれぞれ自分に合いそうなものを探していた。
血刃は少し離れた場所で腕を組み、その様子を黙って見ている。
「好きなものを選べ。自分が一番扱いやすいと思うものを使えばいい」
その言葉を聞いて、緋山は並べられた武器を一つずつ見ていった。
刀、槍、木剣、棍棒。
その中から、緋山が手に取ったのは一本の棍棒だった。
「私はこれにします」
両手で握り、軽く振ってみる。
空気を切る音が訓練室に響いた。
緋山は何度か振りながら、感触を確かめる。
「うん……これなら使えそうです」
血刃は黙って頷いた。
「よかろう」
その隣では、シオンが槍を手に取っていた。
長い柄を握り、何度か前へ突き出してみる。
「ぼくはこれかな」
槍の扱いを確認しながら、シオンはドラム缶へ視線を向ける。
「これなら距離を取って攻撃できそう」
「自分に合うものを選ぶのも鍛錬のうちじゃ」
血刃がそう言う。
一方、エデンは武器を手に取ろうとはしなかった。
並べられた武器を眺めてはいるものの、どれにも手を伸ばさない。
緋山が気づいて声をかける。
「エデン先輩は選ばないんですか?」
「うん
エデンはドラム缶を見る。
「俺は素手でやってみる」
「素手……」
シオンが少し驚く。
エデンは自分の拳を見つめた。
普段ならラベジニウムの力に頼ることもできる。
しかし今は、それができない。
だからこそ、自分の身体だけでどこまでやれるのか試してみたかった。
「武器を使うより、こっちの方がやりやすい気がする」
血刃は何も言わず、エデンを見つめていた。
そして最後に、フルトへ視線を向ける。
フルトは武器の前で困ったように立っていた。
「……」
刀を見て、槍を見る。
棍棒を見て、木剣を見る。
しかし、どれにも手を伸ばせない。
「どうした?」
血刃が尋ねる。
「いえ……」
フルトは困ったように笑った。
「何にすればいいのか、決められなくて……」
「剣は使わないのか?」
フルトは木剣へ視線を向ける。
先ほど握った時の感触が、まだ手に残っていた。
けれど、すぐに視線を逸らす。
「……剣は」
そこまで言って、口を閉じる。
血刃はその様子を見ていたが、急かすことはしなかった。
「焦って決める必要はない」
「……はい」
フルトはもう一度、並べられた武器を見渡す。
自分に何が合っているのか。
何なら、このドラム缶を壊せるのか。
そして何より――自分は何を使って戦いたいのか。
まだ、その答えは出ていなかった。




