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エデン  作者: ko-da
第2部 5章 恐怖と剣編

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母と同じ

血刃は訓練室の中央に立つフルトをじっと見つめていた。

先ほどまでの騒がしさが嘘のように、訓練室には静かな空気が流れている。

エデン、緋山、シオンも少し離れた場所から二人の様子を見ていた。

血刃は周囲を見回すと、訓練室の壁際へ視線を向けた。

そこには訓練用の木剣が何本か立てかけられている。

血刃はその中から一本を手に取った。

「フルト」


「は、はい」

フルトが顔を上げる。

血刃は木剣を軽く持ち上げると、フルトへ向かって投げた。

「お前はこれを振ってみろ」


「えっ」

フルトが慌てて両手を出す。

木剣は回転しながら飛んできたが、フルトはなんとかそれを受け止めた。ずしりと両手に重さが伝わる。

フルトは何も言わず、手元の木剣を見つめた。木で作られた簡素な剣。

本物の刀とは違う。それでも、剣という形をしたものを手にした瞬間、フルトの表情が少しだけ変わった。先ほどまでの怯えた様子とは違う。どこか懐かしそうに、そして寂しそうに木剣を見つめている。血刃はそんなフルトを見ながら言った。

「構えろ」


「……はい」

フルトは木剣を握り直した。

そして、ゆっくりと足を開く。

身体の向きを整え、剣を構える。

その動きは、先ほどまでのフルトからは想像できないほど自然だった。

エデンは目を細める。

(……様になってる)

初めて木剣を渡された人間の構えには見えない。

身体の軸。

足の位置。

剣を握る手。

どれも不自然なところがなかった。

エデンの頭の中から、ケイの声が響く。

『初めて触れたようには見えない』


(やっぱりケイもそう思う?)


『ああ』

エデンは黙ってフルトを見つめる。

一方、緋山は驚いたように目を輝かせていた。

「すごい、剣使えるんだ!」

シオンも意外そうな顔をする。

「使ったことあるの?」

フルトは二人の質問に、少しだけ頷いた。

「まあ......はい」

その返事には、どこか歯切れの悪さがあった。

フルトは木剣を握ったまま、自分の手元へ視線を落とす。

「だって僕の家系、ラング家は……」

一瞬だけ言葉を止める。

そして、静かに続けた。

「剣の名家と言われてますから」

その言葉を聞いたエデンは、昨日のことを思い出す。

血刃がフルトの苗字を聞いた瞬間に反応したこと。

そして、フルトを鍛えたいと言ったこと。

やはり血刃とラング家には何か繋がりがある。

だが、フルト自身はその家名を口にした途端、少し悲しそうな目をしていた。

誇らしげに語っているようには見えない。

むしろ、その名前を背負うことに何か思うところがあるようだった。

シオンもその表情に気づいたのか、それ以上は何も聞かなかった。

緋山も口を閉じる。訓練室に、短い沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは血刃だった。

「……そうじゃな」

血刃は小さく呟く。

そして、フルトの構えを見ながら口元を緩めた。

「ならば、話は早い」


フルトが顔を上げる。

「振ってみろ」


血刃の声が訓練室に響く。

「わしの合図で一振りじゃ」

フルトは木剣を握り直した。

先ほどまで浮かんでいた悲しげな表情が消える。

目の前の木剣だけを見る。

「……はい」

血刃はフルトの姿勢を確認する。

そして――。

「振れ!」

その声と同時に、フルトの身体が動いた。

木剣が空気を切る。一閃。鋭い音が訓練室に響いた。

エデンは思わず目を見開いた。

緋山も驚いている。

シオンも言葉を失っていた。

そして血刃だけが、満足そうに目を細めていた。

フルトは振り切った姿勢のまま、木剣を見つめる。自分でも少し驚いているようだった。まるで身体が勝手に動いたかのように。その手に握られた木剣は、フルトにとってただの訓練道具ではなかった。

その剣を握ることが当たり前だった頃の記憶。そして、その家の名前を背負っていた頃の記憶。それらが一瞬だけ、フルトの中に蘇っていた。フルトは静かに木剣を下ろす。

血刃はそんな彼を見つめながら、何かを確信したように呟いた。

「……やはりな」

フルトはその言葉の意味を知らない。

ただ、自分の手に残る木剣の感触だけを感じていた。

フルトはしばらく木剣を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

そして、両手で持っていた木剣を急いで血刃へ差し出す。

「け……剣はいいです」

血刃は差し出された木剣を受け取る。

「家でも落ちこぼれだったし……」

フルトは俯いたまま続けた。

「ラング家だから、剣の腕に期待してたみたいですけど……僕には使えません」

その言葉には、諦めにも似た響きがあった。

先ほど一振りした時の姿は、確かに様になっていた。

エデンたちから見ても、初めて剣を握った人間には見えなかった。

それでもフルト自身は、自分に剣の才能があるとは思っていない。

むしろ、剣を振ることそのものを避けているようだった。

そんなフルトを見て、血刃は眉をひそめる。

「何を言っとる」


「……え?」

血刃は木剣を手にしたまま、フルトをまっすぐ見つめた。

「そもそもわしは、お前の実力には少しも期待していない」


「……」

あまりにもはっきりと言われ、フルトは言葉を失う。

緋山もシオンも、思わず血刃を見る。

しかし血刃の表情には、フルトを馬鹿にしているような様子はなかった。

ただ、本当にそう思っているだけだった。

血刃は続ける。

「わしは、お前があいつに似とるから鍛えようと思ったんじゃ」


「……あいつ?」

フルトが顔を上げる。

その名前を聞いた瞬間、血刃の表情が少しだけ柔らかくなった。

「お前の母、ラング・アンネじゃよ」


「……っ」

フルトの目が大きく開かれる。

その名前を聞いた瞬間、胸の奥が強く揺さぶられた。

母。ラング・アンネ。

フルトにとって、それは決して遠い存在ではない。けれど、ECOに入ってからも母について詳しく話したことはほとんどなかった。

フルトがECOに入った理由。それは、自分と同じように剣の扱いがうまくなかった母が、それでもECOの隊員として戦っていたことを知ったからだった。

ラング家。剣の名家。

そんな家に生まれながら、フルトは剣を使うことに自信を持てなかった。

周囲から期待されることが怖かった。家名に見合わない自分を、何度も意識させられた。

だからこそ、母が剣を使わずにECOで戦っていたことを知った時、フルトは一つの道を見つけたような気がした。

ECOなら。ECOの隊員なら。剣を使えなくてもいい。剣以外の力で、人を守ることができる。それが、フルトがECOへ入る理由の一つだった。

その母を、目の前の血刃は知っている。しかも、ただ知っているだけではない。

「お母さんと……会ったことがあるんですか?」

フルトの声が少し震える。

血刃は当然のように頷いた。

「会ったも何も」

血刃は木剣を肩に担ぐ。

「アンネはわしの弟子じゃった」


「……え?」

フルトは完全に固まった。

エデンたちも驚いていた。

昨日から続いていた血刃とラング家の繋がり。

それが今、はっきりと形になった。

血刃はフルトを見ながら、昔を思い出すように目を細める。

「お前と同じようなやつじゃったぞ」


「母さんが……僕と?」


「ああ」

血刃は頷く。

「初めて会った時は、あいつも戦うのが怖いって言っとったの」

その言葉を聞いた瞬間、フルトは何も言えなくなった。

自分と同じだった。

剣の名家に生まれながら、戦うことを怖がっていた。

それでもECOに入り、戦っていた。

フルトの胸の中で、何かがゆっくりと動き始める。

自分がずっと抱えていた疑問。

なぜ母は、あんなにも強く生きられたのか。

なぜ自分は、母のようになれないのか。

その答えを、目の前の男が知っている。

血刃はそんなフルトを見つめていた。

「だから、お前を鍛える」


「剣の腕を磨くためじゃない」

血刃は木剣を握り直す。

「アンネと同じように、怖くても前へ進めるようにな」

フルトは俯いた。

母も、最初から強かったわけではなかった。

自分と同じように、戦うことを怖いと思っていた。

その事実が、今まで知らなかった母の姿を少しだけ近く感じさせた。

そしてフルトは、もう一度血刃を見る。

先ほどまでとは違う目で。

「……母さんは」

フルトは静かに尋ねた。

「どうやって、怖さを乗り越えたんですか?」

血刃は少しだけ笑った。

「それを知りたいなら――」

木剣を肩から下ろす。

「二日間、みっちり付き合ってもらうぞ」

フルトは息を呑んだ。

怖い。

やっぱり怖かった。

けれど今は、その恐怖の先にいる母の姿を知りたいと思った。

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