仲間と行けば
エデンと緋山は、教室に残っていたシオンとフルト、そして血刃の様子を見ながら、何が起きているのかを理解できずにいた。
先ほどまで訓練室にいた二人にとっては、教室の空気が妙に変わっているように感じられた。
特にフルトは、どこか落ち着かない様子で血刃から距離を取っている。
一方のシオンは、フルトを庇うような位置に立っていた。
エデンは首を傾げる。
「何かあった?」
シオンは少し迷ったあと、先ほどまでの出来事を二人に説明した。
三日後にブウタ地区で任務があること。血刃が同行する隊員を探していること。そして、その隊員としてフルトを誘ったこと。フルトがそれを断ったこと。
さらに、血刃がフルトの苗字――ラングを知っていたこと。話を聞いていくうちに、エデンの視線が自然とフルトへ向いた。
フルトは気まずそうに俯いている。
「なるほど」
エデンは腕を組みながら、少し考えた。
そして、フルトの前まで歩いていく。
「フルト」
「は、はい」
フルトは顔を上げた。
エデンは責めるような表情をしていなかった。
ただ、フルトの気持ちを確かめるように、静かに尋ねる。
「行きたくないのは怖いからだよね?」
「......はい」
フルトは小さく頷いた。
先ほど血刃にも同じことを言った。けれど、エデンに改めて聞かれると、どうしても自分の弱さを認めているような気がして、少しだけ気まずかった。
「それは、エイリ星人と戦うのがまだ怖いから?」
「はい」
フルトは一度だけ息を吸った。そして、自分の胸の内を言葉にする。
「それにまだ僕は強くないし、一人じゃ心細くて」
その声は小さかった。けれど、嘘ではなかった。
フルトは自分が弱いことを知っている。
戦いになれば足が竦む。誰かに命令されても、恐怖で身体が動かなくなることがある。
三日後に任務へ行けと言われても、素直に頷くことはできなかった。ましてや、詳しいことも分からない場所で、エイリ星人と戦うかもしれない。そんな状況を想像するだけで、身体が強張ってしまう。
エデンはフルトの話を黙って聞いていた。
そして、少しだけ考える。
フルトが怖がっていること。強くないと思っていること。一人で行くことに不安を感じていること。それらは、どれも無理のないことだとエデンは思った。
自分だって最初から怖くなかったわけではない。
エイリ星人との戦いで恐怖を感じたことはある。仲間を失うことも怖かった。だからこそ、フルトの気持ちを否定するつもりはなかった。
エデンは少しだけ笑った。
「じゃあ俺も行くよ」
「え?」
フルトが目を丸くする。
シオンも驚いたようにエデンを見る。
「エデン?」
「フルトが一人じゃ心細いなら、一人じゃなくせばいいんじゃない?」
エデンはそう言った。
あまりにも簡単な答えだった。けれど、その言葉を聞いたフルトの表情は、ほんの少しだけ変わった。
「エデンさんも......?」
「うん」
エデンは頷く。
「三日後なんでしょ?」
血刃は黙って二人のやり取りを見ていた。何か口を挟むこともなく、ただ静かに様子を眺めている。
エデンはフルトへ続ける。
「怖いままでもさ、よく一緒にいる誰かとなら行けるかもしれないでしょ?」
フルトは黙ってエデンを見る。
その言葉は、先ほど血刃から聞いたものとは少し違っていた。
血刃は怖いことを悪いとは言わなかった。エデンは、怖いままでも前へ進めばいいと言っている。フルトは俯き、自分の手を見る。まだ震えが残っている。それでも、先ほどまで感じていた孤独な恐怖は少しだけ薄れていた。
「......」
その横で、緋山もフルトを見つめていた。
そして、エデンの言葉を聞きながら、自分が先ほど訓練室で言ったことを思い出す。
エイリヲルは故郷の仇。
だから強くならなければならない。
自分一人で背負おうとしていたものを、エデンは当たり前のように誰かと一緒に背負おうとしている。
緋山は何も言わなかった。
ただ、エデンの横顔を見ていた。
血刃はそんな二人の様子を静かに眺めていた。
そして、フルトへ視線を戻す。
「......」
フルトはまだ迷っていた。怖い。戦うことが怖い。自分が足手まといになることも怖い。
それでも――
「エデンさんが一緒なら......」
フルトが小さく呟く。
エデンはその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
「うん」
短い返事だった。
けれど、それだけで十分だった。
教室の空気が、ほんの少しだけ変わった。
三日後のブウタ地区。
そこへ向かうことになる者が、少しずつ決まり始めていた。
そしてフルトにとっては、自分が恐れていたものと向き合うための最初の一歩になる。
まだ、本人はそのことに気づいていない。ただ今は――。
一人ではない。
その事実だけが、フルトの胸に残っていた。
血刃は、しばらく黙って四人の様子を眺めていた。
フルトは未だに戸惑った表情を浮かべている。
シオンはそんなフルトの隣に立ち、エデンと緋山もその様子を見ていた。
やがて血刃は、小さく頷いた。
「いいじゃろう。数は多い方がいい」
「え?」
フルトが顔を上げる。
血刃はエデンたちを見渡した。
「お前達、その様子だと任務もないんじゃろ?」
「まあ……そうですね」
エデンが答える。
先ほどまでパトロールなどはいくつかあったものの、現在のところ緊急の任務は入っていない。
血刃はそれを聞くと、当然のように言った。
「なら、三日後までの間鍛えてやる」
「三日間……」
シオンが呟く。
血刃は腰に手を当てながら、四人を見回した。
その目は先ほどまでとは少し違っていた。
まるで、これから自分が教える相手を品定めしているようだった。
しかし、すぐに何かを思い出したように顎へ手を当てる。
「……まあ」
血刃は少し考える。
そして、意外なことを口にした。
「今日の所は休め」
「え?」
フルトがまた驚く。
血刃はそんなフルトを見て笑った。
「鍛錬は明日からじゃ」
そう言うと、血刃は教室の出口へ向かって歩き出した。
「じゃあの」
「え、あの……」
フルトが呼び止めようとする。
しかし血刃は振り返らない。
そのまま扉を開け、廊下へ出ていく。扉が閉まる。
教室に、静けさが戻った。
血刃の足音が廊下の向こうへ遠ざかっていく。しばらくして、その足音が聞こえなくなると――
血刃は廊下を歩きながら、小さく笑った。
「ははは、やっぱりあいつの息子じゃな」
誰に聞かせるでもない呟きだった。血刃はそれ以上何も言わず、そのまま廊下の奥へと消えていった。
教室には、エデン、緋山、シオン、フルトの四人が残された。
四人とも、しばらく扉を見つめている。
最初に口を開いたのはフルトだった。
「……よく分からないけど、気に入られちゃった……」
自分でも信じられないといった顔だった。
シオンは苦笑する。
「そうみたいだね」
「ぼ、僕はただ怖いって言っただけなんですけど……」
フルトは困ったように頭を掻く。むしろ、怖いと正直に答えたことで気に入られたことの方が理解できなかった。
エデンも血刃が出ていった扉を眺めていた。そして、ふと口にする。
「ブウタ地区か……」
その言葉に、緋山もエデンを見る。
「アモリス地区の近くですよね?」
「うん」
エデンは頷いた。腕を組み、少し考える。
「エリア指定されてる場所に行くんだろうけど、どこに行くんだろう?」
「確かに……」
シオンも考え込む。
「血刃さん、ブウタ地区で任務があるって言ってましたけど、詳しいことは何も言ってませんでしたね」
「そうなんだよね」
エデンは首を傾げる。
フルトは二人の会話を聞きながら、少しだけ不安そうな顔をした。
「……任務の内容、聞かなくても大丈夫なんでしょうか」
「明日聞けばいいんじゃない?」
エデンはあっさり答える。
「その時に鍛えてもらうんだし」
「そ、そうですか……」
フルトは小さく頷いた。
それでも、胸の奥には不安が残っている。
三日後にはブウタ地区へ向かう。
そこには何が待っているのか。
そして、血刃が自分を鍛えると言った理由は何なのか。
何より――。
「ラング家の関係者」
その言葉が、フルトの頭から離れなかった。
血刃が自分の苗字を知っていた理由。
自分の家と血刃がどんな関係にあるのか。
それだけは、まだ何も分かっていない。
フルトは知らず知らずのうちに、自分の手を握りしめていた。
その隣で、エデンもまた窓の外へ視線を向ける。
三日後。
ブウタ地区。
そして血刃虎三。
まだ何も始まってはいない。
それでも、この出会いがこれから起こる出来事の前触れであることを、四人はまだ知らなかった




