血刃虎三
血刃はシオンとフルトを交互に見た。
二人の様子を見ていると、どうやら自分がここへ来た目的をまだ詳しく話していなかったことを思い出したらしい。腰に下げた刀を軽く揺らしながら、血刃は口を開いた。
「三日後にブウタ地区で任務がある....わしらに同行する隊員を探しとってな」
「ブウタ地区で?」
シオンが聞き返す。
血刃は頷いた。
「そうじゃ」
そして、血刃はフルトへ視線を向ける。その目を向けられた瞬間、フルトの肩がわずかに跳ねた。
「折角ならフルト、お前を連れて行こうと思ったんじゃ」
「え.....ぼ、僕が?」
フルトは自分を指差した。まさか自分が選ばれるとは思っていなかった。
ましてや、先ほど初めて会ったばかりの人物から突然任務に誘われるなど、想像すらしていなかった。
「何で、ですか?」
血刃は少しだけ目を細める。
「お前、苗字はラングじゃろ?」
「――!」
フルトの表情が変わった。
一瞬、息が止まった。ラング・フルト。それが彼の本当の名前だった。
普段、フルトは自分から苗字を名乗ることはほとんどない。ECOの中でも、その名前を知っている者は限られている。自分がラング家の人間であることを、必要以上に知られたくなかったからだ。
だからこそ、目の前の老人がその名前を知っていることに驚きを隠せなかった。
「ラング家の関係者ですか?」
フルトは恐る恐る尋ねた。
血刃は少しだけ間を置いてから答える。
「まあな」
その短い返事だけで、フルトの中にいくつもの疑問が浮かんだ。
ラング家と、この男はどういう関係なのか。
なぜ自分のことを知っているのか。
そして――なぜ自分を任務へ連れて行こうとしているのか。
だが、血刃はそんなフルトの疑問を深く説明するつもりはないようだった。
「それでどうする?行くか行かないかを決めろ」
あまりにもあっさりとした問いだった。
フルトは俯いた。頭の中では、すでに答えが出ていた。
「い、行きません」
「ほう」
血刃は眉を上げる。
断られることを予想していなかったわけではないらしい。
それでも、その表情に怒りはなかった。ただ、フルトの答えを受け止めるだけだった。
「それは何故じゃ?」
「こ、怖いからです」
フルトは正直に答えた。
自分でも情けないと思っていた。任務が怖い。戦うことが怖い。強い敵と向き合うことが怖い。そして何より、自分が誰かを守れるほど強くないことが怖かった。
だから、無理に格好をつけることはできなかった。しばらく沈黙が流れる。
フルトは目を閉じる。きっと怒られる。小心者だと馬鹿にされるかもしれない。ECOの隊員ならそれくらいの覚悟を持て、と叱責されるかもしれない。そう思っていた。だが――。
「はははは!」
突然、血刃が大声で笑った。
「え?」
フルトが目を開く。
血刃は腹を抱えるようにして笑っていた。
「そうか怖いか!」
「そうかそうか」
「え、ええ」
フルトは呆気に取られた。
思っていた反応とまるで違う。
怒られるわけでもない。
馬鹿にされるわけでもない。
ただ、血刃は面白そうに笑っている。
「気にいったぞ、フルト」
「え?」
血刃は一歩、フルトへ近づいた。
「一緒に来い、鍛えてやろう!」
「え、ちょ、ちょっと!」
フルトは反射的に後ずさる。
だが、血刃は構わず近づいてくる。
その歩みはゆっくりだった。それなのに、フルトには妙な迫力が感じられた。
「怖いから行きたくない」
「だからこそ鍛えるんじゃ」
「い、いや、それは......」
フルトがさらに後ろへ下がる。背中が机にぶつかった。逃げ場がなくなる。
血刃は目の前まで来ると、フルトを見下ろした。
「怖いと思うことは悪いことではない」
「......」
「怖くないふりをする者より、よほど正直じゃ」
フルトは何も言えなかった。
血刃の言葉は、自分がこれまで言われてきたものとは違っていた。怖がる自分を否定されない。弱い自分を笑われない。それどころか、それを理由に鍛えると言っている。それでも、フルトにとっては恐ろしいものは恐ろしい。血刃が再び一歩近づく。
「さあ、来い」
「ひっ......」
フルトが身を縮める。
その瞬間だった。二人の間にシオンが入り込んだ。
「フルトが嫌だって言ってる.....無理矢理は良くない」
血刃が足を止める。
シオンはフルトを庇うように立っていた。その目にははっきりとした警戒が浮かんでいる。
「任務に同行する隊員が欲しいなら.....」
シオンは血刃を真っ直ぐ見つめた。
「ぼくが行く」
「シオンさん......」
フルトが小さく呟く。
血刃はシオンを見つめた。
「お前が?」
「うん」
シオンは頷く。
「フルトが行きたくないなら、ぼくが代わりになる」
血刃はしばらく黙っていた。
そして、シオンの顔をじっと観察する。その時だった。廊下から足音が聞こえてきた。
一つではない。二人分の足音だった。
「......?」
シオンが振り返る。
教室の扉が開いた。
「終わったー」
入ってきたのはエデンだった。
その後ろから緋山も入ってくる。
二人とも訓練を終えたばかりだった。額には汗が浮かび、息も少しだけ上がっている。
緋山は教室の中にいるシオンとフルトを見つける。そして、その二人の前に立つ見知らぬ老人へ視線を向けた。
「シオン先輩とフルトに.....あなたは?」
緋山の問いに、老人はゆっくりと振り返った。
その顔には、先ほどと変わらない落ち着きがある。白髪交じりの短髪。深く刻まれたしわ。長い年月を戦いの中で過ごしてきたことを思わせる目。そして腰には、一本の刀。
血刃は緋山を一瞥すると、簡潔に名乗った。
「血刃虎三、ここの隊員じゃ」
「血刃......」
エデンもその名前を聞いて、老人の姿を見つめる。どこか普通の隊員とは違う。そんな印象を受けた。ただそこに立っているだけなのに、妙な重みがある。長年の経験が身体そのものに染みついているようだった。
緋山もまた、血刃の腰にある刀へ視線を向ける。
「刀......」
小さく呟く。その視線に気づいた血刃は、腰の刀へ一度だけ手を添えた。
「これが気になるか?」
「はい」
「古い刀じゃ」
そう言って血刃は笑う。
「じゃが、まだ使える」
その言葉に、フルトは再び血刃の刀を見た。
なぜか、その刀から目を離せなかった。
自分が避け続けてきたものが、少しずつ目の前に現れているような気がした。
シオンはそんなフルトの様子に気づき、ちらりと振り返る。
フルトは困ったような顔をしていた。
「......」
エデンはその場の空気を見ながら、何が起きているのかを理解しようとする。
すると血刃がエデンへ目を向けた。
「お主がエデンか?」
「え?」
突然名前を呼ばれ、エデンは目を丸くした。
血刃はその反応を見て、わずかに口元を緩める。
「なるほどな」
「何がですか?」
「いや、何でもない」
そう言うと、血刃は再びフルトへ視線を戻した。
フルトはその視線から逃げるように、わずかに顔を逸らした。




