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エデン  作者: ko-da
第2部 5章 恐怖と剣編

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老兵

緋山は自分の拳を見つめていた。強く握りしめた拳は、わずかに震えている。

それは疲労によるものなのか、それとも別の感情によるものなのか、エデンには分からなかった。

ただ、その拳を見つめる緋山の目だけは、先ほどまでとは明らかに違っていた。

「エイリヲルは私の故郷の仇なんです」

静かな声だった。けれど、その言葉の奥には、長い間抱えてきたものが滲んでいた。故郷。そこで暮らしていた人々。そこで過ごしていた時間。それらを奪った存在が、今もどこかで生きているかもしれない。その事実を知った直後なのだ。

「だから....」

緋山はそこで言葉を止めた。何を言おうとしているのか。

エデンには、なんとなく分かっていた。強くなりたい。仇を討ちたい。自分の手で決着をつけたい。そんな思いが、緋山の中にあるのだろう。エデンは緋山の横顔を見ながら、ゆっくりと口を開いた。

「なら強くならなきゃね」


「......はい」

それ以上、二人は言葉を交わさなかった。

訓練室には、二人が動く音だけが響いていた。

拳が空気を切る音。床を踏み込む音。呼吸が乱れる音。

緋山は何度も拳を繰り出し、エデンもそれに合わせるように身体を動かしていく。先ほどまでよりも明らかに緋山の動きは激しくなっていた。一撃一撃に力がこもっている。まるで、自分の中にある何かを拳に乗せているようだった。

エデンはそんな緋山を止めなかった。今は止めるべきではないと思った。強くなりたいと思う気持ちを、無理に抑える必要はない。ただ、焦りすぎれば足元をすくわれる。それだけは、エデン自身が何度も経験してきたことだった。しばらくして、二人は動きを止めた。

「......」

「......」

訓練室に沈黙が落ちる。

緋山は荒い息を整えながら、再び自分の拳を見つめた。その姿を見ているうちに、エデンの脳裏に別の人物が浮かんできた。

ジエル。少し前まで、この場所にいた仲間。

いつも怒っているように見えて、誰よりも真っ直ぐで、誰かが傷つけば迷わず前に出る男。

そんなジエルもまた、故郷を奪われていた。エイリワスによって。ジエルの家族。そして、彼が大切にしていたもの。エイリワスはそれらを奪った。

ジエルはその仇を追い続け、そして最後には、自分一人でエイリワスと戦いに行った。その戦いのあと、ジエルはいなくなった。生死すら分からない。

エデンはずっと、ジエルは生きていると信じていた。今もその気持ちは変わっていない。けれど、目の前で故郷の仇について語る緋山を見ていると、どうしてもジエルのことを思い出してしまう。

似ている。そう思った。奪われたものは違う。生きてきた場所も、経験してきたことも違う。それでも、故郷を奪った存在を前にして、それでも前に進もうとしているところだけは、どこかジエルと重なって見えた。

エデンは拳を握った。

「俺ももっと強くならないとな.....誰もいなくならないように」

その呟きは、緋山には届かなかった。

緋山は再び訓練に戻っていた。

エデンもまた、その隣に立つ。

二人はそれ以上何も言わず、再び拳を振るい始めた。


一方その頃。

教室には、重い沈黙が残っていた。

ホワイトが話した内容は、誰にとっても簡単に受け止められるものではなかった。

未来を見ることができる。

その未来には、世界がエイリ星人によって大きな混乱に陥る可能性がある。

そして、その未来を変える鍵になるかもしれない人物がいる。

エデン。

亜爆。

ジエル。

そして、今はドロイもその可能性の一人だという。

さらに――エイリヲル。

三十年前にECOが大きな犠牲を払って退けた存在。

そのエネルギーによって、現在のエリア・デイゴンが生まれた。

そこに今もエイリヲルがいる可能性がある。

あまりにも多くの情報が、一度に与えられていた。

シオンはしばらく何も言わず、机の上に置かれた自分の手を見つめていた。

「未来が分かる....そんなことあるんだ」

独り言のような声だった。

隣にいたフルトも、何かを考えるように俯いている。

そして、小さく呟いた。

「エイリヲル...」

その名前を口にしただけで、教室の空気が少しだけ変わった気がした。

亜爆は椅子から立ち上がる。

「取り敢えず今日は寮に戻ります」

いつもの落ち着いた口調だった。

だが、普段より少しだけ声が低かった。

「色々考えることもありますし」

そう言って、亜爆は教室を出ていく。

ドロイもその後を追うように立ち上がった。

「俺も戻ります」


「さようなら」

亜爆が手を上げる。

ドロイも軽く頭を下げると、二人はそのまま廊下へ消えていった。

しばらくして、ナロクとグラスもそれぞれ教室を出ていく。

残されたシオンとフルトは、静かになった教室を見回した。

先ほどまで何人もの隊員がいた場所が、急に広く感じられる。

シオンは小さく息を吐いた。

「ぼくたちも帰る?」


「はい」

フルトが頷く。

二人は席を立ち、教室の出口へ向かった。

シオンが先に扉へ手を伸ばす。

その瞬間だった。

ガチャッ。

扉が外側から開いた。

「えっ」

シオンが避ける間もなく、入ってきた人物と肩がぶつかった。

「痛っ」

シオンの身体が後ろへ倒れる。

床に手をつき、そのまま尻餅をついた。

「シオンさん、大丈夫ですか?」

フルトがすぐに駆け寄る。


「う、うん。大丈夫」

シオンは手をつきながら立ち上がろうとした。

そして、フルトと共に顔を上げる。

そこに立っていたのは、一人の老人だった。

白髪交じりの短髪。顔には深いしわが刻まれている。背筋は完全に曲がっているわけではない。むしろ、年齢を感じさせながらも、その立ち姿には妙な芯があった。長年の戦場を生き抜いてきた者だけが持つような、静かな圧。身につけているECOの制服にも、長い年月を感じさせる雰囲気があった。まさに老兵。そんな言葉が似合う男だった。

老人は倒れたシオンを一瞥すると、特に慌てる様子もなく口を開いた。

「ここにおったか...」


「へ?」

フルトは気の抜けた声を出した。

老人はフルトを見つめる。

その目は鋭かった。

だが、敵意があるわけではない。

何かを確かめるような目だった。

フルトはその視線に少し戸惑いながら、老人の姿を改めて見る。

そして、あるものに気づいた。

老人の腰。そこには一本の刀が下げられていた。

「刀?」

思わず声に出す。

ECOの隊員が刀を持っている。それだけなら、珍しいことではないのかもしれない。だが、その刀には不思議な存在感があった。長い年月を共にしてきた相棒。そんな雰囲気を感じさせる。老人はフルトの視線に気づくと、腰の刀へ一度目を向けた。そして、再び二人を見る。

「わしの名前は血刃虎三(けつばとらみつ)、アモリス支部、ここの隊員じゃ」


「血刃(けつば)....虎三(とらみつ)」

フルトはその名前を口の中で繰り返した。

シオンも老人――血刃虎三をじっと見つめる。

ただの隊員ではない。そんな気がしていた。言葉数は少ない。表情もほとんど変わらない。それなのに、そこに立っているだけで、長い時間を生きてきた人間なのだということが伝わってくる。

シオンは少し警戒しながら尋ねた。

「一体何のためにここに?」


血刃は一瞬だけ黙った。

窓から差し込む光が、白髪の間を照らしている。

そして、腰に下げた刀へ手を添えることもなく、淡々と答えた。

「任務じゃ」


「任務?」

シオンが聞き返す。

血刃は頷いた。

「そうじゃ」

それだけだった。

詳しいことは何も話さない。

シオンは少し困ったように血刃を見る。

フルトも同じように立ち尽くしていた。

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