再訓練
教室には、沈黙が続いていた。誰も、すぐには言葉を口にできなかった。
未来視。
エイリヲル。
エリア・デイゴン。
そして、30年前に起きた戦い。
ホワイトから聞かされた話は、どれも簡単に受け止められるものではなかった。
特に、今まで知らなかった後輩たちにとっては、突然知らされた情報が多すぎた。情報の整理がつかない。
緋山は握った拳を膝の上に置いたまま、黙っている。
ナロクも何かを考えるように俯いていた。
グラスは眼鏡に触れながら、先ほど聞いた話を頭の中で整理しようとしている。
フルトも珍しく何も言わず、静かにホワイトを見つめていた。
シオンは腕を組み、未来視という言葉について考え込んでいる。
ドロイと亜爆も、それぞれ違う表情で沈黙していた。
そしてエデンもまた、窓の外へ視線を向けていた。
ジエルのこと。
未来のこと。
そして、エイリヲルのこと。
いくつもの情報が頭の中を巡っている。
ホワイトは、そんな教室の空気をしばらく見つめていた。
やがて、穏やかな表情で口を開く。
「今日はすまなかったね、急に色んな話をして」
誰も返事をしない。
ただ、その言葉を静かに聞いている。
「私は帰るよ」
ホワイトはそう言うと、教室の出口へ向かって歩き始めた。
白い髪が、歩くたびに僅かに揺れる。
その背中を、エデンたちは黙って見送っていた。
そして、ホワイトが扉の前まで来たところで――ふと足を止める。
何かを思い出したように、ゆっくりと振り返った。
その視線は、まっすぐエデンへ向けられていた。
「……エデン君」
「はい?」
エデンが顔を上げる。
ホワイトは、少しだけ間を置いてから言った。
「ジエル君のことに関しては、個人的には生きていると考えている」
その言葉に、エデンの表情が僅かに変わった。
けれど、驚きはしなかった。
エデンは静かにホワイトを見つめる。
そして、迷うことなく答えた。
「俺もです」
短い言葉だった。
それでも、その声には確かなものがあった。
ジエルがいなくなってから、時間は過ぎている。
姿は見つからない。
生存を証明するものもない。
それでも、エデンは信じていた。
死んだとは思っていない。
どこかで生きている。
それだけは、今も変わらなかった。
ホワイトはエデンの返事を聞くと、穏やかに笑った。
「そうか」
それだけを言って、今度こそ扉へ向き直る。
「では、また会おう」
「はい」
扉が開く。
ホワイトは教室から出ていった。
閉じられた扉を、エデンはしばらく見つめていた。
やがて、静かに視線を落とす。
未来視によって見えた未来。
姿を消したジエル。
エイリヲルの存在。
そして、広大なエリア・デイゴン。
まだ何も分からない。
それでも、今日聞いた話が、この先の戦いに何かを繋げているような気がしていた。
ホワイトが教室を出ていってから、しばらくの間、誰も口を開かなかった。
未来視。
エイリヲル。
エリア・デイゴン。
そして、ジエルの生存。
頭の中に残った言葉を整理するには、少し時間が必要だった。
そんな中、エデンが静かに席を立った。
「……」
椅子を引く音が、静かな教室に響く。
エデンはそのまま教室の出口へ向かって歩き始めた。
「エデンさん」
後ろから緋山の声が飛んでくる。
エデンが振り返った。
「何しにいくんですか?」
「訓練室に行ってくる」
エデンはそう答えた。
「もっと強くならなきゃ」
その言葉に、亜爆が少し呆れたような表情を浮かべる。
「先ほど訓練を終えたばかりですよ」
エデンは足を止める。
「やるんですか?」
「やります」
迷いのない返事だった。
それだけ言うと、エデンは教室を出ていく。
その背中を、緋山はしばらく見つめていた。
そして、何かを決めたように立ち上がる。
「私も行きます」
「え?」
周囲が一斉に緋山を見る。
緋山はそのままエデンを追いかけ、教室を出ていった。
廊下に出ると、少し先を歩いていたエデンの背中が見える。
緋山は小走りで追いついた。
「エデンさん」
「ん?」
「私も訓練します」
「……そっか」
エデンはそれ以上何も言わなかった。
二人はそのまま訓練室へ向かった。
訓練室に入ると、そこには広い空間が広がっていた。
二人はそれぞれ準備を整え、訓練を始める。
エデンは一つ一つの動きを確かめるように身体を動かしていく。
拳を振り、足を踏み込み、何度も攻撃を繰り返す。
一方の緋山も、必死だった。
息を切らしながらも動きを止めない。
疲れているはずなのに、休もうとしなかった。
何度動きを失敗しても、すぐに立て直して再び訓練を続ける。
エデンはそんな緋山の姿を、しばらく横目で見ていた。
やがて、緋山が大きく息を吐いたところで、エデンが声をかける。
「緋山はどうしてついてきたの?」
「……」
「疲れてるでしょ」
緋山の動きが止まる。
肩が上下している。
それでも、すぐには答えなかった。
やがて緋山は、少し俯いた。
「……区長さんの話に、エイリヲルって名前が出て来て」
その声は、先ほどまでよりも小さかった。
「居ても立っても居られなくなったんです」
エデンは何も言わず、緋山を見る。
緋山は握った拳に力を込める。
「だって、エイリヲルは……」
そこで言葉が止まった。
緋山は俯いたまま、しばらく黙っている。
エデンは急かさなかった。
ただ、緋山の言葉を待っていた。
「故郷……」
緋山は顔を上げられないまま、震えるような声で答えた。
「……故郷を滅ぼした原因なんです」
その言葉が、訓練室に落ちた。
エデンの動きが止まる。
今まで聞いたことのなかった緋山の過去。
その奥に隠されていたもの。
そして、エイリヲルという名前が、緋山にとってどれほど重いものだったのか。
エデンは何も言わず、緋山を見つめていた。
緋山もまた、拳を握ったまま俯いている。
先ほどまで訓練室に響いていた足音も、拳が空気を切る音も、今は聞こえなかった。
二人の間には、ただ静かな時間だけが流れていた。




