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エデン  作者: ko-da
第2部 4章 才と勇気編

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勇気こそが才

「……やった」

グラスは荒い息を吐きながら、その場に立っていた。周囲を見渡す。先ほどまで逃げ惑っていた人々は、もう安全な場所へ避難している。誰も傷ついていない。グラスは、自分の拳を見つめた。

(オレが……やったんだ)

今までの自分なら、分身を作って戦わせていた。自分は後ろに隠れて、分身が戦っているのを見ているだけだった。けれど、今回は違う。自分自身が前へ出た。怖かった。何度も足が止まりそうになった。

それでも――動いた。

「……」

グラスは眼鏡を押し上げる。ほんの少しだけ、胸を張った。その時だった。

「グラスさん」

聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。


「え?」

振り返る。そこには、買い物袋を片手に持ったドロイが立っていた。

「ドロイさん……」


「戻ってきたら、すごいことになっていますね」

ドロイは周囲を見渡す。

倒れた看板。散らばった瓦礫。そして、先ほどまで戦闘が行われていた跡。

「もしかして……エイリ星人が?」

ドロイの視線がグラスへ向く。。

「はい……エイリ星人が出て、オレが倒しました」


「そうですか」

ドロイは驚いた様子を見せながらも、すぐに柔らかく笑った。

「怪我はありませんか?」


「え?」


「腕です」

言われて、グラスは自分の腕を見る。エイリ星人に引っかかれた部分から、少し血が滲んでいた。

「これくらいなら、大丈夫です」


「そうですか」

ドロイはグラスの腕を確認すると、安心したように頷いた。

「それならよかったです」


「……」

グラスは俯いた。

そして、少し迷ってから口を開く。

「ドロイさん」


「はい」


「オレ……怖かったです」


「でしょうね」


「足も動かなかったし……一瞬、逃げようとも思いました」


ドロイは何も言わず、グラスの話を聞いている。


「でも……あの人たちが逃げられなくて」

グラスは先ほど助けた人々の方を見る。

「だから……オレがやらないとって思って」


「……」


「それで、動けました」


ドロイは静かに頷いた。

「それは、とても大切なことですよ」


「……大切?」


「ええ」

ドロイは買い物袋を持ち直す。

「怖くなかったから戦えたんじゃありません」


「……」


「怖かったのに、それでも前へ進んだんです」


グラスは目を見開いた。


「それは、立派な強さだと思いますよ」


「……」

その言葉を聞いて、グラスは眼鏡の奥で目を細めた。

「……ありがとうございます」


「こちらこそありがとうございます」


「え?」


「あなたがここにいてくれて」

ドロイは穏やかに笑う。

グラスは少し照れたように顔を背けた。

「……なんか、恥ずかしいですね」


「そうですか?」


「そうですよ」

二人の間に、静かな笑いが生まれる。

グラスは、静かに自分の拳を見つめていた。まだ、戦いの感覚が残っている。エイリ星人の攻撃を受けた腕には痛みがあった。足も、戦っている間は気づかなかったが、今になって少し震えている。怖かった。本当に怖かった。悲鳴が聞こえた時、自分が助けに行かなければならないと分かっていた。それでも、足は動かなかった。

ドロイがいなかったから。分身もいなかったから。一人で戦わなければならなかったから。けれど――それでも、最後には動いた。

グラスはゆっくりと顔を上げる。先ほどまでエイリ星人がいた場所には、もう何も残っていない。助けた人たちも、無事に避難できている。その事実を確かめるように、グラスは周囲を見渡した。そして、小さく息を吐く。

「……こんな、才能がないオレでも、何とか守れました」

その言葉には、喜びだけではなかった。

これまで何度も失敗してきた自分への、少しの悔しさ。

自分には何もないと思っていた時間。

何をやっても上手くいかず、周りから取り残されていった感覚。それらが、まだ胸の奥に残っている。だからこそ、グラスは自分を「才能がない」と言った。

ドロイはそんなグラスの横顔を見つめていた。すぐには言葉を返さない。夕暮れの光が街を照らしている。さっきまで響いていた戦闘の音も、今はもう聞こえない。

ただ、遠くから人々の話し声が聞こえてくる。やがてドロイは、穏やかな声で言った。


「怖くても立ち向かうその勇気が才能です」


「……」

グラスは、ドロイを見る。その言葉が、すぐには胸に入ってこなかった。

才能。それは、高い能力を持っていることだと思っていた。

勉強ができること。

戦いが上手いこと。

失敗せずに物事を進められること。

自分には、そういうものがない。だから、自分には才能がないと思っていた。

しかし、ドロイの言葉を聞いていると、その考えが少しだけ違って見えてくる。

怖くても逃げなかった。足が動かなくても、一歩を踏み出した。傷つくかもしれないと思っても、それでも人を守るために前へ出た。それは、誰かに与えられた力ではない。自分自身で選んだものだった。グラスは眼鏡を押し上げる。

「……勇気が、才能……」

小さく呟く。その言葉を、確かめるようにもう一度胸の中で繰り返す。まだ、自分が本当に才能を持っているとは思えない。今までの失敗が消えたわけでもない。これからも、きっと失敗する。それでも――

今日の自分だけは、少しだけ違った。

「……ありがとうございます、ドロイさん」


「いえ」

ドロイはいつものように、穏やかに笑った。

そして、買い物袋を持ちながら帰り道を指さす。

「帰りましょうか」


「……はい」

グラスも頷く。

二人は並んで歩き始めた。夕暮れの街を、ゆっくりと進んでいく。グラスは何度か、自分の拳を見た。そこには、特別なものは何もない。ただ、戦って、守った。それだけだった。

けれど、その「それだけ」が、今のグラスにとっては大きな一歩だった。少し前までなら、自分は何もできないと思っていた。けれど今は違う。できるかどうか分からなくても――

踏み出すことはできる。

グラスは前を向いた。夕日の残る道を、ドロイとともに帰っていった。

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