自分の力
グラスは、人を襲おうとしているエイリ星人を見据えた。次の瞬間――
「うおおおっ!」
拳を振り抜く。鈍い衝撃が腕に伝わり、エイリ星人の身体が大きく吹き飛んだ。地面を転がり、建物の壁際まで飛ばされる。
「……!」
追い詰められていた人々が、呆然とグラスを見る。
「た、助かった……」
「今のうちに!」
グラスはすぐに周囲を見回した。
「全員、あっちの店に逃げてください!」
指差した先には、ドロイが向かった店がある。そこならドロイがいる。ECOの隊員であるドロイがいる場所なら、自分一人で守るよりも安全だ。グラスはそう判断した。
「早く!」
声に押されるように、人々が一斉に走り出す。
「ありがとうございます!」
「助けてくれてありがとう!」
次々と声をかけられながら、人々は店の方向へ逃げていく。
最後の一人が走り去ったことを確認して、グラスは小さく息を吐いた。そして――眼鏡の位置を直す。
先ほどまで震えていた手は、もう止まっていた。視線の先。倒れていたエイリ星人が、ゆっくりと立ち上がる。
グラスは拳を握った。
「かかってこい……」
エイリ星人が低い声を上げる。そして、一気にグラスへ向かって走り出した。腕が振り上げられる。鋭い爪が迫る。
(動け)
グラスは足を踏みしめた。
(立ち向かえ)
恐怖が消えたわけではない。それでも、今度は逃げない。
(傷ついてもいい)
エイリ星人の腕が振り下ろされる。
「――っ!」
グラスは腕を上げ、その攻撃を受け止めた。衝撃で身体が僅かに後ろへ押される。それでも耐える。
(守れ)
次の瞬間――
エイリ星人の爪がグラスの腕をかすめた。
「ぐっ……!」
鋭い痛みに、グラスの顔が歪む。反射的に腕を引きそうになる。けれど――
「……まだだ!」
グラスは踏みとどまった。痛みや怖さがグラスを襲う。それでも、目の前の敵から視線を逸らさない。
エイリ星人が再び腕を振り上げる。グラスはその腕を両手で掴む。力を込める。
エイリ星人は抵抗するが、グラスはその腕を離さない。
そのまま身体を捻り――
「はあっ!」
エイリ星人を地面へ叩きつけた。
「グアッ!」
地面に倒れたエイリ星人へ、グラスはすぐに飛びかかった。馬乗りになる。拳を握る。
「これ以上……!」
拳を振り下ろす。
「人を傷つけさせない!」
もう一度。
「守るんだ……!」
さらに拳を振るう。
これまでなら、自分ではなく分身に任せていた。けれど今は違う。自分の拳で。自分の足で。自分自身が立ち向かっている。
「オレは……!」
その瞬間、エイリ星人が大きく身体を捻った。
「――っ!」
強烈な力で押し返される。グラスの身体が浮き、地面へ転がった。
「ぐっ……!」
エイリ星人が起き上がる。こちらを睨みつける。
グラスも立ち上がった。腕には痛みが残っている。呼吸も乱れている。それでも――
眼鏡を直す。そして、もう一度エイリ星人を見据えた。今度は、足が動かなかった自分ではない。自分の足で立っている。
「……まだ、終わってない」
グラスが再び構えたその時。視界の端に、何かが映った。
「……?」
グラスがそちらへ顔を向ける。
そこにいたのは――自分と同じ姿をした、もう一人のグラスだった。先ほど悲鳴の聞こえた方向へ向かわせた分身。グラスは一瞬、驚いた。そしてすぐに、その意味に気づく。
「もしかして、あっちのは倒したのか?」
分身は静かに頷いた。
「……そうか」
ならば、残っているのは目の前の一体だけ。グラスは拳を握った。
「なら、今度はこっちだ」
分身と並び立つ。二人のグラスが、同じエイリ星人を見据える。
先ほどまで一人で戦っていた時とは違う。今度は、自分の能力だけに任せない。共に戦う。
「行くぞ!」
分身が先に飛び出した。エイリ星人へ一直線に迫る。その身体へ飛びかかり、両腕を広げる。
「グルァッ!」
エイリ星人が腕を振るう。分身が視界を塞ぐように立ちはだかった。その隙に――
鋭い爪が分身を捉える。
「――!」
分身の身体が揺らぎ、そのまま消滅した。エイリ星人が前を見る。そこにグラスはいない。
「……?」
次の瞬間。
「こっちだ」
背後から声が響いた。
「――!」
グラスの拳が、エイリ星人の背中を捉えた。
「たあっ!」
エイリ星人の身体が前へよろめく。だが、すぐに振り返る。爪を振り上げ、グラスへ反撃する。
「分身!」
グラスの目の前に、もう一人の自分が現れた。振り下ろされた攻撃を、分身が受け止める。その瞬間、分身の身体が消滅した。そして――
「今だ!」
グラスが踏み込んだ。拳を振り抜く。エイリ星人の身体が大きく吹き飛んだ。地面を転がり、勢いのままさらに距離が開いていく。
グラスはエイリ星人をすぐに追いかけた。足を止めない。走りながら、ラベジニウムを発動させる。
「分身!」
隣に分身が現れる。そのまま二人でエイリ星人へ迫る。エイリ星人が起き上がろうとした瞬間――
分身が先に飛び込んだ。
「今だ!」
分身が両腕でエイリ星人の身体を掴む。エイリ星人が激しく抵抗する。
「グルッ!」
それでも分身は離さない。その一瞬で、グラスはさらに加速した。地面を強く蹴る。身体が宙へ浮く。
「これで――!」
グラスは空中で身体を捻った。そして、エイリ星人へ向かって一気に脚を振り抜く。
「終わりだ!」
強烈な蹴りがエイリ星人を捉えた。その衝撃で、エイリ星人の身体が大きく吹き飛ぶ。地面を転がり、やがて動きを止める。そして――
身体が崩れていった。そのまま、街の中からエイリ星人の姿が消える。
「……」
グラスは着地し、荒い呼吸を整えた。静かになった街を見渡す。もう、敵の姿はない。やがてグラスは、自分の拳を見つめた。さっきまで震えていた。怖かった。何度も足が止まりそうになった。それでも――
「……やった」
小さく呟く。今回は、分身だけに任せたわけじゃない。自分自身が前に出た。自分の力で、人を守った。グラスは眼鏡を直す。その表情には、ほんの少しだけ自信が宿っていた。




