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エデン  作者: ko-da
第2部 4章 才と勇気編

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立派な使命

「……グラスさん」

ドロイの声は、いつもと変わらなかった。静かで、落ち着いている。

だからこそ、グラスは顔を上げた。


「何度も間違えるってことは」

ドロイはグラスのノートへ視線を落とした。そこには、何度も消して書き直した跡が残っている。

「何度間違えても挑戦できる強さを持ってるってことですよ」


「……」

グラスは何も言えなかった。

自分にとっては、失敗の証にしか見えなかった。

何度も間違えた跡。何度も消した跡。何度もやり直した跡。

けれど、ドロイはそれを違うものとして見ていた。

「そんなに気に病むことはありません」

そう言って、ドロイは微かに笑った。

「間違えたのなら、直せばいいんです」


「……直せば」


「はい」

ドロイはグラスの隣の席を引いた。

そして、もう一度グラスのノートを開く。

「それに、今日の最後の問題は最初よりもずっと正解に近づいていました」


「……」

グラスは自分のノートを覗き込んだ。

確かにそうだった。最初のページでは、式の途中から間違えている。

その次は計算のミス。さらにその次は符号の間違い。けれど最後の問題では、途中式のほとんどが正しく書かれていた。答えだけを間違えていた。ほんの少しだった。

「……本当ですね」


「でしょう?」


グラスの口元が、ほんの少し緩んだ。

「じゃあ……」

グラスは椅子を引き、ドロイの隣に座った。

「もう一問、やってみてもいいですか?」


「もちろんです」

ドロイは教科書を開いた。

二人の間に、先ほど授業で使った問題集が置かれる。教室にはもうほとんど人がいない。窓の外から聞こえる風の音と、紙をめくる音だけが響いていた。グラスは問題を読み始める。数字を確認する。式を書いていく。今度は、さっきよりも慎重だった。一つ書くたびに、自分で確認する。

「……ここは」

グラスが手を止めた。


「その式で合っています」


「本当ですか?」


「はい」


グラスは少しだけ安心したように息を吐いた。

そして続きを書く。だが――

「……あ」

途中で手が止まる。

「間違えました」


「どこですか?」


「ここです」

グラスが指差す。

ドロイはノートを見る。

「ここは計算ですね。もう一度、落ち着いてやってみましょう」


「……はい」

グラスは消しゴムを手に取った。そして、間違えたところを消す。

また書く。また確認する。時間はかかった。それでも、グラスは途中で投げ出さなかった。一つずつ。間違えたら戻る。分からなければ聞く。そして、もう一度やる。やがて――

「……できました」

グラスが顔を上げた。

ノートに書かれた答えを、ドロイが確認する。

「正解です」


「……!」

グラスの目が僅かに見開かれた。

「本当に?」


「はい」


「……そっか」

グラスはノートを見つめた。たった一問。それだけのことだった。けれど、その一問が妙に嬉しかった。これまでなら、途中で間違えた時点で嫌になっていたかもしれない。けれど今日は違った。ドロイが隣にいてくれた。間違えても、やり直せると言ってくれた。

グラスは静かに眼鏡を直した。

「……もう一問、やってもいいですか?」


「ええ。いくらでも付き合いますよ」

その言葉を聞いて、グラスは小さく笑った。

誰もいなくなった教室で二人は、しばらく問題を解き続けた。

一問終われば次の問題へ。途中でグラスが計算を間違えることもあったが、そのたびにドロイが間違っている箇所を指摘する。グラスも、ただ教えてもらうだけではなく、自分で原因を考えるようになっていた。時間が経つにつれて、机の上には何度も使った消しゴムのかすが増えていく。そして――

「……あ」

グラスが窓の外を見た。

いつの間にか、空が夕焼けに染まっていた。教室に差し込んでいた光も、昼間よりずっと赤くなっている。

「もうこんな時間ですか」

ドロイも窓の外を見る。

「随分と集中していましたね」


「はい……」

グラスはノートを閉じた。

何ページも使ったノートを眺める。間違いだらけだった最初のページと比べれば、最後のほうはかなり綺麗に式を書けるようになっていた。

それが少し嬉しかった。二人はすぐには教室を出なかった。

夕方の静かな空気の中、グラスはふとドロイを見る。

「……ドロイさん」


「はい?」


「ドロイさんは、どうしてECOに?」

突然の質問だった。

ドロイは少しだけ目を細めた。そして、自分の身体へ視線を落とす。

「俺が機械の身体ってことは知ってますよね?」


「はい」

グラスは頷いた。

「宇宙風邪という病気にかかって、重要器官を機械で代替せざるを得なくなったんです」


「……」

グラスは黙って聞いている。

ドロイは淡々と話を続けた。

「その宇宙風邪の原因が、エイリ星人のエネルギー……」

その言葉に、グラスの表情が少し変わった。ドロイにとって、エイリ星人は単なる討伐対象ではない。自分自身の身体を変えた原因でもある。

「俺は宇宙風邪によって他の人が苦しまないように、エイリ星人を少しでも倒そうと思い、ECOに入りました」


「……そうだったんですか」

グラスは静かに答えた。

その言葉を聞いたあと、しばらく何も言わなかった。窓の外では、夕日がゆっくりと沈み始めている。やがてグラスは、少し浮かない顔で呟いた。

「……すごいな」


「?」


「オレは、そんな立派な使命を持ってECOに入ってないんです」

グラスは俯いた。さっきまで問題を解いていたノートの表紙を、指先でなぞる。

「何をやっても不器用なオレですけど……運動はそこそこできたし、ラベジニウムへの適性もあった」

そこで一度言葉を止める。

「だから、ECOを受けました」

その声には、自信よりもどこか申し訳なさがあった。

「学力的に、普通の高校には入れなくて」

グラスは苦笑した。

「昔から勉強の才能が全くなかったので」

さっきまで二人で向き合っていた問題集を見る。何度も間違えて、何度も書き直した。それは、グラスが今まで抱えてきたものの一部でもあった。

「ECOなら……自分にもできることがあるんじゃないかって」

グラスはそう言った。

「だから、オレがここにいる理由って……ドロイさんみたいに立派なものじゃないんです」

夕日の光が、グラスの眼鏡に反射する。その奥にある目は、どこか寂しそうだった。

ドロイは、そんなグラスを静かに見つめていた。

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