犯人が襲う理由
ナロクは被害者たちを見回した。
誰も口を開かない。明らかに何かを警戒している。
ナロクは、その空気を感じ取りながらも、さらに一歩踏み込んだ。
「あなた達は犯人の声を聞いていないんですよね」
被害者の一人が眉をひそめる。
「……そうだ」
「本当にそうなんですか?」
「どういう意味だ?」
「何か話したのでは?」
その瞬間、被害者たちの表情が変わった。
「どうしてそんなことが言えるんだ」
ナロクは答える前に、彼らが犯人に負わされた傷を一人ずつ確認する。肩。腕。胸。
「あなた達が受けた傷は肩、腕、胸」
ナロクは静かに言った。
「そう、背中から受けた傷が一つもないんです」
「……それがなんだ」
被害者の一人が苛立ったように返す。
ナロクは目を逸らさない。
「神出鬼没に現れられるような能力があるなら、わざわざ向かいあう必要はない」
「……」
「背中からナイフで刺せば、一切バレることはないはずです」
ナロクの言葉に、周囲の空気が重くなる。
「ですが、犯人はおそらくそうしなかった」
一歩。ナロクが近づく。
「突然目の前に現れて傷をつけた……」
そこでナロクは、一度言葉を止めた。そして確信を込めて告げる。
「あなた達は、昔犯人と何かあったんじゃないですか?」
「…………」
沈黙。誰も答えない。だが、今度はその沈黙そのものが答えのように思えた。
ナロクは拳を握る。やはり何かある。それも、ただの偶然ではない。六人全員が同じ中学校に通っていた。そして六人全員が、同じように犯人から傷を負わされている。そのうえ、誰も犯人について語ろうとしない。ナロクは少しだけ声を落とした。
「どちらにしろ、今は情報が少ないです」
被害者たちを見渡す。
「何か知っているなら……話すべきだと思います」
その声には、責めるような響きはなかった。
「これ以上、危害を加えられたくないなら」
ナロクは真っ直ぐに彼らを見る。
「何かあるなら話してください」
再び沈黙が訪れる。
しばらくの間、誰も何も言わなかった。しかし、やがて一人の男が深く息を吐く。
「分かった……正直に言う」
ナロクは黙って男を見る。
「俺は……犯人の顔を見てる」
その言葉に、ナロクの目が鋭くなった。
「その犯人は……」
男は拳を握りしめる。
「中学の頃、俺たちがいじめていた生徒だ」
「……!」
ナロクは息を呑んだ。やはりそうだった。犯人は無差別に人を襲っていたわけではない。この六人を狙っていた。そして、その理由は中学生の頃にあった。ナロクはすぐに質問を続けた。
「いじめていたのは、六人でですか?」
「……いや」
男は首を横に振る。
「七人だ」
「七人……?」
ナロクは一瞬、言葉を失った。六人の被害者。そして、中学の頃いじめていたのは七人。もう一人いる。
ならば――
「その一人は……今、どこにいるんですか?」
被害者たちの表情が凍りついた。誰も答えない。ナロクはその反応を見て、すぐに理解した。
「……まさか」
一人の被害者が、震える声で答える。
「分からない……」
「最後に会ったのは?」
「中学を卒業してから、一度も……」
ナロクは黙り込む。犯人は六人を狙った。だが、七人目はまだ襲われていない。
それなら――
「その人が、次に狙われるかもしれません」
ナロクの言葉に、被害者たちは顔を上げた。
「……!」
「犯人が復讐のためにあなた達を狙っているなら、まだ終わっていない」
ナロクは立ち上がった。
「その人の名前を教えてください」
被害者の一人が震えながら答える。
「……分かった」
そして、七人目の名前を口にした。
ナロクはそれを聞くと、すぐに踵を返す。
「アグレスさんに伝えます」
「ど、どうするつもりだ?」
「その人を探します」
ナロクは振り返る。
「次に狙われるなら、その人物です」
その目には、もう迷いがなかった。
事件はまだ終わっていない。
むしろ――
これからが本当の始まりだった。
ナロクは被害者たちから聞き出した話を頭の中で整理しながら、急いでその場を離れた。少し離れた場所では、エデン、緋山、亜爆、そして警察官のアグレスが事件について話し合っていた。
「アグレスさん!」
ナロクが駆け寄る。
「犯人を見つけた?」
アグレスが振り向く。
ナロクは息を整えながら、すぐに口を開いた。
「分かりました、犯人が被害者たちを狙っている理由が」
「本当ですか?」
亜爆が反応する。エデンと緋山もナロクへ視線を向けた。
「はい」
ナロクは一度、全員の顔を見た。
「被害者六人は、全員同じ中学校に通っていました」
「アグレスさんから聞いた話だね」
エデンが言う。
「でも、それだけじゃありません」
ナロクは続けた。
「六人は中学時代、ある一人の生徒をいじめていたそうです」
空気が変わった。緋山が驚いたように目を見開く。
「いじめ……?」
「はい。そして――」
ナロクは拳を握る。
「犯人は、その生徒です」
「……!」
エデンが言葉を失う。
アグレスも表情を険しくした。
「被害者の一人が、犯人の顔を見たそうです。間違いないと言っていました」
「なるほど」
亜爆が低い声で呟く。
「復讐……というわけですか」
「おそらくは」
ナロクは首を横に振った。
「ただ、被害者たちが犯人について何も話さなかったのは、その人物が昔いじめていた相手だったからです」
アグレスは腕を組む。
「それで、その犯人は今どこにいるの?」
「それが……分かりません」
「分からない?」
「はい。中学卒業後、誰も会っていないそうです」
アグレスは少し考え込む。するとナロクが続けた。
「でも、一つ分かっていることがあります」
全員の視線が集まる。
「いじめに参加していたのは、六人じゃない」
ナロクは静かに言った。
「七人です」
「……七人?」
エデンが呟く。
「被害者は六人」
亜爆が続ける。
「つまり、残りの一人がいる」
「はい」
ナロクは頷いた。
「そして、その人はまだ襲われていません」
アグレスの表情が変わった。
「……次の標的」
「そうです」
ナロクは真剣な顔で言った。
「犯人が復讐のために一人ずつ狙っているなら、次に狙われるのは、その七人目の人物です」
緋山が不安そうに尋ねる。
「じゃあ……その人を探さないと」
「うん」
エデンも頷いた。
「まだ襲われてないなら、助けられるかもしれない」
アグレスはすぐに警察へ連絡を取ろうとする。
「名前は?」
「それも聞きました」
ナロクが答える。
そして、七人目の人物の名前を告げた。アグレスはその名前を聞くと、すぐにメモを取った。
「分かった。警察でも捜索する」
「俺たちも探します」
エデンが言う。アグレスはエデンを見る。
「ただし、無茶はしないこと」
「分かってます」
「特に犯人は、突然現れて突然消える能力を持っている。見つけても単独で捕まえようとしないで」
「はい」
ナロクも頷いた。亜爆はそんなナロクを横目で見ながら、静かに言う。
「……よく被害者からその情報を引き出せましたね」
ナロクは少しだけ黙った。
「犯人がなぜ被害者を襲うのか、その理由は分かりました」
ナロクはそう言い、拳を握りしめる。
「でも……理由が分かったからって、許されるわけじゃない」
その言葉に、エデンが頷いた。
「うん」
そしてエデンは、遠くを見る。
「だからこそ、次の人が傷つく前に止めよう」
四人は互いに顔を見合わせた。事件の全貌が、少しずつ見えてきた。犯人には理由がある。被害者たちにも、隠していた過去がある。
そして――
まだ狙われていない、七人目がいる。ナロクはその人物の名前を、もう一度頭の中で繰り返した。




