事件の鍵
二人は街の中を並んで歩いていた。
先ほどまで聞き込みを続けていたナロクは、何度も頭の中で情報を整理していた。被害者は現在、六人。そのうち最初にエデンたちが発見した男性を除いた五人からも話を聞いた。しかし、犯人について分かることはほとんどなかった。
どの被害者も、犯人の姿を詳しく見ていない。突然、地面に円が現れる。そこから犯人が現れる。そして、攻撃を受けた直後、再び円が現れ、犯人はその場から消える。まるで街のどこにでも現れることができるような能力だった。
そしてもう一つ。被害者全員に共通しているもの。
それが――かつて同じ中学校に通っていたということだった。
「アグレスさんの話だと……被害者は全員、昔同じ中学校に通っていた」
ナロクは歩きながら呟いた。
「でも、それがどう犯人と繋がっているのかは分かりません。被害者本人たちも、犯人については知らないと言っています」
「なるほど」
亜爆は隣を歩きながら頷いた。
「……」
ナロクは考え込む。
街の喧騒が二人の横を流れていく。通りを歩く人々。店の前を掃除する店員。信号が変わるのを待つ学生。いつも通りの光景。しかし、その日常の裏側では、一人の能力犯罪者によって人が次々と襲われている。ナロクは拳を握った。
「……何の手がかりも得られない」
「そうなると、ほぼ確実に捕まえられないでしょう」
亜爆が街を見ながら言う。少しだけ歩く速度を落とし、考える。そして、ふと口を開いた。
「本当に、知らないんでしょうか?」
「え?」
ナロクが首を傾げる。
亜爆は前を向いたまま続けた。
「いや、これはただの勘ですけど」
そこで一度言葉を切る。
「同じ中学という繋がりがあるのに、それが全く関係していないなんてこと、あるんでしょうか」
ナロクの足が止まりかける。
「……」
亜爆も立ち止まり、ナロクを見る。
「犯人が何故、その人たちを狙っているのか」
「……」
「そこには何か理由がある気がします」
ナロクは黙って亜爆の言葉を聞いていた。被害者側に、何かがあるのではという言葉が、ナロクの頭の中に残った。
被害者側に何かがある。今までナロクは、犯人について知ろうとしていた。どんな人物なのか。どこにいるのか。なぜこんなことをするのか。
しかし――
そもそも、なぜこの六人なのか。そこについては、深く考えていなかった。
「……確かに」
ナロクの目が変わる。
「一理あります!」
「そうですか?」
「はい!」
ナロクは勢いよく頷いた。
「もう一度、聞いてきます!」
「え?」
亜爆が声を上げるより先に、ナロクは踵を返していた。
「被害者が何かを隠している可能性があるなら、それをどうにか引き出せばいい!」
「ナロクさん!」
亜爆が呼び止める。ナロクが振り返る。
「焦りすぎないでください。相手は被害者ですから」
「分かっています!」
ナロクは答えた。
先ほどまでの勢いは少し落ち着いていた。しかし、その目には強い意思が宿っている。
「でも……知りたいんです」
「……」
「犯人が何を考えているのか」
ナロクは拳を握った。
「なんで、こんなことをするのか」
それだけ言うと、ナロクは再び走り出した。
亜爆はその背中を見送る。
「……真っ直ぐな人ですね」
小さく呟いた。
今度は、ただ犯人について聞くのではない。六人を繋いでいる、本当の理由は何なのか。
ナロクはそれを確かめるため、先ほど話を聞いた被害者たちのもとへ再び戻った。そこには最初の被害者もいる。
彼らは警察による事情聴取を受けていた。腕を負傷した者、肩を押さえている者、傷を庇いながら座っている者。誰もが事件に怯え、疲れ切った表情を浮かべていた。
その中の一人に、ナロクは近づいていく。
「すみません、もう一度お話を聞かせてもらえませんか」
男は少し面倒そうに顔を上げた。
「また聞きにきたんですか?」
「はい」
ナロクは即答した。
男は小さくため息をつく。
「さっきも言いましたけど……犯人のことなんて何も知りませんよ」
「それは聞きました」
ナロクは男の目をじっと見つめる。
そして、少し間を置いてから口を開いた。
「何か隠していることはありませんか?」
男の表情が、一瞬だけ固まった。ほんの僅かな変化だった。しかしナロクは見逃さなかった。
「……何も隠してません」
男はそう言う。
「そうですか」
ナロクはそれ以上追及しなかった。
ただ、男の反応を頭の中に刻み込む。やっぱり何かある。確証はない。けれど、最初に話を聞いたときとは明らかに違う。ナロクは少しだけ姿勢を正した。
「少し質問させてください」
「……はい」
「犯人が円から出てくるのを、あなたは見ましたか?」
男は黙った。
ナロクも黙って答えを待つ。
「……見た」
「どんなふうに?」
「地面に……突然、円が出てきて」
男は言葉を選ぶように話し始める。
「その中から、人が出てきたんです」
「人が出てきた瞬間を見たんですね?」
「……はい」
「では、円が現れた場所は?」
「え?」
「犯人が出てきた円です。あなたのすぐ近くに出たんですか?」
男は答えなかった。
その沈黙に、ナロクは違和感を覚える。
「……覚えていません」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ、犯人の顔は?」
「見てません」
「服装は?」
「……それも、よく覚えていません」
ナロクは目を細める。おかしい。襲われた直後なら、混乱していて覚えていないこともある。
だが――。
「犯人が円から出てきたことは覚えているのに、そこから先は何も覚えていない」
「……」
「変じゃありませんか?」
男の顔が強張る。ナロクは一歩だけ近づいた。
「あなたは、本当に犯人を知らないんですか?」
「……知りません」
その答えだけは、先ほどよりも強かった。まるで、自分自身に言い聞かせるように。ナロクはしばらく男を見つめた。
そして――ふと気づく。
男の視線が、自分ではなく別の被害者へ向いている。ナロクはゆっくりと振り返った。そこには、同じ中学校に通っていたという他の被害者たちがいる。全員が互いを見ようとしない。
まるで――何かを知っている者同士が、知らないふりをしているように。
「……なるほど」
ナロクは小さく呟いた。
事件の謎は、犯人だけにあるんじゃない。
もしかすると――
被害者たち自身が、事件の鍵を握っている。




