円と能力犯罪者
事件が起きて数分で警察が駆け付けた。警察達はまず負傷した男性の状態を確認した。周囲では他の警察官たちが規制線を張り、集まってきた野次馬を少しずつ遠ざけている。その中にはエデンとも交流がある女性警察官アグレスの姿があった。
エデンたちはアグレスのもとへ近づいた。
「アグレスさん」
「うん。現場にいたのは君たちか」
アグレスはエデンの顔を見るなり、少し呆れたように笑った。
「エデン君はよく事件に巻き込まれるよね」
「好きで巻き込まれてるわけじゃないですよ」
「それは分かってるよ」
アグレスは苦笑しながら、エデンの後ろにいる二人へ視線を移した。
そして、緋山とナロクの姿を見て、少し目を丸くする。
「……あれ?」
「どうしました?」
「もしかして、新人隊員さん?」
アグレスの視線を受け、緋山は背筋を伸ばした。
「は、はい!」
勢いよく返事をする。
「緋山天狐です! よろしくお願いします!」
「おお……元気だね」
アグレスが少し驚いたように笑う。
その隣では、ナロクも姿勢を正していた。
「ナロク・アーモンです!」
「……君も元気だね」
「ありがとうございます!」
「どっちも気合い入ってるね……」
アグレスは少し困ったように笑った。
その様子を見ていた亜爆が小さく笑う。
「二人とも最近入ったばかりなんです」
「なるほどね。じゃあ、エデン君たちの後輩か」
「そうです」
エデンが頷く。
「まだ任務経験も少ないので、今日はパトロールに出てました」
アグレスは納得したように頷いた。
「それで、こんな事件に遭遇したわけか」
「はい」
アグレスの表情が少し真剣になる。先ほどまでの軽いやり取りとは違い、事件現場へ向ける警察官としての目になっていた。
「それで、君たちが聞いた話をもう一度確認したい」
「分かりました」
エデンが男性から聞いた内容を説明する。突然地面に円が現れたこと。その円の中から何者かが現れたこと。そして、男の腕をナイフで切りつけた後、再び地面に円が現れ、その人物が消えたこと。
アグレスは黙って聞いていた。
「地面に円……」
「はい」
亜爆が答える。
「被害者の方は、かなり混乱していましたが、円そのものははっきり見えたと言っています」
「なるほど」
アグレスは周囲の地面を見渡す。
「でも、何も残ってないね」
「そうなんです」
エデンも地面を見る。
犯人が現れたという場所には、特別な痕跡は残っていなかった。血痕は被害者のものだろう。だが、それ以外に犯人へ繋がりそうなものは見当たらない。アグレスはしゃがみ込み、地面をじっと見る。
「円が出てきた……か」
その言葉を繰り返すように呟く。
「それだけ聞くと、確かにECOの能力に見えなくもないけど……」
「でも、ECOの隊員が一般人を襲う理由なんてありません」
エデンが言う。
「そうだね」
アグレスもすぐに頷いた。
「だからこそ、慎重に調べる必要がある」
そして立ち上がる。
「能力を使った犯人がECOじゃない可能性もある」
「……ECOじゃないのに、能力を?」
緋山が尋ねる。
アグレスは少し考えてから答えた。
「ラベジニウムを持っている人間が、ECOだけとは限らないからね」
その言葉に、エデンの表情が変わった。亜爆も黙ってアグレスを見る。
「能力犯罪……」
亜爆が呟く。
「そういう可能性もありますね」
「うん」
アグレスは頷く。
「警察側もECOじゃないと思ってる」
エデンは先ほどの男性を見る。男性は救急隊員による処置を受けながら、まだ不安そうに周囲を見回していた。その表情を見て、エデンは拳を軽く握る。
「……犯人を見つけないと」
「そうだね」
アグレスが答える。
「ただし、君たちは勝手に追わないこと」
「え?」
「パトロール中に事件に遭遇したからって、そのまま捜査まで全部やろうとしない」
アグレスはエデンを見る。
「はい」
エデンは顔をこわばらせる。
アグレスは事件現場の周りを見渡す。
「……今回の事件は少し気になる」
「何か分かることがあるんですか?」
亜爆が尋ねる。
「まだ何も」
アグレスは周囲を見渡した。
「ただ、犯人が本当に円を使って移動しているなら……」
視線を地面へ落とす。
「次にどこから現れるのか。それが分からないね」
その言葉とともに、現場に吹いていた風が一瞬だけ強くなる。誰もいない道路。建物の間。その先に広がる街。エデンはそこを見つめながら、嫌な予感を覚えていた。
「とりあえず、現場周辺を調べる必要がある。目撃者も探さないといけないし、犯人がまだ近くにいる可能性もある」
アグレスはそう言って、エデンたちを見る。
「ただ、無理に犯人を捕まえようとはしないで」
「分かってます」
エデンが頷く。
「不審な人物を見つけたら、すぐ連絡する。それでいいんですよね?」
「そう。特に今回の犯人は、円みたいなものを出していたっていう証言がある」
アグレスは手帳を閉じる。
「それが能力なら、能力犯罪者の可能性はかなり高い」
緋山は先ほど聞いた男性の証言を思い返していた。地面に突然現れた円。そこから現れた人間。そして、攻撃を終えた直後、その人物の足元にも同じ円が現れ、姿を消した。
「……瞬間移動みたいな能力なんでしょうか」
緋山が呟く。
「おそらくそうでしょうね」
亜爆が答える。
「ただ、現時点では断定できません」
「うん」
アグレスも頷いた。
「だから、見つけたとしても近づきすぎないで。君たちは隊員だけど、今回はあくまでパトロール中なんだから」
「了解しました」
エデンが返事をする。
隣にいたナロクも背筋を伸ばした。
「分かりました!」
その声に、アグレスが少し笑う。
「元気だね」
「はい!」
亜爆が苦笑する。
「ナロク君、気合が入りすぎですよ」
「す、すみません!」
「謝らなくてもいいですよ」
緋山が笑う。
そんなやり取りを見ながら、エデンは少しだけ周囲を見渡した。先ほどまでの穏やかな街の雰囲気は、すっかり変わっている。道を歩いていた人々は事件を気にして足を止め、遠巻きにこちらを見ていた。平和だったはずの日常に、突然異物が入り込んだ。それが、エデンには少し気になった。
ジエルがいなくなってから四ヶ月。エイリワスとの戦いで、多くのものが変わった。それでも街を歩けば、人々は笑っている。子供たちは遊び、店は営業し、老人たちは道端で話をしている。その日常が戻ってきたと思っていた。
――なのに。
今度は、人間による事件が起こっている
「……」
エデンは拳を握り、すぐに力を抜いた。
「エデン先輩?」
緋山が顔を覗き込む。
「どうしたんですか?」
「いや……なんでもない」
エデンは首を横に振る。
「行こう」
「はい!」
四人はアグレスたちと別れ、再び街を歩き始めた。
先ほどまでと同じ道。同じ街。けれど、意識は大きく変わっていた。エデンは建物の隙間や路地を確認しながら歩く。亜爆も周囲に目を配っている。緋山は少し緊張した様子で、視線を左右に動かしていた。
そしてナロクは――
「……」
真剣な顔で辺りを見回している。
「ナロク君」
亜爆が声をかける。
「はい!」
「そんなに力を入れなくても大丈夫ですよ」
「ですが、犯人を見つけなければいけないんですよね!」
「そうですが、焦ると逆に見落とします」
「……なるほど」
ナロクは少しだけ肩の力を抜いた。その様子を見て、エデンは小さく笑った。
「まあ、ナロクらしくていいんじゃない?」
「エデンさんまで!」
四人はそのまま、事件現場から離れていく。
誰もまだ知らなかった。この事件が、単なる能力犯罪者による傷害事件ではないことを。そして――
街のどこかでは、再び小さな円が生まれていた。




