パトロール
街の大通りを、四人のECO隊員が並んで歩いていた。
先頭を歩くエデンの隣には緋山。その少し後ろを亜爆とナロクが歩いている。
エリア・ストラスでの任務を終え、休暇が終わってから数日が経っていた。オルの調査も本部で進められている。しかし、それ以外に大きな任務は入っていない。だからこそ、大山から言い渡されたのは、街のパトロールだった。エデンは周囲を見渡す。
以前、エイリワスとの戦いによって大きな被害を受けた街。そこにはまだ復旧途中の場所も多く残っている。それでも、人々は少しずつ日常を取り戻していた。
店の前を掃除する人。
学校へ向かう子供たち。
買い物袋を抱えて歩く人。
道路を走る車。
ほんの数ヶ月前まで、当たり前だった光景。それが今、少しずつ戻ってきている。
「おはようございます!」
緋山が前から歩いてきた老人に元気よく挨拶する。
老人は一瞬驚いたように目を丸くした後、穏やかに笑った。
「おお、おはよう。今日もご苦労さん」
「はい!」
緋山は笑顔で返す。
その横で、ナロクも姿勢を正した。
「おはようございます!」
「お、おう……」
老人が少し驚いたように返事をする。
亜爆が苦笑する。
「ナロク君、そんなに大声を出さなくても聞こえますよ」
「す、すみません!」
「いや、別に怒ってませんよ」
ナロクは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
エデンはその様子を見ながら笑っていた。少し歩くと、今度は小さな子供たちが道の端で遊んでいるのが見えた。そのうちの一人がECOの制服に気付く。
「あっ! ECOだ!」
子供が指を差す。すると、他の子供たちも一斉に振り向いた。
「ほんとだ!」
「ECOの人だ!」
「エイリ星人やっつけてくれる人!」
子供たちが集まってくる。
緋山はしゃがみ込み、子供たちと目線を合わせた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
「危ないところには行っちゃ駄目だよ」
「分かってる!」
「本当に?」
「本当!」
元気な返事に、緋山は笑う。
その様子を少し離れたところから見ていたエデンは、ふと足を止めた。街を見渡す。人々が歩いている。子供たちが笑っている。店からは料理の匂いが漂ってくる。どこにでもあるような、ごく普通の日常。エデンはその光景を静かに眺めていた。
「……こんな日常がずっと続けばいいんだけどね」
ぽつりと呟く。
亜爆がその言葉を聞いた。
「エデンさん……」
エデンは振り返ることなく、再び歩き始める。
「まあ、そう簡単にはいかないんだろうけど」
軽い口調だった。しかし、その声には僅かな寂しさが混じっていた。
エイリワスとの戦いから、四ヶ月。街が復旧していく一方で、ECOの中には未だにあの戦いの傷が残っている。失われた命。傷ついた仲間。そして、消息不明のまま死亡と記録されたジエル。エデンはそれを認めていない。
どこかで生きている。そう信じ続けている。だからこそ――
今こうして街を歩いていると、余計に思う。この日常を守るために、ECOは存在している。二度と、あんな戦いを起こさないために。
「エデン先輩」
緋山が隣に並ぶ。
「どうしたの?」
「……私、こういうパトロール好きです」
「そう?」
「はい。みんな普通に笑ってて……私たちが守ってるんだって感じがします」
エデンは少しだけ目を細めた。
「そっか」
「はい!」
緋山は笑う。
その後ろでは、ナロクが街を真剣な表情で見回していた。
「……」
「ナロク君?」
亜爆が声をかける。
「どうしました?」
「いや……」
ナロクは少しだけ拳を握る。
「こういう日常を守れるなら……自分ももっと強くならないといけないなと思って」
亜爆はその言葉を聞いて、微笑んだ。
「そうですね」
四人は再び歩き始める。街には穏やかな風が吹いていた。誰もが、今日という一日が明日も続くと信じている。ECOの隊員たちも、今はその日常の中を歩いている。
――だが次の瞬間。
「ぐああああ!」
歩くエデン達の先から悲鳴が聞こえた。四人の足が止まる。
エデンはすぐに声のした方向へ顔を向ける。
「今の……!」
「悲鳴ですね」
亜爆も表情を引き締める。
四人はほとんど同時に走り出した。
さっきまでの穏やかなパトロールとは一転して、空気が張り詰めていく。エデンを先頭に路地を曲がると、そこには一人の男性が道路脇に倒れ込んでいた。
腕を押さえている。その隙間から、赤い血が流れていた。
「大丈夫ですか!?」
エデンが駆け寄る。
男性は苦しそうに顔を上げた。
「……やられた……」
「怪我をしたんですか?」
「……ECOに……」
男性の声が震える。そして次の瞬間、まるで恐怖をぶつけるように叫んだ。
「ECOにやられた!」
「……え?」
エデンの表情が固まった。
「本当に……ECOが?」
「そうだ!」
男性は叫びながら、傷ついた腕を押さえる。
「あんな特殊な能力が使えるのはECOだけだろ!」
その言葉に、エデンは何も返せなかった。背後にいた緋山も目を見開いている。ナロクは男性と周囲を交互に見ながら、警戒するように拳を握った。亜爆だけは冷静だった。
「取り敢えず落ち着いてください。救急車を呼びました」
そう声をかけながら、男性の傷の状態を確認する。幸い、出血はあるものの、今すぐ命に関わるような状態には見えなかった。
しかし問題は別にある。ECOの隊員が、市街地で一般人を襲った。もしそれが事実なら、単なる事件では済まされない。ECOそのものへの信頼にも関わる。
亜爆は男性へ視線を戻した。
「その能力の特徴は分かりますか?」
「能力……?」
「はい。相手がどんな能力を使っていたのか、できるだけ詳しく教えてください」
男性は荒い呼吸を繰り返しながら、必死に記憶を辿る。
「……歩いてたら……」
男性の視線が地面へ落ちる。
「急に……地面に円が描かれて……」
「円?」
「そうだ……俺の目の前の地面に……」
男性は震える指で、地面を指した。
「そこから、そいつが出てきたんだ」
エデンは黙って聞いていた。
「人が……地面から?」
「そうだ……突然だった」
男性の声には、まだ恐怖が残っている。
「何が起きたのか分からなくて……逃げようとしたら……」
そこで男性は傷ついた腕を見る。
「そいつが俺の腕を……ナイフで切った」
緋山が息を呑む。
「ナイフ……」
男性は続ける。
「でも……それだけじゃなかった」
「どういうことですか?」
エデンが尋ねる。
男性は地面を見つめたまま答えた。
「俺が切られた瞬間……今度は円が、あいつの下に出たんだ」
「……!」
四人の表情が変わった。
「そして……」
男性は言葉を詰まらせる。
「そいつは……消えた」
「消えた?」
「円の中に……そのまま吸い込まれるみたいに……」
亜爆は静かに考え込んだ。
地面に円を出現させる。そこから姿を現す。攻撃を行った後、再び円を出して消える。単純な瞬間移動とも違う。何らかの空間系能力。しかし、それだけではない。
男性の証言で特に引っかかる部分があった。
「……腕を切った後に、相手の下へ円が出たんですよね?」
亜爆が確認する。
「そうだ……」
「何か条件のようなものはありましたか?」
「条件?」
「例えば、あなたに触れた後だったとか。あるいは、攻撃を受けた後にしか円が出なかったとか」
男性は必死に思い出そうとする。
「……分からない」
「そうですか」
亜爆はそれ以上聞かなかった。
その横でエデンは、男性が言った言葉を何度も頭の中で繰り返していた。
――ECOにやられた。
本当にECOの隊員なのか。それとも、ラベジニウムを使った別の誰かなのか。エデンは自分の左手に埋め込まれているインターフェースを見る。
「……ECO以外にも、能力を使える人間はいる」
亜爆が静かに言った。
「能力犯罪者もいますからね」
緋山は不安そうに周囲を見渡す。ナロクは険しい顔をしていた。
「……もし本当にECOの隊員だったら」
誰も答えない。街の中を、冷たい風が通り抜ける。ついさっきまで、子供や老人と挨拶を交わしていた。何気ない日常だった。エデンが「こんな日常がずっと続けばいい」と言ったばかりだった。それなのに。その日常のすぐ隣で、誰かが能力を使い一般人を襲っている。
「……」
エデンは立ち上がった。
「この事件、ちゃんと調べよう」
その声には、先ほどまでの穏やかさはなかった。
「ECOの隊員がやったのか、それとも別の誰かなのか」
エデンは周囲を見渡す。
「どっちなのか、確かめないと」




