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エデン  作者: ko-da
第2部 2章 休暇編

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先輩と後輩

シオンは亜爆(あばく)に礼を言い、訓練場を後にした。扉が閉まる。静かな廊下に出たシオンは、先ほどまでの会話を思い返しながら歩いていた。

――後輩のことを、しっかり気にかけていればいい。

亜爆(あばく)の言葉が頭の中に残っている。


「……」

シオンは小さく息を吐いた。

自分が考えていたよりも、ずっと単純なことなのかもしれない。先輩だからといって、何でもできる必要はない。フルトに適切な指示を出せなかった自分も、まだ先輩になったばかりなのだから仕方がない。大切なのは、失敗しないことではない。失敗したなら、次はどうするか。そして、後輩が困っているなら、そのことに気付いてあげること。そんなことを考えながら歩いていると――。


「亜爆さん!」

後ろから、聞き覚えのある大きな声が響いた。

シオンが足を止める。振り返ると、先ほどまで話していた訓練場の扉が開いていた。そこから入ってきたのはナロクだった。ナロクは亜爆の姿を見つけると、まっすぐに駆け寄っていく。

「特訓に付き合って頂けませんか!」


「ナロク君?」

亜爆は少し驚いた顔をする。

「どうしたんです、急に」


「まだラベジニウムを上手く扱えなくて!」

ナロクは拳を握りしめる。

「早く能力を習得したいんです!」

真っ直ぐな瞳で亜爆を見る。


「なるほど……」

亜爆はナロクを見つめる。

「分かりました。じゃあ、少しやってみますか」


「ありがとうございます!」

ナロクは勢いよく頭を下げた。

「よろしくお願いします!」


「そんなに気合い入れなくても大丈夫ですよ」


「いえ!自分は一刻も早く強くなりたいんです!」


「まあまあ、焦らずに」

そんな二人のやり取りを、少し離れた場所からシオンは見ていた。ナロクは亜爆の話を真剣に聞いている。亜爆もまた、そんなナロクに付き合おうとしている。シオンはその光景を眺めながら、ふっと口元を緩めた。

「……フフッ」

昨日までなら、自分が何とかしなければならないと思っていた。先輩として、後輩を導かなければならない。けれど――

こうして、それぞれの先輩と後輩が少しずつ関係を作っている。それでいいのかもしれない。シオンは二人の邪魔をしないよう、静かにその場を離れた。廊下の向こうへ歩いていく。その背中には、昨日までのような不安そうな様子はなかった。

「……ぼくも、頑張ろう」

小さく呟いて、シオンは自分の担当する後輩――フルトのことを思い浮かべた。

次に会ったときは、まず話をしてみよう。どんなことが苦手なのか。何を不安に思っているのか。そして、自分に何ができるのか。まだ答えは分からない。それでも、少しずつでいい。シオンはそう思いながら、静かな支部の廊下を歩いていった。


先ほどまで亜爆とナロクがいた訓練場から離れ、支部の中を進んでいく。しばらくすると、支部の一角にある休憩スペースが見えてきた。そこには見覚えのある姿があった。小さく縮こまるようにして椅子に座り、一冊の本を読んでいる。フルトだった。

シオンは少しだけ立ち止まった。話しかける。それだけのことなのに、妙に緊張する。昨日、緋山(ひやま)と一緒にエデンの家へ行ったときとは違う。今回は、自分が先輩として向き合わなければならない相手だ。シオンは意を決して、フルトへ近づいていく。

「……フルト」


「うわっ!」

フルトの肩が大きく跳ねた。持っていた本を落としそうになり、慌てて抱え直す。

「シ、シオンさん……!」


「そんなに驚かなくても……」


「す、すみません!」


「謝らなくていい」

シオンはフルトの向かいに座った。

フルトは少し落ち着かない様子でシオンを見る。

「どうしたんですか?」


「ちょっと話したくて」


「ぼ、僕とですか?」


「うん」

シオンは少し間を置く。

「この前の任務のこと」

その言葉を聞いた瞬間、フルトの表情がわずかに曇った。

「……はい」


「ごめん」

シオンはすぐに頭を下げた。

フルトは目を丸くする。

「え?」


「エリア・ストラスのとき、僕がちゃんと指示を出せなかった」


「そ、それは……」


「君を危険な目に遭わせた」

シオンは顔を上げる。

「先輩として、あれはよくなかったと思ってる」

フルトはしばらく何も言わなかった。やがて、ゆっくりと首を横に振る。

「シオンさんだけのせいじゃないです」


「でも……」


「僕も、何をすればいいのか分かりませんでした」

フルトは自分の手を見つめる。

「怖くなって……動けなくなって……」

その声は小さかった。

「だから……僕も、もっと強くならないといけないと思っています」

シオンは黙ってフルトの話を聞いていた。

「僕、ECOに入ったばかりで……まだ何もできません」

フルトは苦笑する。

「能力だって、ちゃんと使えるわけじゃないし……戦うのも得意じゃないです」


「……」


「でも、だからって誰かに守ってもらってばかりじゃ駄目だと思うんです」

フルトは顔を上げた。その目には、まだ不安が残っていた。けれど、その奥には確かな意思もあった。

シオンはそれを見て、少しだけ安心する。

「じゃあ、一緒に頑張ろう」


「……え?」


「ぼくも先輩としてまだまだだから」

シオンは少し照れくさそうに笑った。

「だから……一緒に強くなろう」

フルトは驚いたように目を瞬かせる。

そして――小さく笑った。

「……はい」


「うん」


「よろしくお願いします、シオンさん」


「こちらこそ」

二人の間に、少しだけ穏やかな空気が流れた。シオンは立ち上がる。

「それと」


「はい?」


「今度、訓練するときはぼくに言って」


「訓練……ですか?」


「うん。ぼくも付き合うから」

フルトは一瞬驚いたあと、嬉しそうに頷いた。

「分かりました」

シオンはその返事を聞き、今度こそ安心したように微笑んだ。先輩として何をすればいいのか。まだ、明確な答えは分からない。けれど――

少なくとも、目の前にいる後輩を知ろうとすること。それなら、今の自分にもできる。シオンはそう思いながら、フルトと並んで休憩スペースを後にした。

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