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エデン  作者: ko-da
第2部 2章 休暇編

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先輩として大切なこと

博士は地面に置いた大きなカバンを開き、そこからいくつかの工具を取り出した。小型のドライバー、細いケーブル、見たことのない測定器。そして、手のひらほどの大きさをした機械。それらを慣れた手つきで並べていく。

「ドロイ君、腕を少し上げてくれるか」


「こうですか?」


「うむ。そのままじゃ」

博士はドロイの右腕を支えながら、関節部分を慎重に確認していく。カチッ。小さな音が鳴った。

「……やはり接続部分がずれておるな」


「自分でもそこだと思って調整したんですが……」


「君は力を入れすぎたんじゃ」


「……」

ドロイが黙る。

シオンは二人のやり取りを見ながら、少しだけ苦笑した。

「勘でやってるんじゃなかったんだ」


「……そう見えてましたか」


「まあまあ、若いうちは失敗するもんじゃ」

博士は笑いながら作業を続ける。そのときだった。


「……あれ?」

少し離れた場所から声がした。三人が一斉に振り向く。寮の入口から、一人の少年が歩いてくる。黒い髪。見慣れた制服姿。片手には小さな袋を持っている。

「……ドロイさん?」

エデンだった。エデンは三人の姿を見つけると、少し驚いたように足を止めた。

「何してるの?」


「エデン」

シオンが振り向く。

「ドロイがメンテナンス失敗して」


「メンテナンス?」

エデンがドロイを見る。そして、その腕を見て目を丸くした。

「……あ」


「どうしました?」


「いや、そういえばドロイって機械の身体だったなって」


「忘れてました?」


「いや、忘れてたわけじゃないけど……」

エデンは少し考える。

「普段普通にしてるからさ」


「それは褒め言葉として受け取っておきます」

ドロイが苦笑する。

博士はそんな二人の会話を聞きながら、作業を止めなかった。

「君がエデン君か?」


「え?」

エデンが博士を見る。

「そうですけど……」


「なるほどなるほど」

博士は興味深そうにエデンを眺める。

「ドロイ君から話を聞いておるぞ」


「俺のことですか?」


「うむ。かなり強くなったらしいな」


「……まあ、訓練はしてます」

エデンは少し照れくさそうに頭を掻いた。

博士は満足そうに頷く。

「若い者が鍛錬に励むのは良いことじゃ」

「ワシも若い頃はたくさん研究したのぉ~」


「博士、その話はいいので、早く直してください」

ドロイが言う。

「おお、すまんすまん」

博士は再び作業へ戻る。

シオンはエデンの方へ近づいた。

「エデン、今日はどうしたの?」


「ちょっと支部に用事があって。その帰り」


「そうなんだ」


「シオンこそ、ドロイと一緒にいたんだ?」


「うん」

シオンは一瞬だけ言葉を選んだ。

「ドロイに……」

「先輩として自信がないって相談した」


エデンは二人を見る。

「自信か....」


「……うん」

シオンは少し俯いた。

「エリア・ストラスで、フルトにちゃんと指示を出せなかったから」


「ああ……」

エデンも思い出す。

「あのときか」


「それで、自分が先輩としてちゃんとできてないんじゃないかって……」

シオンが言い終えると、博士が工具を動かしながら口を挟んだ。

「誰かの上に立つ者というものは、最初から完璧なものではないぞ」


シオンが顔を上げる。

「……」


「ドロイ君もそうじゃ」


「はい」


「なら、失敗して当然じゃ」

博士はそう言って、ドロイの腕の内部へ慎重に部品を取り付ける。

「大切なのは、失敗したあとにどうするかじゃ」

シオンはその言葉を黙って聞いていた。

エデンも何も言わず、博士の作業を見ている。

しばらくして――

カチッ。博士が最後の部品を取り付けた。

「よし」

ドロイが腕を動かす。指を一本ずつ動かし、手首を回す。

「……問題ありません」


「うむ。これで大丈夫じゃ」


「ありがとうございます」


「自分で弄るときは、もっと慎重にな」


「はい……」

博士は工具を片付け始めた。

エデンはその様子を見ながら笑う。

「ドロイさんって結構独断で動くよね」


「……否定できません」


シオンも思わず笑った。

さっきまで自分のことを気にしていたのが、少し馬鹿らしく思えるほどだった。完璧な先輩である必要なんてない。分からなければ、誰かに聞けばいい。失敗したなら、次に直せばいい。それはきっと、ドロイだけではない。シオンも、これから少しずつ覚えていけばいいのだ。そんなことを考えながら、シオンはエデンとドロイの二人を見ていた。

博士は工具を片付け終えると、大きなカバンの中をもう一度探り始めた。何かを探しているらしい。

「……そうそう」

やがて、博士は「あっ」と声を上げた。

「ついでに、これも渡しておくぞ」


「これ……?」

ドロイが振り返る。

博士が取り出したのは、金属製の小さな板だった。手のひらに収まるほどの大きさしかない。表面にはいくつかの細かな溝が刻まれており、中央にはラベジニウムのインターフェースとよく似た形状の接続部があった。博士はそれをドロイへ差し出す。

ドロイは受け取った瞬間、その板をじっと見つめた。

「これは……」

その声には、明らかな驚きが混じっていた。

シオンも気になったのか、ドロイの手元を覗き込む。

「何か特別なもの?」


「ええ……まあ」

ドロイは答えながらも、金属板から目を離さない。

博士は満足そうに笑った。

「そろそろ、あの機能をアンロックしてもいいと思ってのぉ」


「……」

ドロイの表情が変わった。

一瞬、言葉を失う。そして、確認するように博士を見る。

「まさか……」


博士はニヤリと笑った。

「そうじゃ」

少しだけ間を置いてから、はっきりと言う。

「ビームじゃよ」


「……ビーム」

エデンが思わず聞き返した。

博士は嬉しそうに頷く。

「そのキーを身体に組み込めば、ラベジニウムのエネルギーを利用してビームを放てるようになる」


ドロイは金属板を握りしめた。自分の身体。その内部には、ラベジニウムのエネルギーを利用するための様々な機構が組み込まれている。

そして今度は、その身体に新たな機能が追加される。

「……俺に使いこなせるんですか?」

ドロイが尋ねる。博士は迷いなく答えた。

「今の君にならな」

その言葉に、ドロイは黙り込んだ。以前の自分なら、そんな機能を扱うことなど考えられなかったかもしれない。だが、クロウ島での戦い。そして、その後の数々の任務。エデンたちと共に戦い、自分自身も少しずつ強くなってきた。博士が言っているのは、単に機能を追加しても問題ないという意味ではない。今のドロイなら、その力に振り回されずに扱える。そういう意味なのだろう。

「……分かりました」

ドロイは金属板を見る。

「ありがとうございます」


「礼を言うのはまだ早いぞ」

博士は笑った。

「まずは組み込んで、きちんと調整してからじゃ」


「それもそうですね」


エデンが興味深そうにドロイを見る。

「ビームか……」


「俺もまだ実際に見たことはありません」

ドロイが答える。


「博士、どのくらいの威力なんです?」

「それは実際に使ってみてからのお楽しみじゃ」


「随分もったいぶりますね」


「研究者というものは、そういうものじゃよ」

博士は楽しそうに笑う。


シオンも金属板を見ながら尋ねた。

「そのビームって、ドロイの能力とは別なんですか?」


「そうじゃな」

博士が説明する。

「鉄鋼製作(スチームメイキング)とは別じゃ。ラベジニウムから供給されるエネルギーを身体内部の機構で変換し、外部へ射出する」


「なるほど……」

シオンが頷く。

「つまり、ドロイ自身の戦い方がさらに増える....」


「そういうことじゃ」

博士は大きなカバンを閉じた。

「君の身体は、ただの機械ではない。ラベジニウムと人間の身体、そして機械。その三つを組み合わせているからこそ出来ることがある」


ドロイは自分の腕を見る。普段なら、それを自分の身体として意識することは少ない。だが、こうして新しい機能を追加されるたび、自分の身体が普通の人間とは違うものなのだと改めて実感する。

ドロイは金属板を大切そうにしまった。

「使いこなしてみます」


「うむ」

博士は満足そうに頷く。

そして、帰ろうとしたところで、何かを思い出したように振り返った。

「ああ、そうじゃ」


「?」


「まだわしの名前を教えておらんかったな」

博士は胸を張った。

「一応、教えておこう!」

少しだけ間を置き、得意げに名乗る。

「わしの名前は、マルじゃ」


「マル博士……」

エデンが呟く。


「そうじゃ」

マルは笑う。

「機械による人間の器官の代替治療を研究しとる」

その言葉を聞いて、シオンは改めてドロイを見る。ドロイの身体は、ただ戦うためだけに作られたものではない。失われたものを補い、人間がもう一度生きるための可能性。その研究の中に、ドロイもいるのだ。

「じゃあ、また何かあったら連絡するんじゃぞ」

マルはそう言って、大きなカバンを持ち上げた。

「ドロイ君。無茶をするのは構わんが、自分の身体のことも少しは大事にするんじゃぞ」


「……はい」

ドロイは素直に頷いた。

マルはそのまま歩き出す。その背中を三人はしばらく見送っていた。やがて、エデンが口を開く。

「……なんかすごい人だったな」


「はい」

ドロイは自分のポケットに入れた金属板へ触れる。

「ビームか...」


シオンはそんなドロイを見て、微笑んだ。

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