先輩として大切なこと
博士は地面に置いた大きなカバンを開き、そこからいくつかの工具を取り出した。小型のドライバー、細いケーブル、見たことのない測定器。そして、手のひらほどの大きさをした機械。それらを慣れた手つきで並べていく。
「ドロイ君、腕を少し上げてくれるか」
「こうですか?」
「うむ。そのままじゃ」
博士はドロイの右腕を支えながら、関節部分を慎重に確認していく。カチッ。小さな音が鳴った。
「……やはり接続部分がずれておるな」
「自分でもそこだと思って調整したんですが……」
「君は力を入れすぎたんじゃ」
「……」
ドロイが黙る。
シオンは二人のやり取りを見ながら、少しだけ苦笑した。
「勘でやってるんじゃなかったんだ」
「……そう見えてましたか」
「まあまあ、若いうちは失敗するもんじゃ」
博士は笑いながら作業を続ける。そのときだった。
「……あれ?」
少し離れた場所から声がした。三人が一斉に振り向く。寮の入口から、一人の少年が歩いてくる。黒い髪。見慣れた制服姿。片手には小さな袋を持っている。
「……ドロイさん?」
エデンだった。エデンは三人の姿を見つけると、少し驚いたように足を止めた。
「何してるの?」
「エデン」
シオンが振り向く。
「ドロイがメンテナンス失敗して」
「メンテナンス?」
エデンがドロイを見る。そして、その腕を見て目を丸くした。
「……あ」
「どうしました?」
「いや、そういえばドロイって機械の身体だったなって」
「忘れてました?」
「いや、忘れてたわけじゃないけど……」
エデンは少し考える。
「普段普通にしてるからさ」
「それは褒め言葉として受け取っておきます」
ドロイが苦笑する。
博士はそんな二人の会話を聞きながら、作業を止めなかった。
「君がエデン君か?」
「え?」
エデンが博士を見る。
「そうですけど……」
「なるほどなるほど」
博士は興味深そうにエデンを眺める。
「ドロイ君から話を聞いておるぞ」
「俺のことですか?」
「うむ。かなり強くなったらしいな」
「……まあ、訓練はしてます」
エデンは少し照れくさそうに頭を掻いた。
博士は満足そうに頷く。
「若い者が鍛錬に励むのは良いことじゃ」
「ワシも若い頃はたくさん研究したのぉ~」
「博士、その話はいいので、早く直してください」
ドロイが言う。
「おお、すまんすまん」
博士は再び作業へ戻る。
シオンはエデンの方へ近づいた。
「エデン、今日はどうしたの?」
「ちょっと支部に用事があって。その帰り」
「そうなんだ」
「シオンこそ、ドロイと一緒にいたんだ?」
「うん」
シオンは一瞬だけ言葉を選んだ。
「ドロイに……」
「先輩として自信がないって相談した」
エデンは二人を見る。
「自信か....」
「……うん」
シオンは少し俯いた。
「エリア・ストラスで、フルトにちゃんと指示を出せなかったから」
「ああ……」
エデンも思い出す。
「あのときか」
「それで、自分が先輩としてちゃんとできてないんじゃないかって……」
シオンが言い終えると、博士が工具を動かしながら口を挟んだ。
「誰かの上に立つ者というものは、最初から完璧なものではないぞ」
シオンが顔を上げる。
「……」
「ドロイ君もそうじゃ」
「はい」
「なら、失敗して当然じゃ」
博士はそう言って、ドロイの腕の内部へ慎重に部品を取り付ける。
「大切なのは、失敗したあとにどうするかじゃ」
シオンはその言葉を黙って聞いていた。
エデンも何も言わず、博士の作業を見ている。
しばらくして――
カチッ。博士が最後の部品を取り付けた。
「よし」
ドロイが腕を動かす。指を一本ずつ動かし、手首を回す。
「……問題ありません」
「うむ。これで大丈夫じゃ」
「ありがとうございます」
「自分で弄るときは、もっと慎重にな」
「はい……」
博士は工具を片付け始めた。
エデンはその様子を見ながら笑う。
「ドロイさんって結構独断で動くよね」
「……否定できません」
シオンも思わず笑った。
さっきまで自分のことを気にしていたのが、少し馬鹿らしく思えるほどだった。完璧な先輩である必要なんてない。分からなければ、誰かに聞けばいい。失敗したなら、次に直せばいい。それはきっと、ドロイだけではない。シオンも、これから少しずつ覚えていけばいいのだ。そんなことを考えながら、シオンはエデンとドロイの二人を見ていた。
博士は工具を片付け終えると、大きなカバンの中をもう一度探り始めた。何かを探しているらしい。
「……そうそう」
やがて、博士は「あっ」と声を上げた。
「ついでに、これも渡しておくぞ」
「これ……?」
ドロイが振り返る。
博士が取り出したのは、金属製の小さな板だった。手のひらに収まるほどの大きさしかない。表面にはいくつかの細かな溝が刻まれており、中央にはラベジニウムのインターフェースとよく似た形状の接続部があった。博士はそれをドロイへ差し出す。
ドロイは受け取った瞬間、その板をじっと見つめた。
「これは……」
その声には、明らかな驚きが混じっていた。
シオンも気になったのか、ドロイの手元を覗き込む。
「何か特別なもの?」
「ええ……まあ」
ドロイは答えながらも、金属板から目を離さない。
博士は満足そうに笑った。
「そろそろ、あの機能をアンロックしてもいいと思ってのぉ」
「……」
ドロイの表情が変わった。
一瞬、言葉を失う。そして、確認するように博士を見る。
「まさか……」
博士はニヤリと笑った。
「そうじゃ」
少しだけ間を置いてから、はっきりと言う。
「ビームじゃよ」
「……ビーム」
エデンが思わず聞き返した。
博士は嬉しそうに頷く。
「そのキーを身体に組み込めば、ラベジニウムのエネルギーを利用してビームを放てるようになる」
ドロイは金属板を握りしめた。自分の身体。その内部には、ラベジニウムのエネルギーを利用するための様々な機構が組み込まれている。
そして今度は、その身体に新たな機能が追加される。
「……俺に使いこなせるんですか?」
ドロイが尋ねる。博士は迷いなく答えた。
「今の君にならな」
その言葉に、ドロイは黙り込んだ。以前の自分なら、そんな機能を扱うことなど考えられなかったかもしれない。だが、クロウ島での戦い。そして、その後の数々の任務。エデンたちと共に戦い、自分自身も少しずつ強くなってきた。博士が言っているのは、単に機能を追加しても問題ないという意味ではない。今のドロイなら、その力に振り回されずに扱える。そういう意味なのだろう。
「……分かりました」
ドロイは金属板を見る。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いぞ」
博士は笑った。
「まずは組み込んで、きちんと調整してからじゃ」
「それもそうですね」
エデンが興味深そうにドロイを見る。
「ビームか……」
「俺もまだ実際に見たことはありません」
ドロイが答える。
「博士、どのくらいの威力なんです?」
「それは実際に使ってみてからのお楽しみじゃ」
「随分もったいぶりますね」
「研究者というものは、そういうものじゃよ」
博士は楽しそうに笑う。
シオンも金属板を見ながら尋ねた。
「そのビームって、ドロイの能力とは別なんですか?」
「そうじゃな」
博士が説明する。
「鉄鋼製作とは別じゃ。ラベジニウムから供給されるエネルギーを身体内部の機構で変換し、外部へ射出する」
「なるほど……」
シオンが頷く。
「つまり、ドロイ自身の戦い方がさらに増える....」
「そういうことじゃ」
博士は大きなカバンを閉じた。
「君の身体は、ただの機械ではない。ラベジニウムと人間の身体、そして機械。その三つを組み合わせているからこそ出来ることがある」
ドロイは自分の腕を見る。普段なら、それを自分の身体として意識することは少ない。だが、こうして新しい機能を追加されるたび、自分の身体が普通の人間とは違うものなのだと改めて実感する。
ドロイは金属板を大切そうにしまった。
「使いこなしてみます」
「うむ」
博士は満足そうに頷く。
そして、帰ろうとしたところで、何かを思い出したように振り返った。
「ああ、そうじゃ」
「?」
「まだわしの名前を教えておらんかったな」
博士は胸を張った。
「一応、教えておこう!」
少しだけ間を置き、得意げに名乗る。
「わしの名前は、マルじゃ」
「マル博士……」
エデンが呟く。
「そうじゃ」
マルは笑う。
「機械による人間の器官の代替治療を研究しとる」
その言葉を聞いて、シオンは改めてドロイを見る。ドロイの身体は、ただ戦うためだけに作られたものではない。失われたものを補い、人間がもう一度生きるための可能性。その研究の中に、ドロイもいるのだ。
「じゃあ、また何かあったら連絡するんじゃぞ」
マルはそう言って、大きなカバンを持ち上げた。
「ドロイ君。無茶をするのは構わんが、自分の身体のことも少しは大事にするんじゃぞ」
「……はい」
ドロイは素直に頷いた。
マルはそのまま歩き出す。その背中を三人はしばらく見送っていた。やがて、エデンが口を開く。
「……なんかすごい人だったな」
「はい」
ドロイは自分のポケットに入れた金属板へ触れる。
「ビームか...」
シオンはそんなドロイを見て、微笑んだ。




