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エデン  作者: ko-da
第2部 2章 休暇編

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ドロイのメンテナンス

ドロイは動かなくなった右腕を見つめたまま、少し考え込んでいた。

やがて、何かを思い出したように顔を上げる。

「あの人にここまで来てもらいましょうか」


「……あの人?」

シオンが尋ねる。


「はい。こういう機械の調整に詳しい人がいます」

そう言うと、ドロイは左手をポケットへ入れようとした。しかし、そこで動きを止める。

「……」

右手が使えないことを思い出したらしい。

「……すみません」


「どうしたの?」


「スマホが右ポケットにあって、とってくれますか?」


「ああ……」

シオンは少し困った顔をしたあと、ドロイの右側へ回り込んだ。

「取るよ」


「お願いします」


シオンがポケットへ手を入れる。取り出したのは、少し傷のついたスマートフォンだった。

「これ?」


「はい」


「連絡先を開けばいい?」


「お願いします。『博士』って登録されている番号です」


「博士……?」


「はい」

シオンは首を傾げながらスマートフォンを操作する。

連絡先を開くと、確かに一つだけ、妙に簡潔な名前で登録されていた。

――博士。

「……本当に博士って書いてある」


「その人です」


「どういう人なの?」


「説明すると長くなるので……」

ドロイは少し遠い目をした。

「とりあえず、機械に関しては信頼できます」


「分かった」

シオンは通話ボタンを押した。しばらく呼び出し音が鳴る。そして――

『ドロイ君か~? 一体どうしたんじゃ?』

スピーカーから、妙に陽気な老人の声が響いた。シオンは思わずスマートフォンを見る。

「……」


ドロイも少し気まずそうに目を逸らした。

「……博士」


『ん? なんじゃ?』


「俺じゃなくて、今はシオンさんが電話しています」


『おや?』

声の主が少し驚いたように反応する。

『シオンさん? 誰じゃ?』


シオンはスマートフォンを耳元へ近づけた。

「初めまして。シオンです」


『ほうほう! これは丁寧にどうも!』

声だけでも、相手がかなり上機嫌なのが分かる。

『それで、ドロイ君に何かあったのかね?』


シオンは動かなくなったドロイの右腕を見る。

「それが……」

少し言いにくそうにしながら、説明する。

「ドロイが自分の身体を自分でメンテナンスをしていたんですけど……」


『ふむ』


「失敗して、右腕が動かなくなりました」


『……』

電話の向こうが一瞬静かになった。ドロイが気まずそうに口を開く。

「……博士?」


『ドロイ君』


「はい」


『君、またやったのかね?』


「……はい」


『前にも言ったじゃろう。精密機器を感覚だけで調整するなと』


「すみません」


『まったく……』

博士は呆れたように言いながらも、どこか楽しそうだった。

『で、今どこにおるんじゃ?』


「アモリス支部の寮の前です」


『分かった。今からそっちへ行こう』


「本当ですか?」


『ドロイ君の身体をそのままにしておくわけにもいかんじゃろう』


「ありがとうございます」


『ただし――』

博士の声が少し低くなる。

『次に自分で勝手にいじったら、今度こそ説教じゃぞ』


「……はい」


シオンは思わず小さく笑った。

ドロイは困ったような顔をしている。


『では、少し待っておれ。すぐ向かう』


「分かりました」

通話が切れる。シオンはスマートフォンをドロイの左ポケットに入れる。そして二人は、博士が来るのを待つことになった。先ほどまで真面目に「先輩とは何か」を語り合っていた二人だったが――

今はただ、動かなくなったドロイの右腕を眺めながら、博士の到着を待っていた。


それから十数分ほどが経った頃だった。

寮の前で待っていたシオンとドロイのもとへ、遠くから人影が近づいてくる。最初に見えたのは、大きな鞄だった。その人物は両手で抱えるようにして、かなり大きなカバンを持っていた。歩くたびに中から金属がぶつかるような音が小さく響いている。ゆっくりと本人の姿が見えてきた。小太りの体型。白髪交じりの髪。そして、口元から顎にかけて伸びた立派なひげ。かなり高齢の男性だった。しかし、その足取りは思っていたよりもしっかりしている。


「……あの人かな」

シオンが呟く。

ドロイは男性の姿を確認すると、軽く頭を下げた。

「博士」


「おお、ドロイ君!」

男性は嬉しそうに声を上げた。

「待たせたのう!」


「いえ、そんなに待ってません」


「そうかそうか」

博士は大きなカバンを地面に置いた。ドスン、と重い音が響く。

シオンは思わずカバンを見る。

「……それ、何が入ってるんですか?」


「ん?」

博士はカバンを見下ろす。

「機械じゃよ」


「機械……」


「工具に交換部品、それから簡単な診断装置じゃ。ドロイ君の身体に合わせたものもいくつか入っておる」

そう言いながら、博士はドロイの右腕を見る。先ほどまでの陽気な表情が、少しだけ真剣なものへ変わった。

「ふむ……」

博士はドロイの腕へ近づく。関節部分を覗き込み、指先で軽く触れる。

「なるほど」


「分かりますか?」


「完全に壊れたわけではない」

博士は即答した。


「……本当ですか?」


「うむ。動作系統への接続が少しおかしくなっておるな」


ドロイはほっとしたように息を吐いた。

「よかった……」


「じゃが」

博士は人差し指を立てる。

「自分でメンテナンスして失敗したのはいただけん」


「……すみません」


「君は昔からそこだけは変わらんのう」

博士は呆れたように笑った。その様子を見ていたシオンは、二人の関係が少し気になった。

「博士って……ドロイとは昔から知り合いなんですか?」


「そうじゃな」

博士は髭を撫でながら答える。

「ドロイ君の身体については、ワシも昔から見ておる」


「そうなんですね」


博士はそう言うと、改めてシオンを見る。

「ところで君は?」


「あ、シオンです。ECOの隊員で……」


「ほう! 君がシオン君か!」


「……え?」

シオンが少し驚く。博士はにこにこと笑った。

「ドロイ君から話は聞いておるぞ」


「え?」


「新しい仲間じゃろう?」


「……はい」

シオンは少しだけ姿勢を正した。

「よろしくお願いします」


「こちらこそじゃ」

博士は満足そうに頷いた。そして、もう一度ドロイの右腕を見る。

「さて」

博士はカバンを開いた。中には、大小様々な工具や機械部品が綺麗に整理されている。

「立ち話もなんじゃ。ドロイ君、少し腕を見せてみなさい」


「はい」

ドロイが左手を使い、右腕を差し出す。博士はその腕を受け取り、真剣な目で状態を確認し始めた。シオンはその隣で黙って見守る。

先ほどまで「自分は良い先輩じゃないかもしれない」と悩んでいたドロイ。けれど今は、自分の身体を預けられる人物がちゃんといる。それを見ていると、シオンは少しだけ安心した。

――そして同時に。

自分にも、こうして誰かを安心させられる先輩になれるだろうか。そんなことを、シオンは静かに考えていた。

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