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エデン  作者: ko-da
第2部 2章 休暇編

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ドロイの話

翌日の朝。

アモリス支部に併設された寮には、まだ休日らしい静けさが残っていた。

任務がないため、普段なら早朝から訓練へ向かう隊員たちの姿も少ない。廊下を歩く足音もまばらで、窓から差し込む朝の光だけが、建物の中をゆっくりと照らしていた。

その中を、シオンは一人で歩いていた。

昨日、エデンの家を訪れたことで、彼女の中には一つの考えが生まれていた。先輩として、もっとしっかりしなければならない。

シオンは寮の自動扉の前で足を止めた。昨日はエデンについて知ろうとした。けれど、それだけでは足りない。

「……次はドロイの所に行こう」

シオンは寮の入口付近で待っていた。しばらくすると、自動扉が開く。中からドロイが出てきた。

「……あれ?」

ドロイはシオンに気づき、足を止める。

「シオンさん?」


「おはようございます」

ドロイは少し不思議そうに首を傾げた。

「どうしたんですか? こんなところで」

昨日までなら、シオンは何か言い訳を考えながら隠れていたかもしれない。けれど、今日は違った。シオンはまっすぐドロイを見る。

「少し、話したいことがあって」


「俺にですか?」


「うん」


ドロイは少し驚いた顔をしたものの、すぐに頷いた。

「分かりました。そこら辺で話しましょうか」

二人は寮の脇にあるベンチへ向かった。

朝の風が静かに吹いている。シオンはベンチに座ることなく、立ったまま少し俯いていた。

「……エリア・ストラスのこと」


「はい」


「ぼく、フルトにちゃんと指示を出せなかった」


ドロイは黙って聞いている。


「先輩なんだから、もっとしっかりしないといけないと思ってた。でも……実際に任務になると、どうすればいいのか分からなくなって」

シオンは自分の右肩にあるラベジニウムのインターフェースへ一瞬だけ目を向けた。

「だから……正直に言うと」

少しだけ息を吸う。

「ぼくは、先輩として相応しくないかもしれない」

言葉にしてしまうと、思っていた以上に重かった。シオンは目を伏せる。

しかし、しばらく待ってもドロイから返事がない。

「……」

やがてドロイが口を開いた。

「正直、俺も自分自身がいい先輩だとは思ってません」


「え?」

シオンが顔を上げる。

ドロイは苦笑していた。

「なんせ、後輩を持つのが初めてですから」

その言葉に、シオンは少し目を丸くする。

ドロイはベンチへ腰を下ろした。

「俺だって、グラスさんにどう接すればいいのか、まだ分かってません」


「ドロイでも……?」


「もちろんです」

ドロイは即答した。

「クロウ島でも、俺は自分のことで精一杯でした。今度は自分が先輩として誰かを守る立場になる。そう考えると、簡単なことじゃないですよ」

シオンは黙って聞いていた。

「だから、シオンさんだけが悩んでいるわけじゃないと思います」


「……」


「それに」

ドロイはシオンを見る。

「先輩だからって、最初から完璧じゃなくてもいいんじゃないですか?」


その言葉に、シオンの表情がわずかに変わった。

「完璧じゃなくても……?」


「はい」


ドロイは穏やかに頷く。

「分からないなら、後輩と一緒に考えればいい。危険なことがあったら、自分一人で行動せずに他の隊員へ相談すればいい」

そして、少しだけ笑った。

「少なくとも、俺はそうするつもりです」

シオンはしばらく何も言わなかった。

昨日エデンの家で感じたものとは、また少し違う。エデンは、先輩として特別な何かをしているわけではなかった。そしてドロイもまた、完璧な先輩ではない。それでも二人とも、自分なりに後輩のことを考えている。

「……ドロイ」


「はい?」


「ありがとう」

シオンは小さく頭を下げた。

「少しだけ.......気が楽になった」


「それならよかったです」

ドロイは立ち上がる。

「それに、フルトさんもシオンさんのことを悪く思ってないと思いますよ」

「本当?」

シオンの口元に、ほんの少し笑みが浮かんだ。

朝の静かな寮の前。二人はしばらく、その場で話を続けた。まだ二人とも、先輩としてどうすればいいのか分からない。けれど――

分からないからこそ、一緒に悩むことはできる。

それだけでも、昨日までとは少し違っていた。

二人が寮の前で話を続けていると、ドロイがふと自分の右腕へ手を伸ばした。何かを確かめるように、腕の関節付近を指先で何度か触れる。

シオンはその様子を不思議そうに見つめた。

「……それ、何してるの?」


「これですか?」

ドロイは自分の腕を見下ろす。

「シオンさんは、俺の身体について知ってますか?」


「身体……?」

シオンは首を傾げる。

ドロイは少しだけ考えたあと、腕を軽く叩いた。

「俺は身体が機械なんです」


「……え?」

シオンの目が大きくなる。

以前からドロイが特殊な身体をしていることは知っていた。しかし、こうして本人から改めて聞かされると、やはり驚きは隠せなかった。ドロイは自分の腕を動かしながら説明する。

「宇宙風邪という病気の影響で、身体の重要な器官を機械に置き換えています。見た目は普通に見えるようになってますけど、中身は結構いろいろ改造されてるんですよ」


「そうだったんだ……」

シオンはドロイの腕をじっと見る。


「で……今はそのメンテナンスをしてるんですが……」

ドロイは腕の側面にある小さな接続部分へ指を伸ばした。

カチッ。小さな音がする。

「ここを外して……」

さらに内部を調整する。

「それから、この部分を……」


シオンは横から覗き込む。

「大丈夫なの?」


「大丈夫です。いつも自分でやってますから」

ドロイは慣れた手つきで作業を進めていく。しかし――

「……あれ?」

動きが止まった。


「どうしたの?」


「いや……」

ドロイがもう一度、接続部分を確認する。

「ちょっと待ってください」

カチ。もう一度取り付ける。しかし――

「……」

腕が動かない。

ドロイは無言で腕を見つめる。

「……」


「……」

シオンも黙って見つめる。

ドロイはもう一度腕を動かそうとした。

「……動かないですね」


「え?」


「メンテナンス、失敗しました」

あまりにも淡々と言うので、シオンは一瞬反応できなかった。


「え、ええ!?」


「大丈夫です」


「大丈夫じゃないでしょ!?」


「落ち着いてください」


「腕が動いてないよ!?」


「はい」


「はいじゃなくて....」

シオンが慌ててドロイの腕を見る。

ドロイはそんなシオンとは対照的に、妙に冷静だった。

「まあ……よくあることです」


「よくあるの!?」


「たまにあります」


「たまにって……」

シオンは困ったようにドロイを見る。

ドロイは自分の動かなくなった腕を持ち上げようとする。しかし、腕はまったく反応しない。

「……」


「……」

二人の間に沈黙が落ちる。

やがてドロイがぽつりと言った。

「……どうしましょう」


「それを今考えてるの!?」

シオンは思わず声を上げた。

先ほどまでの真面目な先輩談義が、いつの間にか機械のメンテナンス失敗の話になっている。ドロイは困ったように自分の腕を見つめていた。

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