穏やかな時間
その後、しばらくして。
窓の外から差し込んでいた日差しも、少しずつ傾き始めていた。
昼食を終えてから、シオンと緋山はリュートやフェイルと話をしていた。エデンが買ってきたルーも加わり、フェイルがもう一度温め直したカレーを食べながら、二人は穏やかな時間を過ごしていた。
やがて、シオンが時計を見る。
「……そろそろ帰らないと」
「もうそんな時間?」
緋山も時計を見る。
思っていたよりも時間が経っていた。
「寮に戻るの、遅くなっちゃいますね」
「そうだね」
シオンが立ち上がる。
「今日はありがとうございました」
フェイルも立ち上がり、二人の方へ近づいた。
「こちらこそ。来てくれて嬉しかったわ」
「楽しかったです」
「私もです!」
緋山は深く頭を下げる。
「ご飯まで食べさせてもらって、本当にありがとうございました!」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ」
フェイルは笑いながら言った。
「またいつでも遊びに来てちょうだい」
「……また来てもいいんですか?」
シオンが尋ねる。
「もちろんよ」
フェイルは即答した。
「エデンの友達なんだから、遠慮しなくていいわ」
その言葉に、シオンは少し目を丸くした。
そして、静かに頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「私もまた来たいです!」
緋山が元気よく言う。
その後ろから、リュートが杖をつきながら近づいてきた。
「帰るなら気をつけてな」
「はい」
「二人とも、またエデンをよろしく頼む」
「……え?」
シオンが少し驚く。
リュートは穏やかに笑っていた。
「俺たちが知らないところで、あいつは無茶するだろうからな」
「父さん」
エデンが少し困ったような顔をする。
「俺、そんなに無茶してないって」
「そういうところだ」
「どういうところだよ」
リュートは笑い、シオンと緋山を見る。
「もしあいつが無茶してたら、ちゃんと止めてやってくれ」
「……分かりました」
シオンは真剣な表情で頷いた。
「任せてください」
「私も止めます!」
緋山も胸を張る。
エデンは二人を見て、少しだけ笑った。
「なんで二人ともそんな真面目に答えてるんだよ」
「先輩仲間だから」
シオンが答える。シオンはエデンを見る。
「今日、少しだけ分かった気がする」
「何が?」
「先輩って、どういうものなのか」
エデンは首を傾げる。
「……よく分かんないけど、まあ頑張って」
「うん」
シオンは小さく笑った。
「それじゃあ、失礼します」
二人は玄関へ向かう。
フェイルが玄関まで見送りに来る。
「今日はありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「また来てね」
「はい!」
緋山が靴を履く。
シオンも靴を履き終え、玄関の扉へ手をかけた。その瞬間、シオンは一度だけ振り返った。そこにはエデンと、その両親が立っている。穏やかな家の光景。戦いの中で生きている自分たちにとって、こういう場所は少しだけ特別に感じられた。
「……エデン」
「ん?」
「今日はありがとう」
「こっちこそ」
エデンは軽く手を上げる。
「また支部でね」
「うん」
扉が開く。
二人は外へ出た。
扉がゆっくりと閉じていく。最後に見えたのは、エデンがこちらへ手を振っている姿だった。そして、扉が閉まる。二人は並んで歩き始めた。しばらくの間、どちらも何も言わなかった。住宅街には、休日らしい穏やかな空気が流れている。遠くから車の走る音が聞こえる。風が吹き、街路樹の葉が揺れる。
やがて、緋山が口を開いた。
「……シオン先輩」
「何?」
「今日、来てよかったですね」
シオンは少し考える。
「……うん」
「エデン先輩のこと、色々分かった気がします」
「私も」
二人は歩きながら、今日聞いた話を思い返していた。エデンが幼い頃から人を助けていたこと。家族との関係。
緋山はふと足を止める。
「……私」
シオンも立ち止まる。
「どうしたの?」
「やっぱり、エデン先輩を選んでよかったです」
「……そう」
「はい」
緋山は前を向く。
「私、ジエルさんに助けてもらったことがあるんです」
シオンは黙って聞いていた。
「だから、最初はジエルさんの後輩になりたかった」
緋山は少し寂しそうに笑う。
「でも、今日エデン先輩の家に行って……」
一度言葉を止める。
「エデン先輩も、きっと同じように誰かを守ってきた人なんだなって思いました」
「……うん」
「だから私、エデン先輩のことをもっと知りたいです」
シオンは緋山を見る。そして、少しだけ笑った。
「じゃあ、ぼくも頑張らないと」
「え?」
「ぼくも先輩だから」
シオンは前を向く。
「もっと頼れるようになりたい」
エリア・ストラスでの出来事。あのときのフルトの姿を思い出す。シオンは拳を軽く握った。
「次は、ちゃんと守れるようになりたい」
「……はい!」
緋山も笑った。
二人は再び歩き始める。その背中は、まだ小さい。まだまだ経験も足りない。戦場で判断を誤ることもあるだろう。それでも。今日という一日を通して、二人はほんの少しだけ前へ進んでいた。
そして、その日の夕方。
アモリス支部へ戻る道の途中で、緋山はふと空を見上げた。
「……ジエルさん」
小さく呟く。
「どこにいるんでしょうね」
シオンも空を見る。答えは分からない。ECOの記録では、ジエル・レートは死亡と判断されている。けれど、エデンは信じている。どこかで生きていると。そして緋山も、いつの間にかその考えを否定できなくなっていた。
「……生きてるといいね」
シオンが言う。
「はい」
緋山は頷く。
「きっと、生きてますよ」
二人はそう言って、再び歩き出した。
休日はまだ終わっていない。
けれど二人の中では、もう次の任務へ向けた準備が始まっていた。




