昔からのエデン
シオンと緋山の二人はカレーを食べ終わり、スプーンを皿に置き、黙っていた。
リュートはそんな二人の顔を交互に見た。先ほどから、シオンも緋山もどこか落ち着かない。エデンについて何かを知りたくてここまで来たことは、リュートにもなんとなく分かっていた。
リュートは杖を傍らに置き、少しだけ姿勢を正した。
「エデンについて聞きに来たんだろ。何が知りたいんだ?」
突然そう聞かれて、シオンと緋山は顔を見合わせた。
「……えっと」
「その……」
二人とも、言葉が出てこない。緋山はエデンについて知りたい、シオンは先輩としての振る舞い方を知りたい。それは間違いない。けれど、いざ本人の父親を前にすると、何を聞けばいいのかまでは考えていなかった。シオンは視線を泳がせ、緋山も困ったように頬をかく。
そんな二人を見て、リュートは小さく笑った。
「ははっ。まあ、急に聞かれても困るか」
リュートは少しだけ天井を見上げた。
何かを思い出すように、ゆっくりと目を細める。
「じゃあ……昔のあいつの話でもしようか」
二人は静かにリュートを見る。
エデンの父親が語る、まだECO隊員になる前のエデン。それがどんな少年だったのか。二人とも、自然と耳を傾けていた。
「エデンは……昔から優しいやつだった」
その言葉に、シオンは少しだけ目を開く。今のエデンからも、その優しさは十分に感じられる。だが、それが幼い頃から変わっていないものだと聞くと、少し意外でもあった。
「困ってる人がいたら、すぐに助けに行くんだ」
リュートは懐かしそうに笑った。
「自分に出来るかどうかなんて、あまり考えない。目の前で誰かが困ってたら、とりあえず動く。昔からそういうやつだった」
そこまで話して、リュートの表情が僅かに変わった。笑みが消える。そして、少しの沈黙が生まれた。
「でも……」
その一言に、緋山が反応する。
「でも?」
リュートはすぐには答えなかった。やがて、ゆっくりと口を開く。
「あの事件が起きてからだ」
穏やかだった声に、重さが混じった。
「あいつは、自分の身を省みずに行動するようになった」
緋山は黙って聞いていた。
リュートは視線を落とす。
「エデンが十歳の頃だった」
その年齢を聞いた瞬間、シオンの表情も少し曇った。
「エデンは……目の前で、当時の担任の先生を失った」
部屋の空気が静かになる。外から聞こえていた風の音さえ、遠くなったように感じられた。
「それ以来、あいつはずっと自分を責めてた」
リュートは苦しそうに言葉を続ける。
「自分のせいだってな」
「……エデン先輩が?」
緋山が小さく呟く。
リュートは頷いた。
「もちろん、本当にあいつのせいだったわけじゃない。でも……子供だったあいつには、そう思えてしまったんだろうな」
十歳。まだ、自分の力だけではどうにもならないことがたくさんある年齢だった。それでもエデンは、自分に何か出来たはずだと思い続けた。助けられなかった。守れなかった。その後悔が、少しずつ彼の中に残っていった。
「それからだよ」
リュートは静かに続ける。
「色んな厄介ごとに首を突っ込みだしたのは」
「……厄介ごとに?」
シオンが聞き返す。
「ああ」
リュートは苦笑する。
「友達が不良にいじめられてたら、守ろうとして自分も怪我したり」
緋山が目を丸くする。
「それだけじゃない。溺れてる子を見つけたときなんて、自分も泳ぎが得意なわけじゃないのに助けようとしてな」
リュートは呆れたように笑った。
「危うく自分まで溺れそうになった」
「……」
シオンは何も言わなかった。
ただ、エデンのことを思い浮かべていた。
任務中、エデンは真っ先に動く。エリア・ストラス任務でも、後輩である緋山を守るように戦っていた。それは、今に始まったことではなかったのだ。
「……だから、エデン先輩は」
緋山がぽつりと言う。
「誰かが困ってたら、自分が助けなきゃって思っちゃうんですね」
「そうだな」
リュートは頷いた。
「ただ、それがあいつの優しさでもあって……同時に、危ういところでもある」
シオンはその言葉を聞いて、静かにエデンが出ていった玄関を見る。
ついさっきまで、そこにはエデンがいた。今はもう姿がない。
「……なるほど」
シオンは小さく呟いた。
先輩としての振る舞いをエデンから知りたい。そう思ってここまで来た。だが、知れば知るほど、エデンという人間は単純ではないのだと分かってくる。優しい。正義感が強い。そして――自分自身を後回しにしてしまう。
シオンは、少しだけ拳を握った。自分が先輩としてしっかりしなければならない。そのために来たはずなのに。今は、エデンという人間そのものをもっと知りたいと思い始めていた。




