任務終了と休暇
エリア・ストラスから戻ったエデン達は、アモリス支部へと帰還した。装甲車が支部の敷地内へ入り、ゆっくりと停車する。扉が開く。外から吹き込んできた風は、エリア・ストラスの中で感じていたものとはまるで違っていた。エリアの空気には、どこか重さがある。長時間そこにいた者ならば感じ取れるような、独特の圧迫感。それはエイリ星人のエネルギーが大気中に存在していたからだ。だが、アモリス支部へ戻ってくれば、その感覚はない。
エデンは装甲車から降りると、大きく息を吐いた。
「帰ってきたな」
その胸ポケットから、オルがひょこっと顔を出す。
「帰ってきましたぞー」
エデンは胸ポケットを軽く押さえながら、オルを見る。その表情には、いつものような安心感だけではなかった。エリア・ストラスで起きた出来事。そして、その中で判明した、オルの能力の可能性。ただ物を吸収するのではなく、エイリ星人のエネルギーまでも吸収することができるかもしれない。
それは、これまで誰も考えたことのない可能性だった。エイリ星人は、大気中に存在するエネルギーから生まれる。それならば。そのエネルギーそのものを減らすことができれば。エイリ星人が発生し続ける場所を、変えることができるのではないか。単純な発想だった。しかし、その意味は決して小さくない。これまでECOは、エリア指定された場所に定期的に隊員を送り込み、発生したエイリ星人を討伐してきた。それは必要な戦いだった。エイリ星人を倒さなければ、市民が危険にさらされる。だが、どれだけ倒しても、エネルギーそのものが残っている限り、新たなエイリ星人が生まれる可能性は消えない。いわば、終わりの見えない戦いだった。
もしオルがそのエネルギーを吸収できるのなら。その前提そのものを変えられるかもしれない。
「……でも、本当にできるのかな」
エデンが呟く。
オルは首を傾げる。
「何がですぞ?」
「エイリ星人のエネルギーを食べること」
「多分食べられるですぞ」
あまりにも即答だった。エデンは少し黙る。
「……いや、そう言われてもな」
「おいしかったですぞ」
「味の問題じゃないんだよ」
少し離れたところで聞いていた亜爆が、思わず苦笑する。
「相変わらずですね」
ドロイもオルを見る。
「しかし、本当に興味深い能力です」
ナロクはオルの能力について考え込んでいた。
(吸収....オルはどこまでの物を吸収できるんだ?エイリ星人のエネルギーだけ?)
(それともそれ以外のエネルギーも吸収できる?)
ドロイはエデンの胸ポケットで小さく動いているオルを「すごいですよ」と褒める。エデンも頷き、オルを撫でる。
エリア・ストラスでの発見。ECOとしては重要な発見だった。
しかし、エデン達はオルの能力がどういう仕組みなのか。エネルギーを吸収できるならどの程度の量を吸収できるのか。吸収したエネルギーはオルの身体にどう作用するのか。そして何より。本当にエイリ星人の発生を抑えられるほどの効果があるのか分からないことばかりだった。
そのため、エリア・ストラスから戻った直後。大山はエデン達を集め、本部からの決定を伝えた。
「オルについては、本部で研究することになった」
「お前達の報告だけでも、オルの能力には調べる価値が十分にある。それに、エイリ星人のエネルギーを吸収できるというのが本当なら、今後のECOの活動そのものに関わってくる可能性がある」
「……オルを預けるってことですか?」
「一時的にな」
大山はエデンの顔を見る。
「ずっと離すわけじゃない。研究が終われば戻ってくる」
オルは本部の研究施設へ移されることになった。もちろん、本人に詳しい事情が理解できているわけではない。
「オルは本部に行くですぞ?」
「ああ」
「何をするですぞ?」
「前みたいに、いろいろ調べてもらうんだ」
「ご飯は出るですぞ?」
大山は少し考える。
「……たぶん出る」
「なら大丈夫ですぞ!」
そのあまりにもあっさりとした反応に、エデン達は思わず顔を見合わせた。エデンは苦笑する。
「本当に緊張感ないな、お前」
「エデンも心配しすぎですぞ」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
オルは楽しそうに笑った。
その後。本部から来た職員によって、オルは一時的に連れていかれた。エデンは支部の入口まで見送った。
「じゃあな、オル」
「また会いましょうですぞー!」
小さな身体が職員とともに遠ざかっていく。エデンはその姿を、しばらく見つめていた。姿が見えなくなってからも、すぐにはその場を動かなかった。
「……寂しいんですか?」
後ろから声をかけたのは緋山だった。エデンは振り返る。
「まあね、ずっと一緒だったし」
「でも、すぐ帰ってきますよね!」
「うん」
エデンはそう答えた。
その言葉には、願いにも似たものが混じっていた。エイリワスとの戦いで、ジエルを失った。その記憶は、今でもエデンの中に残っている。だからこそ。また誰かが自分の前からいなくなることには、どうしても敏感になっていた。オルは死んだわけではない。危険な場所へ向かったわけでもない。ただ、本部で研究を受けるために一時的に離れただけだ。
頭では分かっている。それでも。胸ポケットが空いていることが、妙に気になった。
「……大丈夫だ」
エデンは自分に言い聞かせるように呟いた。
「オルは戻ってくる」
その言葉を、今度ははっきり口にした。
そして。その日の任務報告を終えたところで、大山からもう一つの話が伝えられた。
「それと、お前達」
「はい?」
エデンが顔を上げる。
大山は腕を組んだ。
「しばらく任務はない」
「え?」
亜爆も意外そうな顔をする。
「任務がないんですか?」
「ああ」
大山は頷いた。
「エリア・ストラスの調査は終わった。現時点で、お前達に急いで向かわせる任務もない」
「でも、ECOって人手が足りないんじゃ……」
緋山が尋ねる。
大山は少しだけ苦笑した。
「だからといって、休みなしで働かせるわけにはいかないだろ?」
そう言って、大山は八人を順番に見た。
エデン。亜爆。ドロイ。シオン。緋山。ナロク。グラス。フルト。全員が、この四ヶ月の間にECOへ加わった者達だった。新人もいる。異動してきた者もいる。そして、ジエルがいなくなってから、彼らは以前よりもずっと多くのことを背負っていた。
「数日間、休養を取れ」
大山の言葉に、全員が黙る。
「訓練も最低限でいい。任務のことを忘れろとは言わない。ただ、今は身体を休めることも仕事だ」
エデンは椅子の背もたれに身体を預けた。ようやく、少しだけ力が抜ける。エリア・ストラスでの戦闘は、それほど激しいものではなかった。だが、新人達にとっては初めての実戦だった。
そして、エデン達にとっても。新しい仲間を守りながら戦うという、これまでとは違う任務だった。その意味では、誰もが疲れていた。
「……休みか」
エデンが呟く。亜爆が隣で頷く。
「たまにはいいんじゃないですか」
「そうですね」
エデンは窓の外を見る。
アモリスの街は、今日も人々が行き交っている。エイリワスとの戦いから四ヶ月。まだ街のあちこちには、その戦いの傷跡が残っている。修復された建物。工事が続いている道路。新しく設置された防護設備。以前と同じように見えて。決して以前と同じではない。それでも、人々は日常を取り戻そうとしていた。
窓を見てボーっとしていると、緋山がエデンに近づいてきた。
「エデンさん」
緋山の声で、エデンは振り返った。
「何?」
「休みの日って、何するんですか?」
「俺?」
「はい」
エデンは少し考える。そして。
「……実家に帰るよ、父さんと母さんに顔を出さなきゃ」
「それだけですか?」
「たぶん」
亜爆が笑みを浮かべて言う。
「エデンさんらしいですね」
ドロイも穏やかに笑う。
「では、俺も久しぶりにゆっくり休むことにします」
「僕も……本でも読もうかな」
グラスがそう言うと、ナロクが反応する。
「グラス、勉強か?手伝うぞ」
「勉強とは言ってないよ」
「.......そうか?じゃあ俺は勉強してくる」
ナロクはすぐどこかに行ってしまう。
「……ナロクさんって本当真面目ですね」
亜爆はナロクのそんな様子に感心し、外に出ていく。
そんなやり取りを眺めながら、エデンは小さく笑った。
エイリワスとの戦いで、多くのものが失われた。そして、これから先も新たな脅威が現れるだろう。けれど。今は、少しだけ立ち止まる時間がある。新しい仲間達と過ごす時間。傷ついた身体を休める時間。そして。失ったものについて考える時間。エデンは窓の外へ視線を戻した。空は青かった。
「……数日くらい、ゆっくりするか」
その言葉に、ドロイが頷く。
「そうしましょう」
こうして。エイリワスとの戦いから四ヶ月後に始まった新たな世代の最初の任務は、ひとまず終わった。オルは本部へ。ECOの研究者達は、エイリ星人のエネルギーとオルの能力について調査を始める。
そしてエデン達八人には、数日間の休養が与えられた。




