吸収
エリア・ストラスに入り込んでいたエイリ星人たちを一通り撃退すると、辺りにはようやく静けさが戻ってきた。
先ほどまで響いていた爆発音や足音、金属がぶつかり合う音も途絶え、残されたのは風が木々の間を抜けていく音だけだった。とはいえ、ここがエリアである以上、完全に安全になったわけではない。大気中には、エイリ星人のエネルギーが漂っている。いつ、どこから新たな個体が現れるか分からない。そのことを全員が理解しているからこそ、誰一人として完全に気を抜くことはなかった。
エデンは周囲を見回していた。森の奥。倒れた木々の陰。建物の中。どこから敵が現れても対応できるよう、視線を巡らせる。
「……他にはいないのか?」
エデンがそう呟いたときだった。ふと、胸ポケットのあたりで何かが動いていることに気づいた。
「ん?」
視線を落とす。そこには、小さなオルがいた。オルは何やら口を動かしている。何かを食べているようにも見える。
「オル……何か食べてる?」
エデンが尋ねると、オルは振り返った。
「ここは空気がおいしいんですぞ」
「……空気?」
エデンは思わず眉をひそめた。辺りを見渡す。ここはエリア・ストラス。大気中にはエイリ星人のエネルギーが蔓延している。ついさっき、大山から聞いたばかりだった。エリア指定の原因となっているもの。エイリ星人が発生する原因とも考えられているエネルギー。それを思い出し、エデンはオルを見つめる。
「いや、大気中にエイリ星人のエネルギーがあるんだから、美味しいどころか汚……」
そこまで言って、エデンの言葉が止まった。オルはエイリ星人だ。人間とは違う。ならば。
「……もしかして」
エデンは少し考え込む。
「エイリ星人のオルにとっては、エイリ星人のエネルギーっていいものなのか?」
オルは何の疑問も持っていないように、きょとんとエデンを見上げていた。
「そうなんですぞ?」
オルもよく分かっていないようだった。エデンはますます考え込む。エリア。大気中に漂うエネルギー。そこから生まれるエイリ星人。そして、それを「美味しい」と感じているオル。これまでエデンは、オルのことを単純に「人類の味方であるエイリ星人」だと思っていた。だが。もしかすると、オルには自分たち人間がまだ知らない性質があるのかもしれない。
エデン達は周囲を警戒しながら、エリアの奥へと進んでいった。
しかし、いくら探してもエイリ星人の姿は見つからなかった。木々の間。崩れた建物の陰。道路の脇。どこを探しても、気配すらない。エデンは足を止め、周囲を見渡した。
「一体もいない、倒し切ったのか?」
亜爆も周囲を確認しながら答える。
「最初に出てきたので全部だったんでしょう、大山さん。どうします?」
少し離れた場所にいた大山が振り返る。
「帰りますか?」
「いや」
大山はそう言うと、腰に装着していたケースを開いた。中から取り出したのは、片手で持てる程度の小型の機械だった。円形のメーターが中央にあり、その周囲にはいくつかの数値と目盛りが刻まれている。
「帰る前に、一応濃度検査しとくか……」
大山は機械を持ち上げ、後輩達にも見えるようにした。
「お前ら、これがエイリ星人のエネルギー濃度を調べる機械だ」
ナロクが興味深そうに覗き込む。
「これで大気中のエネルギーを測るんですね!」
「ああ」
大山は機械の側面にあるボタンを押した。小さな電子音が鳴る。それと同時に、メーターの針がゆっくりと動き始めた。誰もがその針を見つめる。針は一定の速度で上昇していき、やがて目盛りの途中にある赤い線を越えた。大山が指を差す。
「この針が赤い線を越えてると濃度が高い」
エデンもメーターを覗き込む。針は赤線を越えたところで止まっていた。
「ほら、赤線超えてるだろ?」
「本当だ……」
緋山も興味深そうに機械を覗き込む。
大山は少し眉を寄せた。
「ん? もっと超えてると思ったが、こんなもんか」
エデンはその言葉を聞いて、周囲を見渡した。
ここはエリア・ストラス。エイリ星人が発生するほどのエネルギーが大気中に蓄積された場所だ。それなのに、どうして濃度が思ったほど高くないのか。その理由を考えていると――
「お腹いっぱいですぞ~」
突然、胸ポケットから声がした。エデンが視線を落とす。オルが満足そうな顔をしていた。
「……オル...もしかして今さっきから空気を吸ってるんじゃなくて.....」
大山もオルをじっと見つめる。
そして、ある可能性に気づいたように目を見開いた。
「エイリ星人のエネルギーを吸収してるのか?」
オルは少し首を傾げた。
「こうやって口を開けて吸うと色々吸えるんですぞ!」
その返答を聞いた瞬間、エデンの脳裏に一つの光景が蘇った。
アモリス地区南東部でのエイリヤカとの戦い。あの時、エイリヤカが放った斬撃の球体を、オルは真正面から吸い込んだ。攻撃を受け止めたわけではない。防御したわけでもない。まるで何かを食べるように、斬撃そのものを吸収していた。
「そうだ……」
エデンが呟く。
「オルは前にエイリヤカの斬撃を吸い込んでた。エイリヤカの斬撃がエイリ星人のエネルギーを利用したものだとしたら......」
大山がエデンを見る。
「吸収がオルの能力で、エイリ星人のエネルギーを吸うことが出来るなら……」
エデンはメーターへ視線を戻した。赤線を少しだけ越えたところで止まっている針。そして、満足そうにしているオル。点と点が、少しずつ繋がっていく。
亜爆も同じことに気づいた。
「エイリ星人のエネルギー濃度を減らして、エイリ星人が湧かないように出来る?」
その言葉が、静かなエリア・ストラスに落ちた。誰もすぐには答えなかった。
もし、それが可能なら。今まで誰にも出来なかったことが、出来るかもしれない。エイリ星人による被害をゼロにすることも可能かもしれない。大山は手に持った機械とオルを交互に見つめた。
「……まさか」
大山の表情が変わる。それは、新しい可能性を見つけた時の顔だった。




