緋山とナロク
大山は、教室の扉へ視線を向けた。
「ここからは完全な新人の登場だ」
そう言うと、エデンと亜爆、そしてドロイとシオンも扉へ目を向ける。
「お前達の後輩になるぞ」
大山がそう告げた直後、扉が開いた。最初に入ってきたのは、短い黒髪の少女だった。緊張している様子はほとんどなく、教室へ入るなり元気よく頭を下げる。
「おはようございます!」
明るい声が教室に響いた。続いて、その後ろから三人の男子が入ってくる。一人は目つきが鋭く、どこか不良を思わせる雰囲気の少年。その隣には少し俯きがちな少年がいた。そして最後に入ってきたのは、眼鏡をかけた少年だった。
四人とも、まだこの場所に慣れていない。当然だ。今日から彼らにとって、ここがECOでの新しい生活の始まりなのだから。大山が四人へ手を向ける。
「自己紹介してみろ」
最初に、黒髪の少女が前へ出た。背筋を伸ばし、明るい声で名乗る。
「緋山天狐です! よろしくお願いします!」
元気のいい挨拶だった。エデンは思わず目を丸くする。
「元気だな……」
亜爆が小さく笑う。
「緊張していないんでしょうか」
その次に、目つきの悪い少年が前へ出た。しばらく黙っていたが、口を開く。
「ナロク・アーモン」
それだけだった。最低限の言葉を残し、すぐに下がる。
エデンは少し苦笑した。
「短いな……」
続いて眼鏡の少年が前へ出る。眼鏡の位置を直し、落ち着いた声で名乗った。
「グラスです。よろしくお願いします」
俯きがちな少年は、視線を泳がせながら、小さな声で言う。
「え.....えと……フルトです。よろしくお願いします」
それだけ言うと、すぐに後ろへ戻ってしまった。
エデンは四人を順番に眺める。明るい少女。不良のような少年。知的そうな少年。そして、気弱そうな少年。あまりにも個性が違う。
大山はそんな四人を見ながら、満足そうに頷いた。
「よし。自己紹介はそれでいい」
そして、今度はエデンたちの方へ向き直る。
「それぞれの後輩には、一応担当の先輩を決めてもらう」
「……え?」
エデンが首を傾げた。
「俺たちが担当するんですか?」
「そうだ」
大山は淡々と答える。
「基本的に後輩は、選んだ先輩と一緒に任務をすることが多くなる」
エデンは四人を見る。まだ戦闘経験も少ない新人たち。自分たちが面倒を見るということなのだろう。しかし、大山は少しだけ付け加えた。
「まあ、別にそこまでしっかりしたものでもないぞ」
「そうなんですか?」
「ただ一緒に任務に行くことが多くなるだけだ」
大山はそう言って、四人の新人を見渡した。
「先輩側も新人側も、なんとなく決めればいい」
教室の空気が少し変わった。エデンは改めて四人を見る。これから自分たちと共に戦う後輩たち。その中から、誰と組むことになるのか。まだ誰にも分からなかった。
四人の新人が教室に並ぶ中、緋山は落ち着かない様子で周囲を見渡していた。誰かを探しているようだった。その視線が何度も教室の中を行き来する。それに気づいたエデンが声をかけた。
「何か探してる?」
緋山は振り返る。そして、少し迷ったあと、エデンに尋ねた。
「ジエル・レートって人、いませんか?」
その名前が出た瞬間。教室の空気が変わった。亜爆が黙る。ドロイも口を閉ざした。そして、シオンも何も言わずに視線を落とした。エデンも、すぐには答えなかった。
ジエル・レート。四ヶ月前まで、この教室にいた男。いつも青いはちまきを額に巻き、誰よりも前へ出て戦っていた。その姿を知っているからこそ、いなくなってしまった今、その名前を聞くたびにエデンの胸の奥が重くなる。
緋山は四人の反応を見ていた。明るかった表情が、少しずつ曇っていく。
「……もしかして」
声が小さくなる。
「ジエルさんって……死んだ?」
その言葉に、エデンは緋山をまっすぐ見た。そして、はっきりと首を横に振る。
「ジエルは死んでないよ」
緋山が顔を上げる。エデンの表情には、迷いがなかった。
「いなくなっちゃったけど、どこかで必ず生きてる」
エデンは静かに言葉を続ける。
「俺はそう信じてる」
その声には、ただの願望ではない強さがあった。ジエルの死体は確認されていない。だからこそ、エデンは彼の死を受け入れていなかった。どれだけ時間が経っても。どれだけ周囲が「死亡」と判断しても。エデンの中では、ジエルはまだどこかで生きている。緋山はそんなエデンの顔を見つめていた。やがて、その表情が少しだけ変わる。悲しげだった目に、ほんの少しだけ光が戻った。
「……分かりました」
そして、緋山はまっすぐエデンを見る。
「私、決めました」
エデンが首を傾げる。
「何を?」
「あなたにします」
「……俺?」
「はい」
緋山は頷いた。
「あなたの後輩になります」
エデンは少し驚いた。まさか、こんな理由で自分を選ばれるとは思っていなかった。
「そっか……」
緋山は改めてエデンへ向き直る。
「名前は?」
エデンは一瞬だけ考え、それから答えた。
「エミット・エデン」
そして、軽く頭を下げる。
「よろしく」
緋山も笑顔で頭を下げた。
「よろしくお願いします、エデン先輩!」
その様子を見ていた亜爆は、少しだけ目を細める。ドロイも静かに二人を見ていた。シオンは何も言わなかったが、エデンの言葉を聞いていた。
――ジエルは死んでいない。
その言葉は、この四ヶ月間ずっとエデンが胸の中で抱えてきたものだった。
そして今。それを信じる新しい仲間が、一人増えた。
一方で、ナロクは教室の中を見渡していた。そして、その視線が亜爆のところで止まる。亜爆はその視線を感じ、ゆっくりと顔を上げた。目つきの鋭い少年。先ほどの自己紹介も必要最低限で、ほとんど喋らなかった。そのうえ、こちらへ向かって歩いてくる。亜爆は思わず身構えた。
「……私ですか?」
ナロクは何も答えず、亜爆の目の前まで歩いてくる。近くで見ると、思った以上に迫力がある。鋭い目つきのせいか、何を考えているのか分からない。亜爆は僅かに身を引きそうになる。
(……近くで見ると一段と迫力が)
ナロクは亜爆の前で立ち止まった。
そして――
大きく息を吸い込む。
「亜爆さん!」
突然、教室に響き渡るほどの大声が放たれた。
「よろしくお願いいたします!」
ナロクは腰から深々と頭を下げた。亜爆は目を丸くする。
「…………え?」
あまりにも予想外だった。先ほどまでの無愛想な態度。鋭い目つき。短い自己紹介。その姿から、こんなにも礼儀正しい挨拶が飛び出してくるとは思っていなかった。亜爆はしばらく固まったあと、ようやく状況を理解する。
「あ、はい……こちらこそ、よろしくお願いします」
ナロクは頭を上げる。その表情は真剣そのものだった。亜爆は思わず苦笑する。
「……先ほどまで随分と無口だったので、てっきり無愛想な方なのかと思っていました」
「申し訳ありません!」
「いえ、謝らなくても……」
ナロクは背筋を伸ばしたまま答える。
「初対面の方に失礼な態度を取るわけにはいきませんので!自分、色々と考えてしまって!」
「いや、だから大丈夫ですって」
亜爆は完全に拍子抜けしていた。周囲ではエデンもその様子を見ている。
「ナロクって、めちゃくちゃ礼儀正しいんだな……」
ドロイも頷く。
「第一印象とはかなり違いますね」
シオンはナロクをじっと見ていた。そして、ぽつりと呟く。
「……怖い顔なのに」
「すみません!」
ナロクが即座に反応する。シオンは驚く。教室に小さな笑いが起こる。亜爆はそんなナロクを見ながら、改めて思った。どうやら、この少年は見た目だけで判断してはいけないらしい。
「では、改めて……」
亜爆はナロクへ手を差し出す。
「これからよろしくお願いします、ナロク君」
ナロクはその手を両手で握った。
「はい! よろしくお願いいたします、亜爆さん!」
今度は少し声を抑えていた。それでも、礼儀正しさだけは変わらなかった。




