新たな仲間
エイリワスとの戦いから、四ヶ月が経過していた。
アモリス地区を襲った戦いの傷跡は、未だ完全には消えていない。崩壊した建物の撤去作業が続いている場所もあれば、新しい建物を建てるための工事が始まっている場所もある。街は少しずつ日常を取り戻しつつあった。
しかし、ECOの内部には、あの日の爪痕が今も深く残っていた。アモリス支部の一室。以前なら隊員たちの訓練や授業に使われていた教室に、二人の隊員が座っていた。エデンと亜爆。二人とも椅子に腰掛け、教室の前方を見つめている。机の上には教材と資料が並べられている。だが、教室の空気は以前とは違っていた。
どこか静かで、重い。四ヶ月という時間が流れても、二人の中から消えないものがあった。
ジエル・レート。
あの日、エイリワスとの戦いの後に消息を絶った仲間。遺体は見つかっていない。それでもECOの記録上、彼は死亡したことになっている。エデンは机の上に置かれた資料へ視線を落とした。ページをめくる気にもなれず、ただ紙の端を指で押さえている。隣に座る亜爆も、普段より口数が少なかった。
二人の前に立っているのは、大山だった。以前からECOの隊員として活動していた男だ。今は教育担当として、この二人の指導を任されている。大山は教卓の前に立ち、二人を静かに見つめていた。
「今日でもう4ヶ月か....」
その声が、静かな教室に響く。エデンは顔を上げた。
「……天記さんは?」
大山は少しだけ黙った。その問いに答えることが、決して簡単ではないことを知っているようだった。
「天記はまだ病室にいる」
大山は短く答える。天記憶流。これまでエデンたちの教育を担当していた隊員。しかし、ジエルが消息を絶ってから、彼の容態は悪化していた。
エデンは視線を落とした。
「……ジエルがいなくなってから、ずっとか」
大山は何も答えなかった。教室の窓から差し込む光が、床に細長く伸びている。四ヶ月前までは、ここにジエルがいた。くだらないことで笑ったり、訓練中に無茶をしたり。エデンにとっては、戦いの中で何度も背中を預けた仲間だった。けれど今、その席は空いている。エデンは無意識に、その空席へ目を向けた。
「……」
亜爆も気付いていた。だが、何も言わなかった。大山は二人の様子を見た後、教卓の上に一枚の資料を置いた。そこには、ECOの現在の活動状況が記されていた。
「四ヶ月前の戦いで、ECOは大きな損害を受けた」
大山の声は淡々としていた。
「隊員も、市民も、多くのものを失った」
大山は教卓に手を置いたまま、二人を見渡した。
「これからどんな脅威が来るかわからない」
その言葉に、教室の空気が少しだけ引き締まる。エイリワスとの戦いは終わった。しかし、エイリ星人がいなくなったわけではない。むしろ、エイリワスという大きな脅威が消えた今だからこそ、ECOは次に備えなければならなかった。
「だから、ECOもさらなる人手がいる」
大山は資料を閉じる。
「そこで、この教育部隊に新しい人員が増えるぞ」
エデンは少しだけ目を見開いた。
「新人隊員か……どんな人だろう」
エデンの胸ポケットが、もぞもぞと動く。そこから小さな顔がひょこっと飛び出した。オルだった。
「新人ですか!」
オルは嬉しそうに目を輝かせる。
「楽しみですぞー!」
エデンは思わず苦笑する。
「オルは誰が来ても楽しそうだよね」
「もちろんですぞ! 仲間が増えるのは良いことですぞ!」
その声を聞きながら、エデンの頭の中でケイが呟いた。
『新人か』
『どんな人間が来るのだろうな』
エデンは胸ポケットのオルを軽く押さえながら、大山を見る。
「何人くらい来るんですか?」
大山は少し間を置いて答えた。
「一人は、他の支部からの異動だ」
「一人は戦闘経験のある新人」
「完全な新人は四人いる」
「全部で六人……結構多いですね」
「今年はどこも新人が多い。豊作なんだ」
大山はそう言って、教室の後ろにある扉へ視線を向けた。まだ誰も来ていない。だが、その向こうには、これからエデンたちと共に戦うことになる隊員たちがいる。四ヶ月前とは違う。新しい仲間。新しい戦い。
そして――
エデンは、空いている席を一度だけ見た。そこには、もうジエルはいない。それでも。新しく誰かが、この教室へ入ってくる。エデンは静かに前を向いた。
教室の扉が、ゆっくりと開いた。大山がそちらへ視線を向ける。
「まず一人目だ」
扉の向こうから姿を現したのは、見覚えのある男だった。落ち着いた足取りで教室へ入ってくる。見た目では分からないが、機械の身体を持ちながらも、その表情にはいつもの穏やかさがある。エデンは目を見開いた。
「……え?」
隣にいた亜爆も、一瞬言葉を失う。
「ドロイさん……?」
そこにいたのは、かつて幾度となく共闘した隊員。ドロイ・アンドだった。エデンは入隊試験や死神事件他の任務でも共闘したことがある。
これまで何度も同じ戦場に立ってきた男が、今度はこの教育部隊の一員として教室へ入ってきたのだ。ドロイは二人を見ると、軽く頭を下げた。
「お久しぶりです、エデンさん。亜爆さん」
「いや、久しぶりっていうか……」
エデンは驚きを隠せない。
「まさかドロイが来るとは思わなかった」
亜爆も頷く。
「私もです。てっきり、ウバク支部で活動を続けるものかと」
「俺もそのつもりだったんですが」
ドロイは教室を見渡す。
「今回の人員編成で、こちらへ異動することになりました」
「なるほど……」
エデンが納得したように頷く。その時だった。胸ポケットから、小さな頭がひょこっと顔を出した。
「おや?」
オルだった。ドロイはオルの姿を確認すると、少し目を細める。
「……あなたがオルですか?」
オルは胸ポケットから身体を乗り出した。
「そうですぞ!」
元気よく返事をする。
「お初にお目にかかりますな!」
ドロイはオルをじっと見つめた。
「実際に会うのは初めてですね。ウバク支部でも一応噂は聞いていましたが」
「噂ですと!?」
オルが目を輝かせる。
「オルの噂が!?」
「ええ」
ドロイは用意された席へ向かい、静かに腰を下ろした。大山はそれを確認すると、再び扉へ目を向ける。
「さて……次だ」
まだ、扉の向こうには新しい隊員たちが待っている。エデンはその扉を見つめた。これから共に戦うことになる、新たな仲間たち。その最初の一人として現れたのは、既に何度も背中を預けた仲間だった。




