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エデン  作者: ko-da
10章 エイリワス決戦編

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失ったもの

ジエルが海へ落ちてから、しばらくの時間が経っていた。

ブウタ地区、エリア・オズ。

夕日は既に沈み、森は夜の闇に包まれている。折れた木々や抉れた地面、戦闘によって刻まれた無数の傷跡だけが、ここでどれほど激しい戦いが繰り広げられたのかを物語っていた。その森の中を、エデンと亜爆は息を切らしながら走っていた。

「ジエル!」

エデンは何度も名前を叫ぶ。返事はない。木々の間を見回し、崖の方へ視線を向け、足跡や戦闘の痕跡を探し続ける。しかし、そこには誰もいなかった。

亜爆も周囲を警戒しながら進む。地面に残る焦げ跡。砕け散った岩。黒く焼けた木々。どれもジエルとエイリワスが戦った証拠だった。

「……間違いなく、この辺りで戦っていますね」

そう呟いた時だった。エデンの腰に付けた通信機から電子音が鳴る。

『エデン君!』

聞こえてきたのは流鹿の声だった。

「流鹿さん!」

エデンは急いで通信機を耳へ当てる。

『エイリヤカが急に動かへんくなった』

その一言で、エデンと亜爆は顔を見合わせる。流鹿は続けた。

『他のエイリ星人の死体も動きが止まっとるらしい』

『急に全部や』

その報告に、その場の空気が一変した。エデンは目を見開く。

「それって……」


『まだ断定はできへん。でも』

流鹿の声にも僅かな期待が混じっていた。

『エイリワスが倒された可能性はある』

通信が切れる。静寂が戻る。エデンは拳を握った。

「ジエルが……勝ったのかもしれない」

その可能性に希望が灯る。

「だったら、まだ近くにいるはずだ!」

二人は再び森の中を駆け出した。一本一本の木の裏。崖の周辺。岩陰。倒木の陰。何度も名前を呼びながら探し続ける。

「ジエル!」


「返事してください!」

だが。返事はない。どこにも姿がない。森は静まり返っていた。そんな時だった。亜爆が足を止める。

「……エデンさん」

その声は少し低かった。

「こっちです」

エデンも駆け寄る。そこには一本だけ、不自然にへし折られた大木があった。いや、それだけではない。一直線に木々がなぎ倒されている。まるで巨大な何かが一直線に吹き飛ばされたような跡だった。

「戦った跡……」

亜爆はその先を見つめる。

「行きましょう」

二人は倒木を越えながら奥へ進む。足元には砕けた岩。地面には深い溝。ところどころに黒く焦げた跡。進めば進むほど戦闘の激しさが伝わってきた。やがて。開けた場所へ辿り着く。そこには、一人の男が倒れていた。

「……!」

エデンは思わず息を呑む。ジエルの父だった。既に身体は動かない。胸も上下していない。そして、その少し離れた場所には。青い布が落ちていた。ジエルがいつも額に巻いていた、あの青いはちまきだった。布には赤黒い血が染み込んでいる。風に揺れながら静かに地面へ横たわっていた。エデンはその死体を見た瞬間、反射的にリミットナイトを発動する。

「エイリワス!」

飛び出そうとした、その腕を。亜爆が掴んだ。

「待ってください!」


「でも!」


「様子がおかしいです」

亜爆は慎重に近付いていく。いつでも爆弾を出せるよう警戒しながら、ゆっくり膝をつく。首元へ手を当てる。呼吸を確認する。脈も確認する。数秒後。亜爆は静かに首を横へ振った。

「……息はありません」

その言葉と同時に。エデンの肩に乗るケイも静かに口を開く。

『生きていない』

『これはただの死体だ』

『エイリワスはもう存在していない』

エデンは少しだけ肩の力を抜いた。

「そうか……」

エイリワスはもう、この身体にはいない。それだけは確かだった。しかし。安心したのも束の間だった。エデンの胸に、別の不安が大きく広がっていく。

「……ジエルは?」

周囲を見渡す。誰もいない。あるのは。ジエルの父の亡骸。そして。血の付いた青いはちまきだけ。

「そんな……」

エデンの声が震える。崖の方へ視線を向ける。風だけが吹いている。波の音が遠くから聞こえてくる。嫌な予感だけが胸を締め付けた。


その後。

ECOの隊員たちが次々とエリア・オズへ到着した。現場はすぐに封鎖される。エイリワスの生死確認。残された死体の調査。周辺に残るラベジニウム反応の捜索。あらゆる調査が始まった。それぞれ別方向へ散り、森中を探し始める。

「海岸も探せ!」

「崖の下も確認しろ!」

「森の奥まで行け!」

隊員たちの声が夜の森へ響いていく。ライトが木々を照らす。犬型ドローンまで投入される。海上では船も出動した。だが。一時間。二時間。時間だけが過ぎていく。

誰一人として。ジエル・レートを見つけることはできなかった。崖の下にも。海岸にも。森の中にも。彼の姿はどこにもない。残されていたのは。父の亡骸と。血に染まった青いはちまきだけだった。



アモリス支部。

戦いから一日が過ぎていた。支部全体は、いつもの活気を失っていた。廊下を歩く隊員たちの足取りは重く、誰もが口数少なく任務をこなしている。壁に設置された大型モニターには、各地での被害状況や復旧作業の進捗が映し出されていた。

アモリス支部の教室でエデンは一人、椅子に座っていた。机の上には一枚の資料。ジエル・レート。その名前が書かれた報告書だった。ジエル・レート死亡。エデンは何度もその文字を見つめる。拳を握る。紙が音を立てるほど力が入っていた。

「そんなはずない……」

小さく呟く。

「ジエルが死んでるわけがない……」

声は震えていた。

「だってあいつは……」

思い出す。初めて会った時のぶっきらぼうな態度。任務で背中を預け合った日々。エリア・アスタロスで絶望を味わった自分を励ましてくれたこと。クロウ島で笑ったこと。記憶を取り戻し、泣きながら天記に「死ぬな」と叫んでいた姿。そして──

「俺を信じろ」「これ以上誰も死なせねぇ」

そう言って走っていった後ろ姿。エデンは報告書を机へ叩きつけた。

「そんなやつが……!」

立ち上がる。椅子が後ろへ倒れる。

「死ぬわけないだろ!」

部屋に声が響いた。誰も何も言わない。近くにいた隊員たちも、ただ黙ってエデンを見つめていた。皆、同じ気持ちだった。ジエルは強かった。何度倒れても立ち上がる男だった。だからこそ、誰も簡単には受け入れられなかった。

その時だった。ドアが開く。入ってきたのは流鹿だった。手には缶コーヒーを二本持っている。何も言わず一本をエデンへ投げる。エデンは反射的に受け取った。流鹿は壁にもたれ掛かる。しばらく沈黙が続いた。やがて流鹿が静かに口を開く。

「……俺もな」

「信じとらん」

エデンが顔を上げる。流鹿は窓の外を見つめたままだった。

「おそらくジエル君は海に落ちたんやろうけど」

「遺体は見つかっとらん」

少しだけ笑う。

「俺らECOはな」

「遺体を見るまでは簡単に諦めへん」

その言葉に、エデンは目を見開いた。流鹿は缶コーヒーを開ける。

「死亡認定は組織としての手続きや」

「俺個人は、まだ終わったと思っとらん」

「本部に戻るまでの間は探し回るで」

エデンは缶を強く握った。

「流鹿さん……」


「ジエル君はな」

流鹿は小さく笑う。

「簡単に死ぬようなやつじゃない」

その言葉に、エデンは俯く。震えていた肩が少しだけ落ち着いていく。その時。肩に乗っていたオルが小さく呟いた。

「……オルも」

「まだ生きている気がしますぞ」

ケイも静かに口を開く。

『根拠はない』

『だが』

『あの男は、死ぬ時はもっと騒がしい気がする』

思わずエデンは笑ってしまった。涙を浮かべながら。

「……なんだよ、それ」

涙が一滴。机の上へ落ちる。エデンはゆっくりと報告書を手に取った。そこには無機質に書かれている。死亡。その二文字を見つめながら。エデンは静かに呟く。

「ジエル……」

「俺は信じるよ」

「お前はまだ、生きてる」

その言葉だけが、静かな教室に小さく響いた。


アモリス支部。静かな病室の中で、天記はベッドに横になっていた。点滴が腕へ繋がれている。顔色は以前よりも悪い。頬は少し痩せ、呼吸も浅かった。ジエルの報告を聞いた直後から、容態は急激に悪化した。無理を続けてきた能力の反動。そこへ精神的な衝撃が重なった。医師たちも原因は明らかだと判断していた。天記はぼんやりと天井を見つめる。

「……ジエル君」

小さく名前を呟く。記憶を消したこと。最後まで真実を隠していたこと。それでも彼は許してくれた。

『死ぬな!』


『天記さんまで死んで欲しくねぇよ……』

あの言葉が何度も頭の中で響く。天記は静かに目を閉じた。

「……ごめんね」

掠れた声だけが病室へ溶けていった。


……

アモリス市役所。区長室。大きな窓からは、傷付いた街並みが見えていた。瓦礫。工事車両。復旧作業を続ける人々。区長ホワイトは、机を無言で見つめていた。机の上には、一枚の報告書。

『ジエル・レート 死亡認定』

その文字を見たまま、ホワイトは固まっていた。

「そんな……」

掠れた声が漏れる。

「そんなはずはない……」

彼は静かに椅子へ腰を下ろす。目を閉じる。ホワイトの一族には、代々受け継がれてきた能力があった。未来視。断片的ではあるが、未来に起こる出来事を見ることができる力。彼もまた、その未来を見ていた。世界が崩壊寸前まで追い込まれる未来。そして、それを止める希望。その中心には、今年ECOへ入隊した若き隊員が鍵になると知っていた。

「私の見た未来では……」

ホワイトは拳を握る。

「彼も必要なはずだ」

未来が変わったのか。自分の見た未来が間違っていたのか。

それとも――

ホワイトは静かに窓の外を見る。

「まだ……終わっていないのか」

誰にも聞こえない声だった。



今回の戦いによって、ECOは甚大な被害を受けた。複数の隊員が死亡、あるいは消息不明。重傷者も数え切れない。各地区の支部も戦力を大きく失った。街は壊滅的な被害を受け、多くの市民の生活が一変した。人類は勝利した。だが、その代償はあまりにも大きかった。

エイリワスとの戦いは終わった。

しかし。彼が残した傷は、誰一人として癒えることはなかった。



ライサム北部。ノマロード地区。ECO本部。情報管理室。無機質な部屋の中で、一人の職員が静かにキーボードを打ち込んでいた。画面に表示される隊員データ。カーソルがゆっくりと動く。最後に一行が入力される。


ECO本部 報告書


記録日:2060年11月17日


対象隊員:ジエル・レート


内容:エイリワスとの接触後、消息不明。海上への転落が確認され、生存反応も確認できず。捜索を実施したが発見には至らなかったため、死亡と判断する。


状態:死亡


職員は静かに保存ボタンを押した。画面の文字は変わらない。その記録だけが、冷たくデータベースへ残された。

次回更新は8月15日

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